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探偵大楠シリーズ

手紙を誰が食べたのか?

作者: 寝袋男


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新社会人になる私は、実家を出るため、自室で荷物の整理をしていた。

いい加減着古したセーターやスカートをまとめ、机や引き出しに取り掛かった。

整理の邪魔をするように、思い出の品が次から次へと姿を現す。

集合写真、友達と授業中やりとりした手紙、アルバム、部活動の文集。

当時私は文学研究部という、あまりにもモサい部活に属していた。

クラスでは目立たない男女が、ただ部室で本を読んで感想を述べ合ったり、いや、殆ど読書クラブで会話は少なかったっけ。古典が好きな大島おおしま君、冒険小説が好きな平泉ひらいずみ君、恋愛小説好きの海藤かいどうさんに、私と一緒で海外文学が好きな白石しらいしさん。懐かしい。そんなことを思い出しながら文集をパラパラとめくっていると、一枚の写真が出来てきた。

部活メンバーの写真ではない。あの部活にいたメンバーは、殆どが写真嫌いだった。


写真には背の高い男子と正直恥ずかしい過去のモサい自分が映っている。

彼は照れ隠しの様に横を向いていた。四方八方に毛先の向いたもじゃもじゃの髪に特徴的な高い鼻。

大楠おおぐす ばん、彼の名だ。


背がひょろりと高く色が白かった。いつも眠そうな顔で文庫本をパラパラとめくっていて、スポーツにも勉学にもやる気を見せていた記憶がない。

そんな彼にも変わった方面に才能があった。その中で最も他人の役に立っていたのは、なんといっても失せ物探しだろう。当時先生たちですら、物が失くなると最終手段として大楠を訪ねた。

彼は状況を聴くと、普段見せることのない快活さで走り出し、あっという間に紛失物を持ち主の元に返し、時には犯人を先生の元へ突き出した。そんなこともあって、借りのある教師たちは大楠の就学態度に甘く、寝てようが読書していようが文句は言われず、音楽の授業なんて、気分屋の彼がオリジナルのフェイクを挟もうが、メタルよろしいシャウトを披露しようが温かく見守っていた。


そんな彼に私も一度助けられた。


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当時私は「ある物」を失くし、親友の相葉あいば 美奈みなに相談を持ち掛けた。

美奈は小学校時代からの友人で、新聞部に属し、いつもカメラを片手に色んな所に首を突っ込んでいた。

おしゃべりと見えて、使えるネタを守るという意味でも、彼女はそんじょそこらの噂好きとは一線を画し、口はものすごく堅かった。その上、親友の私の悩み事ともなると、温かいミルクティーを二人分買い、人気の少ない場所にすぐに移動してくれた。


