第一章:3 『自称自傷女神』
女神。
それは美しく、正しく、清く、完璧な存在であり、無限に有する奇跡の力は人を正しく導く――
はずじゃないの…?
この異世界に転移してからもうすでに半日経とうとしている不幸な俺は疑問でしかなかった。なぜって?目の前にモノホンの女神がいるからだ。
「君ぃ…普通の人が宿屋とか~行くとこを~いきなりエッチなお店はいろうとするなんてよっぽどの大物か、性欲大魔神なんだね」
そうこたつに半分のまれた状態で話すのは自称女神だった。ゆる~いだぼだぼのグレーのシャツに身を包み、肩までの金髪は手入れがされていないようでぼさぼさ、おまけに濁った光り方をする汚れた光の輪を頭の上に浮かばせていた。
「あの…ほんとにお前女神なの?」
どうしても風貌的に信じられない。
「そうだよ~。君の担当女神、イシュタムだお~」
返事がユルい。ユルいのだがこたつの上にみかんだけではなくカッターナイフ、得体のしれぬ錠剤、そして拳銃まで置いてあるのだから不安だ。
「いやぁ、ほら女神って完璧で、美しくて、正しくて、清らかで、みたいな感じなはずじゃないの」
「なにいってるの~イシュタムすっごい完璧でしょ~」
何言ってるんだコイツ。美しいさは確かに垣間見える。多分しっかり見た目のケアをすれば絶世の美少女になるのであろう。だが今の状態では完ぺきとは言えない。
「イシュタム完璧完璧~~ …あっ、そんなことないよね。死にたい」
ッ!?
イシュタムの声音が急に暗くなりさっきまでのユルさはなくなった。
「ちょっ」
「死の」
次の瞬間イシュタムの頭部は弾丸に撃ち抜かれ熟れたトマトの様に赤くはじけた。彼女の手によって引き金を引かれた拳銃が彼女の手から転げ落ちる。
「おいおいおいおいおいおいおい!どうなってんだこれえええ!!」
語彙力の乏しい俺はそう叫び真っ白な空間に広がる鮮血に焦った。
「大丈夫か!?おい!ああぁあくっそ!どうすればいい!」
普通なら俺が人工呼吸などをするところだが、彼女の顔にはもう「人工呼吸をする場所」がどこにあったのかもわからない悲惨な状態になっていた。
落ち着け、どうにか考えろ。女神が死んだ今、俺はこの無限に続いている真っ白な空間から出られないかもしれないのだ。不幸すぎる。
女神にスキルなどもらったり、あわよくば勇者にしてもらい美少女とパーティーを組んだりと考えていた俺が馬鹿だった。俺の人生に不幸あり。
イシュタムの死体の周りをドタバタと歩きながら考えを巡らせた。
「あぁもう、あんまり埃をたてないでよぉ~イシュタム、ハウスダストアレルギーなんだから~」
「ああ、すまん。つい考え事をするとあるきまわcc…」
生きてるやん。なんで。
そこにはまるで何にもなかったかのようにあくびをしながらみかんを剥くイシュタムの姿があった。あふれ出ていた血もはじけ散っていた脳漿もすべてなかった。
「いっ、今自殺しなかったか?」
「自殺できていたら、今こうしていないよ~未遂~未遂~」
「拳銃で顔面に穴をあけるのが未遂なのか!?俺は一生トラウマだかんなこれ!覚えてろよ!」
半泣き状態で俺はへなへなと座り込む。
「…それでなんで今俺はここに呼び出されたんだ?普通転移される前にここにくるはずなんじゃねえの?状況説明のためにみたいに」
「ああ、なんかイシュタムめんどくさくなってさぼってた~」
イラっと来たが、大人になれナツ。
「そっ、そうか。なら説明頼んだ。」
「…………………」
ん?
「おーいイシュタムさーん」
「…………………」
返事はないただの屍のようだ。
ん?
