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辺獄にて  作者: ぺんぺん
第一章 辺獄の境界にて
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辺獄の入り口 指先の長考


何故?


という言葉が口から出てこなかった。


どうして?


という疑問への解答を一弥は持っていなかった。


だが、だからと言ってこの爺さんの言葉を戯れ言と切り捨てて、じゃらじゃらと乾いた砂の上を宛もなく歩き続けることは一弥にとって堪えられることではなかったのだ。


だが、この老人が本当になにかを知っているという保証はなく、何故か対価として求められた一弥の指が無くなるだけで終わるかもしれないという恐怖は一弥には避けがたいものだ。


この訳の分からない場所において一弥は何も知らない無知な赤子のようなものだ。


暖炉の火が危ないものだと知らずに、近付きすぎて火傷をする赤子のように危険へと足を踏み入れることになる可能性もある。


それは、一弥が指を差し出しても差し出さなくても同じことだろう。


一弥にはあの老人が嘘をつこうと判断ができるだけの知識がないのだから。




一弥の知る辺獄はこの言葉と今目に見えている、耳に聞こえている、鼻で嗅いでいることのみだ。


一弥は数少ない己の知っていることを思い返す。


一弥が発言すらゆるされな許されなかったかった劇場のような裁判所で告げられた審判、辺獄のルールを告げる謎の声、そして、老人の告げた取引内容。


『鈴誠一弥、汝は罪人に非ず。なれど、善人に非ず。故に、汝に死を与えぬ。二度と輪廻に戻るな。その身が朽ちるまで思考し、魂が朽ち果てるまで辺獄にて苦しみ続けろ。』


『辺獄ではなにがあっても死なぬ。』

『致命傷でもそのまま生きられよう。』

『暫く歩き続ければ傷も癒え、空腹は収まり、乾きは失せよう。』


「指を一本くれんか?」


脳内でこれまで聞かされたことを再生し、思考に耽る。

一弥が聞かされたあれらの言葉が事実であるのなら、指一本をあの老人が奪ったところで、一弥に大したダメージを負わせることができないということであり、一弥の指を得たことで老人は何らかを得ることができるということだ。もしかすると他人の血肉を食べると身体の治癒が早くなったりするのかもしれない。


老人が指を得るだけ得て逃げるようなことも想定する。あの老人が一弥の指を何らかの手段で切断し、逃げ去った場合。

逃げた先に罠でも仕掛けられたら一弥は安易に引っ掛かるだろう。伏兵がいるのなら少ない犠牲で一弥を捕らえることくらい容易だろう。そうして一弥を捕らえて何がしたいかは分からないが、そうなることも覚悟しておかなければならないと一弥は考えた。


何せ一弥は何も知らないのだ。


逃走先に罠を仕掛けておけば見破る術のない一弥は安易に引っ掛かるだろう。伏兵を伏せておけば少ない犠牲で一弥を捕らえることくらい容易だろう。


例え情報を伝えてくれたとして、噓が含まれている可能性は大いにある。


なんせここは罪人でも善人でもない一弥のようなものが落とされた辺獄だ。


そこに居るのは一弥が言うのもなんだが、罪を罪だと感じられない悪鬼羅刹の類いに他ならないということだ。


一弥の思い付く限りのリスクは想定しておかないといけない。


なんせ、一弥があの老人の立場ならこれまで考えたようなことはやっているだろうからだ。


訳の分からない対価で人を惑わせ、釣られたものを嘲笑いながら殺す。


上手く決まればそれはとても楽しいのではないかと想像させられてしまう。


リスクはでかいが、もし、あの老人が本当に一弥にとって貴重な情報を与えてくれるものならば、リターンもでかい。


一弥は思い付くだけのリスクを受けた自分を想像しながら、僅かに口角を上げ、老人に指を差し出した。

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