「そりゃあ不思議だね。どこに行ったんだろう。心当たりは全くないの?」

「無いこともないけど…こういう場合どうしたら良いと思う?」

「まぁ宛がないわけじゃないけど、この秘密をもう一人に共有することになるから、どう?」

「誰?」

「大楠って知ってるでしょ?」

「ああ…まぁ確かに一度は考えたけどさ。男子だし、ちょっと変だって聞くし、どうかなって」

「彼は口も堅い、というか彼は友達だって殆どいないから、噂になることはないよ。8割9割見つかるしね」

「頼るしかないか…」


翌日、大楠の昼休みの定位置と噂される図書室に向かった。

誰もいない図書室のソファーで、大楠は惰眠を貪っていた。なんとか揺り起こし、缶珈琲を一本渡して「話を聞いてほしい」と言うと、


「奢って開けてくれたのはありがたいけど、君これ振らないで開けたね?いささか水っぽいぜ?」

文句を言いながらも眠そうな細い目を必死に開けて珈琲を啜っている。本当に大丈夫なんだろうか。

言葉遣いもなんだか古臭い。「ぜ」って。噂通りの変人ぽい。


昼休みは誰も入らない文学研究部の部室に彼を連れていき、話を切り出す。


「実は大事なものが消えちゃって…」

「手紙かい?」

「え?なんで知ってるの?美奈から聞いた?」

「いんや、聞いていない。考えたんだ。説明しても良いが、気味悪がられるのが落ちだね」

「良いから教えてよ!」

大楠は肩をすくめて、珈琲を一口飲んでから口を開いた。


「まず俺を訪ねて来てる、重要な失せ物なのは確かだ。俺は学校全体の皆の顔色なんかを気にかけて研究しているんだけれど、君の顔色が優れなくなったのは月曜の午後からだ。失くしたと発覚したのがその時と仮定して、今日は水曜日だから、相談するか考えあぐねて丸一日は費やしたってことになる。大事だけど相談しづらいものを失くした。君は成績も優秀で、態度から推察しても、何か大きな問題に関わっているとは考えづらい。となると気になってくるのは、君が同じA組の諏訪すわ君を時たまじっと見ていること、目が合うと逸らすことだ。彼は成績は中の上だがスポーツは抜群だね、まぁモテるタイプだ。君が彼に恋心を抱いていたとして、それを伝える手段は?直接は考えづらいし、あまり異性関係に明るくない君が、連絡先を交換しているとも考えづらい。そして何より君の文才だよ。俺は文学研究部の出す文集は全部目を通しているが、こう言っちゃ難だけど、目を通す価値があるのは君の文章だけだよ。少しナルシシズムが強いけど、そこも味だ。そんな君が想いを伝えるなら?そりゃあ手紙だろ。あの文才で自信がないわけない。もしそうだとしたら、そりゃあ君嘘ってもんだ。そんな手紙が消えた。そう、この消えたって表現が気になっているんだよ。もし落としたならそうは言わない。消えたって事は、ここから推論だが、君のロマンチストな気質から言って、手紙は定番の下駄箱に入れたんじゃないか?きっと金曜日だね。月曜日に返事が欲しいとかなんとか書いて。しかし月曜日に返事の催促に行くと、どうやら彼は受け取っていないらしいと、そんなところかい?」


私は終始ぽかんとしていたと思う。大楠がまくしたてる内容を反芻して分解して理解していく。

噂には聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。正直変態だ。ドン引きである。

しかし彼の力があれば、消えた手紙は見つかるかもしれないという強い希望も同時に見えてきた。


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諏訪すわ 順平じゅんぺい君の事を好きになったのは去年の体育祭での事だ。慣れない競技に参加中、足首を捻った私を救護室まで運んでくれたのが彼だった。元々私はスポーツマンタイプというよりは、冷静沈着な紳士に憧れていていたのだが、この時ばかりは漫画に描いた様な彼の振る舞いに心が高鳴ってしまった。

それからというもの、夢にさえ見る始末。どうにかならないかと行動してみようかと思うものの、スポーツ万能で誰にでも分け隔てなく優しい爽やかな彼の事だ。きっと恋人がいるに違いないと思っていたのだが、四ヵ月前、からかう友人に対して「彼女なんていない!」と怒鳴って出て行く彼を見てしまったのだ。彼が怒鳴る姿にびっくりはした。しかし思いもよらない良い報せだ。

その夜から私は日夜、推敲に推敲を重ね、手紙書きに奮闘した。毎日毎日書いてはくしゃくしゃに丸めたり、ペンでぐちゃぐちゃにしたり、シュレッダーにかけたりしながら、恥ずかしさと闘い、ようやく完成した一通の手紙。

やっとの想いで、それを諏訪君の下駄箱に入れたのが先週の金曜日。月曜日に返事が欲しいです、との言葉を添えて。

土日は居ても立ってもいられず、部屋を歩き回ったり、外に出て歩き回ったり、商店街を歩き回ったりしていた。

そして月曜日、運命の日だ。いつもより一時間も早く起きて、いや、正確には起きてしまい、丁寧に身支度を整えた。普段はばたばたと朝食を残して出て行く私が完食した後の皿を見て、母は「今日なんか楽しみな事でもあるの?」と聞いてきた。「別に」と答えて、そそくさと家を出た。


