第一章:2 『魔法少女な俺とオタクな彼女』
皆さんは異世界転移、転生をしたことがあるだろうか。ないと思う…あったらぜひ話を聞きたい。少なくとも俺の異世界系の知識は三年間の引きこもり経験で培ったラノベやアニメだけだ。だからあえて言わせてもらおう――
転移初日で牢屋生活ってどうなのよ。
俺は盗賊を倒し馬車の荷台を漁っていたところ、何者かに意識を奪われ気づくと地下牢らしき場所にいた。状況を整理すると、近くを通った警備兵が馬車をあさる俺を見つけた次第だ。俺TUEEEな異世界生活を始められると思った矢先、牢屋の中。
うーん、やはり不幸。
目が覚めたと思ったら今度は狭く窓がない部屋につれていかれた。きっちりと手枷もされ常に鎧と剣で武装した兵士が俺の周りにいる。そしてそこには一人の美しい女性が座っていた。すらっとしたスレンダーな体を軍服のような服で包み、癖一つない黒髪は椅子に座っている彼女の腰辺りまで伸びていた。絶対生徒会長タイプだこの人。
「座れ」
間違いない。座れと冷ややかに言う女性の声は、気を失う前に聞いたあの声だった。それにしても暗い。空気が暗すぎて少しでも失言をした場合速攻で首落とされそうだ。
「男性三人に全治3か月の重傷、及びその貨物の強奪。事実か?」
事実。俺は嘘つきではない。この女性から投げかけられたこの質問にもすべて嘘をつかないほうがいいだろう。
「事実です」
「死刑」
ちょ、はい?早すぎねえかオイ。急な死刑判決に動揺を隠せない俺は堰を切ったように話し出す。
「いやいやいやいや、お姉さんちょっと待ってくださいよ。たかが盗賊三人倒したところでむしろ社会貢献じゃない??」
あたふたと手枷をジャラジャラと鳴らしながら俺は弁論する。こんなところで急な死刑判決。たまったもんじゃない。
「お前には魔王軍の疑いがかけられている」
「……………はい?」
なぜいきなり魔王軍の疑いがかけられている。おかしくねぇか。だがこんな世界、元居た世界のように証拠など提出するといったような細かい手順が踏まれるとも思えない。急がないと本気でやられる。考えろ、逆〇裁判をDSでやりこんだろ!
「いっ、異議あり!」
あまりに知れたあのフレーズを言った瞬間、女性が素早く剣を抜き俺の首へ突き付けてきた。
「お前に異議を唱える権利はない。明日刑を執行する」
短くそう言い放つと女性は剣を鞘へと戻した。なんと冷たい女性なのだろうか。この俺に対する同情など何もない。くっ、悔しいがクールでかっこい――
「プッリキュッア♪プッリキュッア♪プッリキュッア♪」
聞いたことのある音楽がどこからか聞こえてきた。すると女性はおもむろに懐からスマホを取り出し音を消した。
ん?
スマホだと。
スマホがあるのかこの世界は。
いやそれどころではない。このクールキャラ、そんな可愛い趣味を持っているのか。
「お姉さん、プ〇キュアなんて結構かわいい趣味してますね」
思わず口にしてしまった。そして俺はすぐにそれは間違いだったと気づく。
鬼の形相になったお姉さんが剣を抜き切りかかって来た。ギリギリで剣筋をよけるが、その風圧で俺が座っていた側の壁が俺もろとも吹き飛んだ。
こっちの世界に来てから痛いことが多すぎる気がする。もうマジで嫌になる。多分どっか打撲した。ってか威力チートすぎだろ!なんだよあれ、直接触れてもないのに壁が吹き飛ぶとかどんなチートコード入れればそうなるんですかコノヤロー。
頭の中で延々と文句を垂れていると風穴の開いた建物から女性が出てきた。
「お前転移者か」
『転移者』おそらく俺のように現代日本から送られてきた人間の事だろう。そしてこれを聞いてくるこの女性もおそらく転移者…
「お前は私のキャラ設定のため死ななくてはいけない。死ね」
「ちょっ!待て!なんで俺が、お前のキャラ設定のために死ななきゃいけねえんだよ!」
理不尽な殺意を前にしてついツッコむ俺。すると体が光始め、感じたことのある湧き上がるような高揚感を感じた。
「ッ!『祝福』持ちか!」
まばゆい光に包まれる俺を前に、腕で光を遮る女性。だがもう遅い。
相変わらず男の俺にまるで似合わないピンク色の魔法少女服に身を包まれていた。
さぁ反撃だ。女性だろうが関係ない、やらなきゃやられる。弱肉強食だぁぁあああああ…ああ…あ?
