聖剣契約
あ、死んだな
天高く振り上げられた腕を見て俺は悟った
この距離じゃ確実にかわせるわけがない。もし仮にかわせたとしても、その後どうする。
全力で走る馬に追いつけるこいつらからどうやって逃げ切るってんだ…無理じゃん
マッドベアが腕を振り下ろす。その瞬間脳内に今まで生きてきた家族との思い出が流れはじめ、世界の動きがゆっくりになる。
そうか…これが走馬灯か。死ぬ時に見るってのは本当だったんだな。
…ごめん、父さん母さん。折角命をかけて俺のことを逃してくれたのに…ごめん
ちくしょう。もっと生きていろんなことしたかったな
ゆっくりと迫ってきていたマッドベアの腕が遂にもう少しで触れるところまでくる
訪れる死を受け入れ目を閉じようとした、その時
ドゴォォン
雷鳴が鳴り響き、空が一瞬真っ白く光ったかと思うと、次の瞬間、マッドベアは肉片を周囲に飛び散らせながら絶命していた。
「なんだ…これは…」
目の前で突然起こったあり得ない事に俺は驚きつつもマッドベアの死体を見ると、その中心には白く光り輝く剣が突き刺さっていた。
その剣の美しさに先ほどまで死ぬことを覚悟していた俺も思わず息を呑んだ。周囲の魔物達は突然現れたその剣を警戒してか近づこうとしない。
俺はその剣に向かって恐る恐る手を伸ばし、そして、その柄を掴む。
すると、
該当者の接触を確認。契約を履行します。
という、無機質な音声が頭の中に響く。
なっ、なんだこれは!
俺は動揺しながら剣を一度離そうとするが、何故かくっついてしまったかのように、手から離れようとしない
その事に更に動揺し錯乱する俺を無視して、無機質な音声は次々に頭の中へと流れ込む。
…契約者名ラックとの契約が完了しました。
ブゥゥンという音がしたかと思うと右手の甲が眩いほどの光を放つ。光が収まると手の甲には今手にしている剣と似た紋章が描かれていた。
…次に契約者へのサポートを開始します。
今度は体全体が光に包まれる。その光が収まると俺は体の状態に違和感を覚えた。
急激に五感が鋭くなったのか視界に映る全てがくっきりとしており、魔物達の匂いや葉が風に揺れる音まで聞き取ることができ、そして、体中に力が満ち満ちているかのような感覚を覚えた。
試しに地面に落ちている小石を拾い、近くにいたシャドウウルフ目掛けて全力で投げると
「キャウウン!」
小石はシャドウウルフの体を貫いて森の奥へと消えていった。
流石にこれだけでは倒すことはできなかったようでシャドウウルフは消えずにその場に残っていたが、それでもぐったりとした様子で地面に倒れ込んだ。
「な、なんだこれ。なんだこのパワーは。一体なにがどうなってるんだ!」
そんな俺の叫びに応えるかのように
…初めまして。ラック様。私はこの度貴方様と契約させていただいた聖剣です。名はありません。これから貴方様が現世を離れるその時まで契約は続きますので何卒よろしくお願いします。
「はぁ!?えっ、聖剣?えっ、ちょっと待って。俺が今聖剣と契約したってことか?いやどういうことだよ。」
…はい、そうです。
そうですって…いや、死ぬまで契約は続くって言われたけど今早速死にかけてるんだが
…周囲の情報を取得するために感覚系統から伝わる情報を共有しても良いでしょうか?
「思考まで読めんの!?いや、まぁいいけど。」
…感覚系統との接続を開始…成功。状況把握。半径二十メートル以内に計三十七体の魔物を確認。
三十七体…多すぎんだろ。やっぱり確実に死んだやつじゃん。
…周囲の魔物を殲滅するために魔力を五割消費してもよろしいですか?