気持ち早足。相当早く着いてしまったと思って教室の扉を開けると、そこには諏訪君がいた。


「おはよう」

気持ちのいい挨拶。彼は朝から溌剌としている。朝練の後かな。

「おはよう」と普段通り返したつもりだったが、自分の声じゃないみたいに籠って聞こえた。


自分の席に着き、ちらちらと彼を見るが、彼は特に気にする様子でもなく、ユニフォームをカバンに仕舞っている。

「あの…」と声を掛けようとするとぞろぞろとクラスメイト達が入ってきた。諏訪君の周りにはいつものメンバーが集まってしまい、私は悶々としたまま、昼休みまで過ごした。


昼休み、なんとか勇気を振り絞り、彼に声を掛けて廊下まで連れ出した。諏訪君の付け合わせ達の冷やかしが心底ウザかった。


「で、どうしたの?」

彼の優しく明瞭な声。

「手紙の事なんだけど…」

「手紙?誰の?」


狐につままれた様な気分だった。


私は「いや、ごめん、大丈夫」と言ってその場を走り去ってしまった。


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大楠は真剣に聴き入り、暫し宙を眺めてから切り出した。

「彼は動揺したりとか、嘘をついている様子はなかったかい?男子はそういうどうしようもない事をするんだ恥ずかしがって」

「彼はそんなことしない。普通だったよ」

「ふん。手紙は間違いなく諏訪君の下駄箱に、そして靴の上に置いたんだろうね?」

「そう。だから気付かないはずはない」

「なるほど、ではもうチャイムが鳴る。君は教室に戻り給えよ。放課後また会おう」


大楠は教室とは反対方向に歩き去った。


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放課後、大楠の所に向かう前に顔を出しておこうと部室のドアを開けると、そこには何故か大楠がいた。

部員達は大楠とすっかり打ち解けて、あの人見知りないつもの彼らは何処へ?と思う程、楽しそうに談笑していた。あの小説は良かっただの、あれは文学じゃないだの、かなり文学研究部らしい活動がされていて、私は暫く棒立ちしていた。平泉君はしまいには立ち上がって熱弁を振い、そんな中、白石さんと目が合い、お互いに苦笑する。


大楠は友達が作れない社会不適合者だと勝手に思っていたが、違うのだ。必要なら何人だって作るんだろう。必要ないだけなのだ。


大楠を部室から引っ張り出す。


「なんだ、まぁまぁ楽しかった。もっと何にも知らない部員たちだとすっかり侮っていたよ。俺だって確かに広く精通しているわけじゃないがね、彼らは文学研究をしっかりしているよ。ただ文集を見る限り文才はないけど」

「どういうつもり?」

「いやいや、君だって分かっているだろう?手紙が勝手に消えるなんて事はないんだ。まぁあり得ないわけじゃないけどね。世界で使われている科学常識の一切が、実は全部間違っているなんて事もありえるんだから。人間が壁を通り抜ける確率だって」

「そのまくしたてるのやめて説明して!部室で何してたの?」

「おっと、文才の主はお留守かい?頭を働かせるんだ。俺は手紙を誰かが持ち去ったと考えているんだ。手紙を持ち去るって事は、そこにメリットがあるはずだ。君の恋を妨害する者、つまり諏訪君に想いを寄せる者か、君に想いを寄せる者だ。ただ、諏訪君に想いを寄せる者だった場合ね、全部を妨害するのはなかなか骨が折れるよ。なんといっても彼は生物学的にモテる。それに今まで恋文が紛失したという依頼は俺の所に来ていない。とすると、そこで君の近しい人たちを調べて廻っているというわけだ。しかし良い所に来たよ。わかったこともある」

「何よ?」

「彼らの中に君に好意を寄せる者がいる事に気が付いたかい?」


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聞き出そうとしても大楠は口を割らなかった。それから「明日には解決するさ!」と言って何処かへ行ってしまった。