変身が終わり突撃する俺を見た彼女は剣を落とした。
「かっ」
か?
「可愛いいいいいいいいいいいいぃいいいい!!!」
さっきのクールキャラなど微塵も感じさせないまるでJKような動きで俺に詰め寄ってきた。そして俺の頭の中で合点がいった。
この女、魔法少女オタだ。
そんなことを考えている間に彼女は目の前にいた。目をキラキラさせながら俺の衣装を見て、早口でぶつくさ言っている。
「これが君の『祝福』?うわぁ羨ましいなぁ!私まだ日本にいたころ魔法少女に憧れていたんだよ!んもー代表的なプ〇キュアなんて無印の頃から追ってたし!けどやっぱ推すのは『フレッシュ』なのよねー。あの賛否両論ある中で王道を貫く感じ!あぁ考えるだけでまた見たくなる…このせかいそーゆーのないのよねぇ…あっ、もちろん無印も二人がめちゃくちゃかっこよくて大好きなんだけど私が求めるのとはちょっと違う感じかな?うん。ってかそんな魔法少女に尽くしてきたのに私の『祝福』なんて破剣とか物騒な能力だしーさっきもちょっと剣抜いて軽く振っただけで壁なくなるしほんと調整難しいし嫌になる。あっ、まだ自己紹介していなかったね私はササガワ・チエミ。にしてもほんとにいい衣装ね!『フレッシュ』の頃のらぶちゃんの衣装にも結構似てるわよね!そこにやっぱりインスパイアされた感じ?『トリニティ』組んじゃってる感じ?んもぅうう!シフォンちゃんポジはいないの?あっ、やっぱりいない?ざんねーん。けどねけどね、私は悪いけど個人的にらぶちゃんより、せつなちゃん推しかなあ!なんといっても元ラビリンスの幹部ってのもいいわよねえ!エモい、その設定がマジエモくて見てるだけでマジ尊い」
なんだコイツ。キャラどうした。何の話をしている。『フレッシュ』?誰だよラブちゃんって。なんだよシフォンって。
話についていけてない俺に対し全く速度を落とすことなくササガワ・チエミは話し続ける。逃げ出す方法を模索している時つんざくような鐘の音が鳴り響き、奥からぞろぞろと鎧に身を包んだ警備兵が出てきた。明らかな緊急事態。
これはいよいよ本格的にまずいかもしれな――
い?
