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辺獄にて  作者: ぺんぺん
第一章 辺獄の境界にて
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死後の踊り 赦されざる罪

せめて週一投稿くらいはしたい

永遠に続くかと思われた落下が終わり、内側から肉と皮がひっくり返ったかのように弾けた筈の一弥は、赤く黒い泥の中に居た。


蠢く泥は腕の、足の、顔の形を作り、一弥の体に纏わりついた。生暖かく、一弥の体表を這いずる泥は、水を吸った粘土のようにどろどろとしていて、芋虫のように動き続ける。

汚泥を浚うかのように香る発酵臭が鼻に憑き、滴るように形を変える。


足元の泥は膝にかかり、泥が増えているのか一弥が沈んでいるのか、じわじわと一弥の身体は沈み行く。

股を伝い、尻、口、鼻、耳と入り込もうと迫ってくる泥から抜け出そうと、もがき、そして気づく。

顔の形をした泥が、鬼気迫る表情で何かを呟く。


「…ぜ…な…ぜ…」


その顔は足掻く一弥の身体を伝い、耳に入り込んでいく。明らかに耳に入りきらない筈の顔が耳に入りきったとき、その呟きは鮮明な声になった。


「なぜ、私を殺したのだ!」


そう、憎悪にまみれた声が聴こえた瞬間。

一弥の喉が裂け、背中に強く殴られたような衝撃が走る。

なにが起こっている。と考える間もなく、殴られた衝撃で一弥は泥に倒れ伏し、そして、何者かに頭を蹴られ、頭が千切れるのではないかと思うほどの衝撃が一弥を襲う。


ここまでされて、やっと一弥は思い出した。

あの顔は一弥が最初に殺したスーツ姿の男(サラリーマン)だ。

彼が帰宅する間毎日のように監視していた時を思い返す。

無表情に近い表情で歩いていた男が、一弥に憎悪の表情を見せ、殺された訳を問う。

一弥には、その問いに対する答えがなかった。


一弥が彼を殺したのは、ただ、偶然、悪魔に声をかけられたときに近くに居たからに他ならない。

それを答えれば良いのだろうが、何故か、一弥には男が求めている回答は、一弥が男を殺した理由ではないと確信できていた。

彼が欲しいのは、「一弥が男を殺した理由」ではなく、「何故、自分が一弥に殺されなくてはならなかったのか」だ。


この男でなければならなかった理由はない。一弥は口をつぐみ、男の憎悪を受け入れた。


薬指に指輪のはまった左腕の形をした泥が二本、一弥の首を絞めるように絡み付く。

一弥にはその腕が営業マンとアパレルのカップルのものだと確信できた。

耳に入り込んだスーツ姿の男のように、彼等も一弥を責めているのだと感じられた。

一弥の首が二本の左腕によって締め付けられる。

先程までも呼吸をしていたか思い出せなくなっているが、だが、締め付けられた喉が苦しかった。

酸素が不足し、危機感だけが浮かぶなか、徐々に思考が狭まっていく。

一弥は自分の腕で首に取り着いた左腕を外そうとしたが、それは幾ばくかの泥が周囲に散るだけに終わり、苦しみは終わらない。

一弥が一瞬気を失ったかと思うと、一弥の全身に包丁の刺し傷が現れる。

全身に走る焼くような痛みは、最早首から生えるように伸びる左腕によって上書きされる。

左腕が握っていたのは、包丁。

一弥がカップルの女を殺すときに使ったものと同一の包丁だ。

それを左腕は思いっきり振りかぶり。

一弥の胸に突き刺した。

何度も何度も、死んだと確信するような鋭い痛みが一弥を襲う。

何度も。

何度も。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も


「ーーーーーーーーーーー」

一弥は声にならないくぐもった痛みを叫び、喉を刺され、音が消える。


やがて、包丁を握っていた筈の左腕は、二本の左腕で一つの輪を作り、一弥の首もとに収まった。


全身の表皮が焼け、全身が日焼けしたときに風呂に入ったときのような痛みが襲う。

全身が赤く腫れ上がり、膨れ、盛り上がり、破裂して、燃え上がる。

火勢は強まり、骨を焼く。

火の色は赤く、一面の黒に彩られた泥の中に、異彩を放っている。

その炎は燃え続け、一弥の体が灰になった頃。黒く、白く残った骨や灰は、布のように、マントのように一弥に巻き付いた。


一弥は何度も殺される。

刃物で、鈍器で、炎で、水で。

潰され、切られ、噛み砕かれて、咀嚼される。

その度に一弥の身に装飾が施される。

罪は刻み付けられ、一弥の身体そのものとなる。


一弥は己の死の度に、それこそが罪であると叩き付けられる。

『これはお前の罪なのだ。』

『決して赦してなるものか。』

『何故、お前は私を』

耳に響く声は、決して一弥を赦さない。

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