家に帰り美奈に電話した。


「なるほどね、って事は最有力候補は文研の中であんたの事が好きなやつって事?」

「多分そうだと思う」

「心当たりは?」

「まるでない」

「小学校の時から鈍感だもんねー」

「うるさいよ」

「大島君に平泉君…目が合う回数が多いとかないの?」

「ずっと黙って本読んでるから分かんないよ」

「二人についてどう思うの?」

「大島君は、まぁ趣味が合う所もあるよ。私も海外の古典は好きだし。穏やかだし。平泉君はちょっと苦手かもなー。あんまり周り見えてないっていうか。見た目大人しいのに急に大騒ぎしたりするし」

「小学校時代からの友人であるアタシの勘としては、平泉君だね」

「嘘でしょ!?」

「だってあんたは昔から興味ない男の子に好かれてるじゃない。まぁ気付いてない事多いけど。平泉君も注目されたくて目の前で騒ぐのかもよ?」

「えー…そうかな…」

「明日大楠がどうするか知らないけど、アタシの方でも少し調べてみるよ。大丈夫、噂にならない様に気をつけるから。大楠より先に犯人見つけたら、何か奢ってねー、それじゃ」

ノーマークの人に好かれてるかと思うと、少し顔が熱くなって、なかなか寝付けなかった。

平泉君はまんまと夢に出てきた。

夢の中で彼は手紙を持っていて、それを美奈が追っていて、私は応援。大楠もいた気がした。諏訪君は出てこなかった。


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翌朝、事件が起きた。教室で手紙が見つかったのである。ビリビリに破かれて。

クラスメイト達が騒ぎ立てて、手紙を修復、全部ばれちゃうんだと思ってぐったりしていた私だが、一部は見つからなかったらしく、誰が書いた手紙かは分からない状態だった。しかし宛名はしっかりと残っていた。


「諏訪順平様」


男子達は諏訪君を囲んで騒ぎだし、女子達は問い詰めだした。


「相変わらずモテモテじゃん!」

「諏訪が破ったんだ!!」

「どういうこと!?」

「流石にないわ」

「サイテー!!」


私は諏訪君の顔を見るのも、皆の声も怖くなって教室から逃げ出した。

廊下を闇雲に走っていると大きい何かにぶつかった。大楠だ。普段以上に青白く、今までに見たことがない程冷たい表情をしている。咄嗟に謝ろうとすると大楠は私の手を引き、誰もいない裏庭に連れ出した。


「本当にすまない。こんな形になってしまって。非常に不甲斐ない。もっと早く動いていれば…。」

大楠が素直に謝るという構図は意外すぎて、更に混乱した。彼もかなり取り乱しているらしい。

「頼むのをくよくよ悩んでた私も…」と言いかけた所で大楠が更に言葉を重ねる。

「失敗だ。恥ずかしくて仕方ないね。あんなに余裕をかましておいてこの様だ」

暫く沈黙が続いた。酷く長い時間に感じられる。大楠は目を瞑り必死に考えている様子だった。

私はもう思考が止まり、そんな大楠を見ているしか出来なかった。


「俺は…真実を明らかにしたい。だが君の依頼は手紙探しだった。それはもう終わってしまった。君がこれ以上この件に触れたくないなら、俺はそれでも構わない。しかし汚名返上のチャンスをくれると言うなら、俺は全力でこの問題に取り組むよ。俺は殆ど何も持っていないが、全部賭ける。」

私は暫く考え込んだ。幸い私の名前はばれていない。このまま放っておけば、私は平和に過ごせる。しかし諏訪君はどうだろう?何処かの誰かの想いを踏みにじった男として、卒業まで過ごさねばならない。彼はそんな人間じゃない。自分の好きな人がそんな事で、平和なわけないじゃないか。


「大楠君、諏訪君を助けてほしい」

大楠は、それはそれは強く頷いた。

「それでは犯人逮捕と行こう!!」


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放課後、本来立入禁止の屋上に私と美奈と大楠は立っていた。大楠はいとも簡単に屋上のドアを針金とハサミでこじ開けた。