「殲滅って…そんなことできんの?」
…はい、可能です。
「まぁ、どうせ俺が何しても死ぬんだ。好きにしていいよ。」
…許可を確認。魔力充電
体から大量の魔力が聖剣に流れ込む。
…充電完了。聖剣コード―無限刃―発動。魔物を殲滅します。
次の瞬間、聖剣から光の線がいくつも放たれる。しかし、それを受けた魔物達は何もなかったかのようにその場に立っている。
「おいおい、殲滅できてないじゃないか。」
…いえ、魔物の殲滅、完了いたしました。
「どこが!」
光を受けた魔物達は体に何も起きてないことを確認すると、今度こそ俺を殺すために飛びかかろうと体をかがめ
「ヤバイ!くる!」
バラバラのブロック肉となって崩れ落ちる。
「…は?え?なに?どうなってんの?」
周囲を見渡すと全ての魔物が同じようにバラバラとなって崩れ落ちていた。
「どういうことだ?何が起こったんだ?」
…魔物を殲滅しました。
「そうじゃなくって!今の魔物を攻撃したヤツはなんなんだ!」
…聖剣コード―無限刃―です。消費する魔力は契約者の保有する魔力の最低でも2分の1を消費します。効果は高速の斬撃を放つ。ただ、それだけです。込める魔力の量により放てる数や射程距離は上昇し、理論上、魔力のある限り無限に斬撃を放ち続けることや、どこまでも斬撃を放つことができます。今使用した魔力量では半径六十メートル、六発までが限界です。
な…なんだそれ。聖剣ってそんなことまでできんのかよ!
…はい、可能です。
そ、それじゃあ、俺の家族を助けることもできるか?
…家族が誰かは存じ上げませんが、生きている場合は可能です。一応、記憶へと接続してもよろしいですか?
「ああ!好きにしろ!そうと分かればすぐに助けに行かなきゃ!」
俺は元来た道を全力で引き返す。
聖剣の力によって強化された俺の体は馬とは比べ物にならないほどの速さでぐんぐんと森の奥へと進んでいく。
…生体反応感知。対象を記憶と照合。…完全に記憶と一致しました。
「それはつまり俺の父さんと母さんってことでいいんだな?」
…はい。多少の怪我を負ってますが戦っているようです。
「よっしゃ!それが分かるなら十分だ!生きてるんならまだ間に合う!こっからの距離は!」
…約三百メートルです。
さっき聞いた無限刃の射程距離は六十メートル。届かせるには遠すぎる。
俺はもっと早く走るために足へとより力を込める。
そして、残り百メートルに差し掛かったところで
「見えた!父さんと母さんだ!」
まだ魔物と戦っている父と母が視界に入る。
間に合った!これで2人を助けられる!
2人を助けられることで安堵し頬が緩んだ
その時
足元から強い光が放たれる
「なっ!なんだこれ!」
驚いて足を止め、足元を見ると自分を中心に魔法陣が広がっていた。
「おい!お前がやったのかこれ!」
…いいえ、違います。
「じゃあ、なんなんだよコレ!」
…分かりません。解析しますか?
「頼む。ってこんなことやってる場合じゃねぇ!」
再び走り出すと、見えない壁のようなものにぶつかって進むのを阻まれる。
「はぁ!?なんなんだよコレは!コレじゃあ進めないじゃないか!」
…解析完了。この魔法陣は転移魔法陣です。対象を任意の場所へと転移させるものです。現在行動を阻害している壁は対象者を魔法陣から逃さないためのものです。
「なんでそんなのが俺に!?クソッ!こっからの距離は!」
…六十二メートル。
「ふざけるな!ふざけるなよ!あとちょっとで届くんだよ!どけよ!ここをどけよ!」
力の限り見えない壁を叩くが壊れる気配はかけらもしない
…現在の力では破壊不可能です。
「黙れ!お前にもどうにかできないのか!」
…解析結果破壊不可であることが判明しました。
「クソ!クソ!クソー!どうしてだよ!」
魔法陣は放つ光を強めていき、魔法陣内全てが光で満たされると、そこには元から何もなかったようにただただ静寂が広がっていた。