気づくと俺は空にいた。
飛べたのか俺。
飛翔スキル持ちかと心を躍らせたがすぐに違うと気づく。
あの魔法少女狂い―― ササガワ・チエミの脇に片腕で抱えられていた。
「飛べるのお前!?」
さっきの破剣とやらと飛行能力なんてチートすぎるだろ。
「いえ、ただ少しジャンプが高いだけよ」
少し…ねぇ。およそ上空100メートルまでジャンプできるのを少しというのだろうか。
「降りるわよ」
「おう」
おう…?軽く返事してしまった。だが考えてみると、そうだった。ここ約100メートル上空から落下することを考えていなかった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
あぁ、スカイダイビングってこんな感じなのだろうか。叫ぶ俺とは裏腹に脳はそんなことを考えていた。
俺は地面に衝突するときの衝撃を恐れ身を構えながら目をつぶっていた。そもそもこの女着地できるのか?コイツができても脇で抱えられる俺は耐えられるのか?まだ死にたくない。さすがにこんな振り回されてから死ぬのは不幸すぎる。だが実際起こったのはトンっという軽い揺れだった。目を開け、気づいたときには林の中に着陸していた。あの高さから落ちて衝撃を完全に吸収するチート姉さん、パネェっす。
「とりあえずは逃がしたからあとは自分で頑張って。まぁ、女神さまに最初に言われたとおりにすれば大丈夫よ」
「なんで俺を逃がしたんだ?魔王軍の疑いがある極悪人なんだろ?」
感嘆もほどほどに俺が質問で返す。
するとチエミはウィンクをしながらいたずらっぽく笑い言った。
「魔法少女は正義の味方。悪い子のわけないでしょ」
なんだこの魔法少女に対する完全なる信頼は。バカなのかこの娘。多分バカなんだろう。けどめっちゃ可愛いです。ありがとう。
「…まぁ、あと同じ転移者なら魔王軍はとりあえず可能性薄そうだしね。同じ転移者同士頑張ろうね!またきっと会えるし!」
最初のクールキャラとは思えないほど明るい少女のような笑みでそう言い放つと彼女は跳び上がった。空を見上げる俺にはもう豆粒にしか見えなくなっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
林から出て道にある標識を見つけるのにはそう時間はかからなかった。標識のおかげで街への道も分かったし、俺をおろす場所をちゃんと配慮してくれたであろう彼女には感謝しなくては。
街に行く途中の道でまず俺は魔法少女の解除の仕方を直感的に覚えた。今までは蹴りなどをした後自動的に解除されていたため自分から解除しなくちゃいけないのは初めてだった。
そして状況整理をした。自分の能力、何かがきっかけで魔法少女――と魔物の脚?の能力を得ることができる。そして魔王がいること。ササガワ・チエミは魔王軍とはっきり言っていた。そして女神様とも。
あれか、転移を行い超絶チートスキルを与えてくれる美少女の女神ってやつか。だがそういった女神って転移するときに現れてスキルとかをくれるのではないのか?俺なんかラーメン〇郎から直行片道切符で異世界だったぞ。
そう、あとスキルだ。スキルと同じ物なのかはわからないが『祝福』とかササガワ・チエミは言っていた気がする。自分の魔法少女と脚の能力についても早く知りたい。
そんな考えをしているうちに絵にかいたようなファンタジー臭あふれる街にたどり着いた。
高く街を囲むようにそびえる石垣の壁、門の左右に立つ兵士、出入りする馬車の往来、獣のような耳がついている人がいれば、ピンクや青などの多種多様な髪色にあふれかえっている。
まさにファンタジー。
あふれるテンションを抑えながらまずは宿屋に向かおう。大体の異世界系アニメではまず宿屋。ゲームでもそうだ。体を休めることもでき、情報をある程度集めながら活動する拠点にできる。実に合理的だ。さぁできる男マツイ・ナツは冷静に物事の優先順位を判断してむかう場所をきm……
『60分間揉み放題』
そんな看板に目を惹かれる。おっとぉ………これはこれは何を揉み放題しちゃっていいんですか。心なしか雰囲気が少しピンクなお店に感じる。これはあれですね。はい。エッチなお店ってやつですね。しかし、宿屋に行くのが定石……
宿屋は…まぁあとでで良いよな。今揉み放題に行かねば漢ではない。実に合理的だ。早まる鼓動を制しながら、堂々と店に近づきドアに手をかける。ナツいっきまぁああああっす!
しかしそこにドアはなかった。
「へ?」
拍子抜けした俺の前にはドアも、『60分間揉み放題』の看板も、期待していたえっちぃお姉さんもなかった。あったのは何もないどこまでも続く真っ白な空間。
「君ぃ~、そこ普通は宿屋とか行くとこでしょ~なに揉み放題しようとしてんの~?」
やる気がまるでなさそうな、かったるい少女の声が後ろから響く。振り向くとそこにはこたつ、みかん、カッターナイフ、錠剤、銃――
そしてこたつに半分入った状態でみかんを頬張る少女の姿があった。
「やぁ~どもどもぉ、女神で~す」
あぁ、そーゆー感じかこれ。
こたつの上に並べられたものが不安すぎる。
また不幸に見舞われる予感がし、俺は宙を仰いだ。