「新しい鍵ってのはなかなか難しいんだけどね、この手の古い建物で鍵も古ければ、少し練習すれば開けられるもんなんだよ」

美奈は興味津々で、後日大楠のピッキング講座の予約を取り付けていた。


「それで、誰なの?犯人」

美奈が尋ねると、

「もう直に来るから、暫しの辛抱だよ。カメラでも構えていたまえ」

一日悶々としていた私は、そろそろ限界だった。

その数分後、扉が開いた。


同じクラスの柴田しばた君だった。私たちの姿を見てきょとんとしていた。


「あれ?どういうこと?」

「どうぞこちらへ!!」

大楠は近づき、戸惑う彼を私たちの所まで連れてくる。

柴田君は暫く動揺していたが、いずれ決したように口を開いた。


「まさか同伴者ありとは思わなかったけど、相葉さん手紙ありがとう。嬉しいよ。これからよろしくね」

美奈に向かって頭を下げて手を差し出す。

「すまないね」と大楠が言い、柴田君の手首にどこから取り出したのか、ガチャリと手錠をかける。


「ワトソン君、紹介しよう。彼が手紙泥棒だ!」


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大楠は抵抗する柴田君を手際よく椅子に拘束すると、屋上のドアの鍵もしっかりと閉めた。彼こそ犯罪者と呼ぶに相応しい気さえしてくる。

「さぁ、いよいよ説明だ。俺は当初、依頼者である彼女に想いを寄せた人物による妨害工作と踏んでいた。彼女の交友関係はそれほど広くないし、俺の表情研究から言っても、かなり的は絞れた。文学研究部だ。確かに部内に彼女に想いを寄せる人物はいた。だから、俺はそこに重点を置いて研究してみた。しかし、今朝の事件でそれは大きく覆された。手紙が破られて発見されたんだ。文学研究部の部員たちは、昨日接して分かったが、本当に文学を愛しているし、自分のなけなしの文才にも誇りを持っている。いくら妨害したとは言え、あの想いの詰まった手紙を破り捨てて晒し者にするとは到底考え難い。あの部内で手紙を盗むほど恋い焦がれているなら、きっと手紙は保管すると、俺は思う。となると犯人は誰か?


的は変わってくる。目的は妨害と言うより、諏訪君の評判を下げる事にあった。そう、有力なのは諏訪君の取り巻き、付け合わせと称されてしまう周囲の友人達だ」

諏訪君の付け合わせという言葉にぎくりとしてしまう。自分も自然と諏訪君を中心に物事を見つめてしまっていた。恋は周りを見えなくする。平泉君を批判なんてしていられない。

「そして彼らの中で、今朝の事件の時に気になる動きをする人物がいたんだ。柴田君、君だよ。君は開口一番『諏訪が破ったんだ!』と言ったね?あの時点ではまだ書いた人物が破った可能性もあったのに。君の発言で女子達は大いに焚きついて諏訪君を責め立てた」

「それはたまたまそう思っただけで…」

「それだけじゃない。君は今日しきりにブレザーの内ポケットを確認していたね。何が入っているのか、まぁ察しは着くけれど見てみよう…ふむ、ほうらやっぱり。手紙の切れ端だ。君の名が入ってるよ」

小さな紙片を私に寄越す。確かに私の名前が私の字で記されていた。間違いなく手紙の切れ端だ。

「君は今日諏訪君に部活動の朝練がない事を知っていた。普段なら彼は一番乗りで教室にいるからね。彼がいない今日決行しようと朝早く登校し、手紙を破って捨てた。その時にこう思ったんじゃないか?自分が苦しめたいのは諏訪であって、彼女ではない。それに書き手が分からない方が、不特定多数に効果があると。特定の人物となると結束に加わらない女子もいるからね。だが、その名前入りの紙切れを適当に捨てるわけにもいかず、帰宅するまで持っていようと思ったんだね。その方が確実だ」


