砂の道 青の波打つ赤い夢
夢を見ている間が一番幸せ
一弥と青い布の女性は、砂の上に寝転がっていた。
「お話しません?」という女性の誘いに釣られた一弥は、「では、立ち話もなんですし座りましょう?」「急ぎではないのでしょう?少し横になりません?」という女性の言葉に言われるがままに従っていた。
「こうしてお話するのは久しぶりです。たまにはこういうのも良いとは思いません?」
寝転がったまま一弥の方を向く女性は、柔らかな笑顔を浮かべている。
それほど強くないとは言え、風の吹く辺獄で寝そべっていると、風に吹かれた細かな砂が時折顔にぶつかるが、女性は気にした様子も見せない。
「は…はい、そう思います。」
一弥は、女性に見惚れながらも、頭の中では別のことを考え続けていた。
『彼女を理解したい。』
『彼女の味が知りたい。』
『彼女が何を考えているのか知りたい。』
女性を一目見た瞬間から、そんな感情に思考が押し潰され、そのために何をすれば良いか、その事だけに思考が支配され、女性の投げ掛けへの回答が単調になる。
「私は寝ることが好きなの。」
真っ直ぐに、ベッドの上で話すように、渇いた風の中で、女性の唇だけが艶やかに光り、赤を主張していた。
「けれど、辺獄は最悪なのよ。いくら目蓋を閉じても眠りの底へ辿り着けないの。ねえ、赤の人。あなた、私を眠らせてくれないかしら?」
女性の誘いは蠱惑的で、青い瞳に、赤い唇、甘い誘惑。優しい誘いに、一弥は女性の頬に手を伸ばし、笑顔を浮かべる。
「ああ、任せてくれ。俺が必ず君を、眠らせてみせる。」
一弥の心臓は強く波打ち、その鼓動は、一弥の世界に彩りを産む。
今の一弥の視界には、先程までの砂漠のごとき砂の海が霞み、波打つ海のように見えていた。
波打つ鼓動、女性の薫り、砂の上に、眠る女性。
一弥の夢見る幻は、柔らかな笑顔で、一弥の中に眠りを見る。
一弥は既に目指していたはずの図書館のこと等忘れ、女性の眠り声を想像し、心からの笑みを浮かべる。
「ありがとう。」
微笑みを浮かべる女性を相手に、一弥は口を開き、質問を始める。
「ねえ、君はどうしてこんな誰も居ないところに居たの?」
「ええ、人の少ないところに居たかったの。私、周りがうるさいと良く眠れないのよ。」
「へえ、俺は良いの?」
「あなたは構わないわ。離れたとこからでも分かったわ。あなたの心音、心地良いのよ。それに…。」
「それに?」
「あなたの赤。情熱的でとても綺麗だわ。」
「ありがとう。君の青も、とても綺麗だ。」
先程初めて会ったはずの二人は、曇天のような空の下、浜辺のホテルで愛を誓い合うかのように、お互いに愛を囁いていた。