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辺獄にて  作者: ぺんぺん
第一章 辺獄の境界にて
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辺獄入り口 老人

一弥は自分自身が嫌いだ。

痛みを嫌い、疲れを嫌う。

そんな自分が嫌いだ。


幼い頃、小学校のマラソン大会で、走るのに疲れ、脇道に抜け出し近道をした。

―それは悪魔の誘惑である―

どうしても欲しい本があった。友達に自慢され、なんとしても読みたいと思った。だから近所の小さな本屋で盗むことにした。

―それは悪魔の誘惑である―

どうしても好きになれないクラスメイトが居た。そいつの実家は金持ちで、欲しいと言ったものは大抵買ってくれるのだと良いものを買って貰った時、見せつけるように学校に持ってくるのだ。その日、そいつは発売されたばかりの漫画を持ってきていた。青い背景に主人公の男が剣を構える。人気の少年漫画だったはずだ。そいつはその本一冊でクラスのヒーローのように騒ぎ立てられていた。一弥の少ない小遣いでは、毎月のように出てくる人気の漫画を買い続けるには心もとなかった。しかし、こちらから一方的にとは言え、嫌っているそいつの私物を読ませてくれとせがむのは気が引けて、やがて、放課後に、先生に頼まれたのだったか用事があり、学校に残っていた一弥は、これまた教室に残されていたいけすかないそいつの鞄を見つけてしまい、衝動的に自分の鋏を筆箱からとりだし、そいつの漫画と教科書を切り刻み、ゴミ箱に放り込んだ。

―それは悪魔の誘惑である―


一弥は幼い頃から自分の責任を他人に求めて生きてきた。自分は悪くない。悪いのはあいつだ。そして、押し付ける先に人が居ないとき、居もしないもの(悪魔)が一弥にやれと言ったと責任を転嫁した。


悪魔は本当に居る(は居ない)。そんなことは一弥も知っている。知ってはいるが、一弥は、自分が自分の意思でそんなことができる等と信じたくなかった。


だから、頭の中に悪魔が作られた。


耳障りな音は消え、壮大な、一弥の人生の序曲が幕を開ける。

そんな、夢を見た。


夢から醒めると、全ては現実で、一弥ではない別の一弥が人を殺し、奪い、犯していた。


刺し、殴り、切り、奪い、犯す。それらは一弥が望んだこと(望むはずのないこと)であり。それは一弥が犯した罪(と無縁の罪)であった。


だから、一弥は辺獄に落とされたのだ。





一弥の意識の幕を開ける。


風の吹く音、ざらざらと擦れる砂の音、助けを求める怨嗟の声。

薄暗く、乾いた風。

灰に落ちた辺獄では、誰もが乾き、餓えていた。

乾ききった砂の大地はささやかな風で波のように蠢き、一弥の体に砂を吹きつけていた。


一弥は周囲を見渡す。

所々落ちている黒い布、それ以外は一面の砂漠が広がり、薄暗い空は不気味な大地をささやかに照らしている。

それ以外に何もなかった。


「おい、お前さん。今落とされたのか?」

近くから掠れた声が聞こえた。

周囲を改めてキョロキョロと眺めるが、それらしき人影は見当たらない。幻覚か何かかと思い、歩き出そうと足を踏み出したとき。

「後ろじゃ。お前さんの後ろの黒布じゃ。」

急な声に後ろを振り返ると、落ちている布がもぞもぞと動き出すのが目に入った。

「その立派な罪衣。お前さんよっぽど恨まれるようなことをしてきたんじゃろ。儂くらい罪人を見てりゃすぐ分かる。」

黒い布の下から出てきたのはしわくちゃで顔の所々がひび割れた老人の男だ。

「何者だ!?」

一弥は普通ではあり得ない頭頂から鼻にかけて亀裂の入った老人の顔に驚き、反応に遅れたが老人に疑問を投げ掛けた。

「何者も何もお前さんと同じ罪人じゃよ。永遠に裁かれることなどない久遠の追放者よ。お前さんもそれは知っておるじゃろ?」


そう、一弥が辺獄に送られる直前。

一弥が辺獄で何をさせられるのか、一方的に聞かされていた。

顔も見えない、姿も分からないが、男のような声だった。

まるで何人もの男性がコーラスでもしているような、一人の声と思えない声だ。

告げるだけ告げて終わったあの裁判の声と同じような違うような声だ。


『汝の命運は辺獄へと定められた。』


『辺獄は罪人どもの追放地。』


『死すら得られぬ流刑の場。』


『汝には死すら生ぬるい。』


『死のなき辺獄を生き続けることで己が罪を理解せよ。』


『罪を知るまで2度と輪廻に戻れると思うな。』


『辺獄ではなにがあっても死なぬ。』


『致命傷でもそのまま生きられよう。』


『暫く歩き続ければ傷も癒え、空腹は収まり、乾きは失せよう。』


『だが、決して満たされぬ。』


『その傷は不完全に癒え、何を食べても腹は膨らまず、喉が潤いに満たされること能わず。』


『産まれたことを後悔し、懺悔したところで赦されぬ。』


『辺獄を歩き、汝が罪を解せ。』


『辺獄は罪人どもの流刑地。』


『己の罪を見直し、汝の罪衣が消え落ちたとき、再び合いまみえんことを願おう。』


それだけを告げられ、一弥は辺獄に送られた。

目の前の老人の話を聴く限り、他の人も同じようなことを聴かされているのだろう。

「何が目的ですか?」

ここ、辺獄について何も知らない一弥に話しかける者など、教えたがりの善人か、騙すことが好きな悪人か、対価を求める現実主義者のどれかだろう。

一弥は辺獄に落とされた人間に善人が居る可能性を切り捨て、老人を睨み付ける。

「指を一本くれんか?お前さんもどうせろくな説明されとらんのじゃろ。情報と引き換えにお前さんの指が欲しい。」

この老人は何を言っているんだ?一也は肉体の一部を対価に情報を与えようと言う老人の真意を図り知れず、訝しんでいた。

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