柴田君は震えだしていた。大楠に怯えて、少し目が潤んでいるように思う。大楠が更に大きく見える。


美奈が横やりを入れる。

「でもさ、さっき手錠をかけた時ってまだ確実な証拠はなくない?あてずっぽうで捕まえたの?」

大楠はやれやれと肩を竦めて、

「俺はあてずっぽうはしない。俺なりに罠を張ったんだよ。それはこっちのポケットかな」

大楠が再び柴田君のブレザーを検める。柴田君はくすぐったいようで、潤んだ怯える瞳と対照的にケラケラと笑っていた。

「すまんね、そうそう、これだよ。さあ、読んでみたまえ」

大楠は一枚の便箋を美奈に渡す。美奈が声に出して読み上げる。

「『柴田君へ 好きです 屋上で待っています』 なによこれ?」

「それを彼の下駄箱に入れておいたんだ。そして彼はここに来て、どうした?」

「どうしたって、少し戸惑ってから、アタシによろしくって頭を下げてきた」

「この手紙では差出人は誰か分からない。だが彼は相葉さんだと決め打って挨拶したね。これは破られた手紙の書き手を知っていたから、自分に告白してくるならこっちのはずと自然に考えての振る舞いなんだよ。あの時点で僕としては七、八割落とした様なもんなんだ。さて、そろそろ本人に話を聞こうか。」


柴田君は怯えて、泣いて、笑って、打ちのめされて、すっかり草臥れて少し小さく見えた。

そしてぽつらぽつらと震える声で呟きだした。


「前から、諏訪の人気には嫉妬してた。だって、誰だって僕らの所に来る人間は、諏訪しか見てない。諏訪に質問したり、諏訪に何か頼んだり、諏訪諏訪諏訪って、僕なんかとは目も合わせない。諏訪だってそういう時は、僕を平気で仲間外れにして楽しそうに話してるんだ。普段は提出期限ギリギリにノートを貸してと泣きついて来たりするくせに…。だからいつか平等になれば良い、それか諏訪が僕よりずっと落ちちゃえば良いんだって…。だから、金曜日の放課後、諏訪が荷物が一杯だから靴を取ってほしいって、僕が靴を取ってやる時に手紙を見つけて、咄嗟に前から考えてた計画が頭を過って、手紙をポケットに入れてそのまま帰ったんだ。それから計画を練った。後は、大楠君の言う通りだよ。これ以上言い訳もない。すごいよ、大楠君。本当にごめんなさい。」


柴田君は、ぽろぽろと涙を零しながら、私に頭を下げてきた。


その後ドアが激しくノックされ、

「おい、誰かそこにいるのか!!!」と声がした。

「そろそろ下校時刻だ。お暇するとしよう」

大楠は少しおどけた高い声を出してみせたが、誰もふざけるテンションではなかった。


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その後、大楠と美奈が上手く手回ししたらしく、諏訪君の悪評は徐々に静まった。諏訪君と柴田君は疎遠に。お互い穏便に話し合いをし、柴田君はひたすら謝ったが、諏訪君はどうしてもすぐに許すことは出来ないと言ったらしい。