屍。
気づいたときには遅くこたつの上には謎の錠剤が大量に散乱しており、こたつに突っ伏したイシュタムの口からは泡が噴き出ていた。
またか。
一応救命活動をしたほうがいいのか悩む。
今回は人工呼吸するべき場所も分かる。
俺はゆっくりと彼女を仰向けにし人工呼吸の準備をした。
ゆっくりと。やさしく――
「あのぅナツさんに人工呼吸されるなら死んだほうがましなんでやめてもらえませんかね。ぶっちゃけ顔タイプじゃないんですぅ」
ひっぱたいていいかなコイツ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
自殺願望が高すぎる女神曰く彼女、イシュタムはマヤ神話において自殺をつかさどる女神らしい。たまに抑えられないほどの自殺願望がくるが、女神のため死ねないと自分の首を麻縄で吊りながらユルく語っていた。
「とりあえず死ぬのやめてくんない?目覚めが悪すぎる」
しかし俺の嘆願謎聞き入れずに女神は話し続ける。
「んで本題に入るんだけどぉ~、君には~あの世界を救ってほしいんだ~」
「ですよね」
ひねりも何もないプロットをたたきつけられてある意味安堵した。よくある異世界転移だやっぱり。
「打倒魔王でとりあえず頑張ればいい感じね」
「いんやぁ、相手魔王じゃないよぉ~」
え?違うの。
「打倒勇者御一行~」
イシュタムは、にぱっと笑いながらそう言った――もちろん自分の手首をカッターナイフで切る手は休めずにだ。
「ちょっと待てイシュタム、勇者って魔王ぶったおして世界救うやつらじゃないのか?」
「一般的にはね~、だけどこの世界に送った勇者御一行が思ったより強くて~魔王初日にぶっ倒しちゃったんよね~」
なにそれチートすぎる。
「それで~めでたしめでたし~のはずだったのにぃ、欲と力に溺れた勇者御一行がぁ~魔王城を乗っ取って今魔王のふりをしてるのよ~」
つまりまだ魔王が倒されたことを人々は知らずに戦っているってのか…
「『魔王軍』ってのもじゃあ実は勇者が率いる魔物ってことか」
「そゆこと~」
ずいぶんな話だ。魔王に世界の半分ほしいか聞かれる前にぶっ倒して全部手に入れてしまうなんてクソシナリオすぎる。
「話は分かった。だが俺に何かメリットはあるのか?ほら報酬的な」
「報酬、と言えるかはわからないけど~、世界を守った暁には何でも願いが一つ聞き入れられるよ~元の世界に行くもよし~他の世界に理想の形で転生するもよし~なんでもありだよ~」
割と魅力的だ。このぶっ飛んだ世界を攻略さえすれば新しい世界で超絶イケメンになってケモミミ娘に囲まれたハーレムライフを送ることさえできる。
「んじゃそのための能力とかチートスキルとかは何もらえるんだ?」
「ん~?もうあげたじゃん~『魔法少女』、『貯痛』、んで『魔脚』~みっつも祝福あげてるよ~?」
『祝福』。
「『祝福』はごく稀なひとにぃ~女神から~与えられる能力です~普通のスキルは~頑張れば覚えられるけど~『祝福』は女神に与えられない限りは~てにいれられないの~」
「なるほど、限定の個人用スキルみたいなものなのね」
「そうそう~『祝福』は~ある程度与えられた女神の特性が現れるの~例えば自殺をつかさどるぅイシュタムの祝福を受けた君はぁ~『貯痛』っていう『祝福』をもっているでしょ~『貯痛』は~受けた痛みやダメージを魔力に換算するっていう能力~つよいでしょ~」
なるほど、確かに今まで魔法少女に変身できていたのは何かしらのダメージを受けた後だった。そして俺がその能力を使った後は受けたダメージの分の魔力が切れ元に戻ってしまう。使い方によっては強い能力かもしれない。
「『魔法少女』はまだイシュタムも分からない『祝福』だから~てきと~に研究してみてね~」
マジでコイツ女神する気あんのか。
そんなあきれる俺を置いて自分の腹部にに三本目の鉛筆を刺すイシュタムはゆる~く続ける。
「『魔脚』は~消費魔力が高い代わりにぃ~高い身体能力を脚だけに与えるって能力だよ~鍛えればあの『破剣』使いちゃんより高く跳べるはずだよ~使い物にならなかった君の脚は~イシュタムがぁ~サービスで治しときましたぁ~」
「ありがとう」