私はと言うと、疲労困憊、もう一度手紙を書く余力は残されていなかった。

ぼんやりと日々過ごし、少し元気が出てきた頃、大楠を訪ねた。


「やあ、今度は何を失くしたんだい?」

彼は相変わらずぼさぼさの髪で眠たそうに本を捲っている。事件に奔走していた時が嘘の様だ。

「お礼を言いに来たの。改めて言ってなかったから」

「ああ、良いんだ。俺も前半は失敗したしね。到底褒められた運びじゃないよ」

「ところで、幾つか訊きたい事があるんだけど」

「構わない、なんなりと」

大楠が本を閉じて向き直る。

「私の事が好きな部員って誰?」

「はっ!それか、確かに事件に無関係だから忘れていたね。聞いたら居心地悪くならないか?」

「いるって思うだけでぎこちなくなってるよ」

「分かった。ちなみに誰だと思う?」

「平泉君?」

「いーや、彼は胸の発達した女性が好みだ。海藤さん推しだよ」

大楠の視線が気になり、自分の貧相な体を隠すように腕を組む。

「じゃあ大島君なの?」

「彼の性癖についてはプライバシーを尊重しよう。違う。正解は白石さんだ」

「???白石さん?ちっちゃくてメガネの白石さん?海外文学好きの?」

「そうだよ」

「女の子じゃん!白石さんそっちって事!?」

「そっちかあっちか知らないが、相当に君が好きだよ。なんてったって、彼女は元々海外文学好きじゃあない。以前書店で見かけたことがあるが、どちらかと言うと国内のロマンスが好きで、もっと言うと漫画好きだよ。自分でも描いてるはずだ。文学だってかなり目が肥えているが、海外文学は君が好きだから、趣味を合わせる為に必死に読んでるんだ。健気なもんだよ。俺と一緒で、君の文章に惚れ込んだようだね。文集の話を持ちだしたら、しきりに褒めちぎっていたよ。それと、君が入ってきた時は瞳孔が開いていた。知っているかい?君も諏訪君を見る時、瞳孔が開いている。興奮すると起きる当然の反応だ。」


大楠といると心臓が何機か必要な気がしてくる。だがまだ聞きたい事がある。

呼吸を整え、心拍数が落ち着いてから次の話題を切り出す。


「大楠君は、以前諏訪君が『彼女なんていない!』って怒鳴った話は知ってる?」

「勿論だ」

「理由も?」

「それ聞いちゃうかー」

大楠がもじゃもじゃの髪を更にかき混ぜる。私はじっと大楠を見つめる。

「分かった。覚悟は出来ている様だね。実は諏訪君には彼女は居ないが、想い人がいる。音楽の奥菜おきな先生だ。」

「嘘でしょ?」

「嘘じゃあない。男子は女教師に弱い。あの先生、美人だしね。」

勝てっこない大人の女性の出現。ショックが隠しきれない私をよそに、大楠は続けた。

「詳しく説明しよう。以前奥菜先生から失せ物探しを頼まれた事があってね。携帯電話だ。ある生徒が悪戯で盗んだんだが、取り返して本当に本人の物か確認しようと思って、ロックを解除して中身を見たんだ」

「暗証番号は?」

「暗証番号が生年月日を逆にしただけなんだぜ?信じられるかい?サルでも開けられるよ。」

「なんで生年月日知ってるの?」

「君のだって知ってるぜ?」

「変態だ…」

「記憶力と調査力を褒めて欲しいもんだ。失礼、続けるぜ。それで中身を見ると、諏訪君からのメッセージが入っていた。それ程見る気はなかったんだが、あまりに印象的でね。先生は上手くかわしていたが、諏訪君はかなり熱烈だったよ。それが四ヵ月前。その諏訪君が怒鳴った時期と重なる。ここからは推論だが、彼が書いているメッセージを誰かが横からチラと文面だけ覗き見て、囃し立てたんじゃないかな。でも相手は彼女でもなく、一教師だ。正直に話す訳にも行かず、理性を失い、向きになって怒鳴った、とまぁそんなところだろう。いやはや、本来は機密事項だが、今回は特別だよ。君はある意味関係者だからね」


もう当分手紙は書けそうにない。


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その日はそのまま大楠と帰路についた。なんとなく誘ってみると、彼は案外すんなりついてきた。

駅までの道すがら、ふと彼について質問したくなった。


「ところで大楠君」

「なんだろう?」

「大楠君って友達とか恋人っていないの?」

「それ興味あるかい?」

「皆逆にあると思うけど」

「引っかかる物言いだがまぁ良い。残念ながらいるよ」

「恋人!?」

「いや、友人の方だ。最近彼はファミレスでアルバイトを始めたらしくてね、少し顔を出そうかと思っている。君も来るかい?」

「迷惑じゃないかな?会ってみたい」

「歓迎だろう。お金さえ払えば」


それなら美奈も呼ぼう。大楠の友達なんてきっと見たがるはずなんだから。


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写真はその時、合流した美奈がふざけて撮ったものだ。


私と大楠が関係した、最初で最後の事件。

彼はその後も卒業まで駆け、物を壊し、忍び込み、時に特徴的な高笑いをして、最終的には幾らかの人に希望と真実を届けたと聞く。


卒業後の彼がどうしているか、私はまだ知らない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ミステリーとしてのセオリーがしっかりしてて、良かったです。 ワイダニットがしっかりしてるのもとても良かったです。
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