予想していなかったのか俺の素直な感謝の言葉にイシュタムは四本目の鉛筆を腹に刺し損ねる。このことに関しては冗談でもなんでもなくただ素直に感謝している。自分の脚でまた大地を踏める。
もしかするとそんな『サービス』がおれにとって一番大きな『祝福』だったのかもしれない。
「さぁ~、んじゃあ頼んだよナツ君~軍資金も少し渡すから~えっちなお店に行くんじゃなくて~宿屋に行って冒険者になるんだよ~」
「はいはいまかせとけって。おれはできる男だぜ」
そういうとイシュタムは血だらけの手を振りながらジト目ながらもニヤリと笑った。
「旅人に『祝福』を。旅人に『幸運』を」
イシュタムとは思えないような凛々しく美しい声が響いたと思った瞬間、透き通るような鐘の音が響いた――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……………おにーさーーーん???聞いてますかー?大丈夫ですかー?もしもーし?」
気づくと目の前には露出度が高い服を着た綺麗なおねーさんがいた。うん。大胆な服だ。エロいね。
「おにーさん、店の前で急に固まるからびっくりしたよ。大丈夫?」
「あ…あぁ大丈夫、すまん…」
『60分間揉み放題』
もうその看板には誘惑はされない。俺には目標ができたしイシュタムにも強く言われた。
『60分間揉み放題』の看板を背にする。もう迷いはない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いや、すげぇ。ほんとに揉み放題だった。もう一時間たったのか。空は真っ暗。お店や住宅から零れる光と凝った装飾が施された街頭によって街並みは淡く照らされていた。
結局あの後20秒ほど迷いそのあと入店した。入店した際に気付いたが俺はもうダボダボのパーカーとジャージ姿ではなく、所謂「冒険者」のような服装になっていた。決して良質なものではないが動きやすいチュニック、ズボン、ベルトバッグ、そしてマント。結構、様になっている気がした。そしてベルトバッグの中にも巾着袋いっぱいの金貨が入っていた。自傷女神ありがとう。
さてまだ17歳だがこの世界の法律的にはオッケーのようだ。よくある異世界では15歳から大人ってやつだ。
ビバ異世界。ビバ揉み放題。
この世界の金銭感覚がわからないが今朝の盗賊に銅貨一枚ほどの価値しかないといわれたところだ。どうせ成人なんだし酒場にでも行って確認してみるかなどとすっかり日が暮れ星が良く見える空を見ながら考えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
うえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええいいいい!!!!!!!!!!!!!!
俺は初飲酒に戸惑いながらも大いに楽しんだ。楽しみすぎた。シュガーエールという甘苦いシュワシュワしたお酒を6杯飲んだあたりから記憶があやふやになってきた。
だが情報も得られた。銅貨一枚で感覚的には100円くらい、銀貨で千円、金貨で一万くらいのようだ。金なのに一万くらいの値段の感覚なのは不思議だが、もしかすると金はそこまで貴重な資源じゃないのかもしれない。
ってかあの盗賊野郎俺に100円の価値しかないとか言ってやがったのか。見つけてぶっ殺そうか。
「うっぷ」
「おいおい、にいちゃんはしゃぐのは構わねえが店内で吐くのはやめてくれよなぁ?」
吐き気を催す俺に対し筋骨隆々の禿げた店主が話しかける。
「あ、ボクが外連れて行って吐くの手伝ってきますよ」
そう身長の低い色白幼女が店主に話しかける。
おいおいロリはこの時間にこんな場所にいちゃいけねーだろー。そう思いながらも吐き気を催す俺は意識が朦朧としていた。
花のようないい香りがするロリに肩を貸されながら店外に出る。あれ、このロリ意外と力強くねえか。
その瞬間強い衝撃を受け意識が暗転する。もうこの世界来て二度目のパターン。
「ごめんねおにーさん。ちょっともらうね」
鈴を転がすようなきれいな声で彼女は笑った。
嗚呼、不幸だ。と思う俺は意識が遠のく中、はっきりと鋭い痛みを首筋に感じた。