第一章:1 『だから俺はラーメンが嫌いだ』
初めての小説となりますが楽しんでいただけると幸いです。
イラストレーター、youtuberとしても活動しているためtwitterやpixivにて物語関連のイラストなどを載せていく予定なので興味がある方はぜひよろしくお願いします!
では、物語の始まり始まり。
澄み渡った青空。遠くまで広がる緑の丘。遠く上空を飛ぶ翼竜。太陽の光をとらえ光る刃。響く聞いたことのない言語の怒声。
――うん。ファンタジーだ。
零れる熱いかつおだし。香る香ばしいにんにくの香り。浮きたつシャキシャキのもやし。踊る熟成炙りチャーシュー。少し硬めの極太麺。
――うん。ラーメンだ。
なぜこうなった。どうしてこうなった。なぜ俺は熱々の背油たっぷり二郎系ラーメンを持ちながら、ゲームのようなファンタジー世界で複数の武装したおっさん共に追われ走っている。
そう、なぜ俺は走れている。
嗚呼、不幸だ。
嗚呼、ラーメンなんて食べに来るんじゃなかった。
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松井夏、17歳。彼は俗にいう「陰キャ」のような見た目をしている少年だ。無造作に、目にかかるくらいの長さで切られたストレートの黒髪。これといって高身長でも低身長でもない平均的な背丈。日を浴びてないせいかとても白い肌とコントラストする目の下の隈。運動不足から見える明らかな筋力不足、そしてそれを隠すかのように着ている兄のダボついたジャージのズボンと明らかに大きすぎるパーカー。そして何より、松井夏はとても不幸だった。
ついてない。神に見放されたような毎日を送りながら前世でどんな罪を犯したのかと悪態をつきながら日々生きていた。不幸と言っても毎日転んだりする、などそんなレベルだ。毎日不自由なく暮らせていたしある意味本当に不幸な人間と比べれば幸運でさえあったのかもしれない。しかしそれも全部三年前まで。
不幸な彼は高校生にして引きこもりとなった。
三年前 ――彼がまだ14歳の時、トラックにはねられた。完全なる10:0。確認、減速を行わなかったトラックの非である。松井夏は悪くなかった。
「嗚呼、不幸だ」と齢14にして人生の最底辺を見た彼は病院の天井を呪っていた。
下半身不随。医者の口から発せられた、たった五文字の現実が彼の背に重くのしかかった。『世界は異世界転生物ライトノベルではない』リアリストのような達観した意見を吐き、三年間部屋で腐っていた。今日までは。
三年経つ今日、兄の熱烈なる説得により近所のラーメン屋へと出向く。
ラーメンは嫌いだった。味、麺、店の雰囲気、そのすべてが忌々しかった。
ただ兄のため―― そう思い、彼は重い腰を車いすに乗せ二週間ぶりに外界の空気を肺に満たした。
ラーメン屋特有の騒がしさ、もう昼時は過ぎているのに世話しなく出入りする客、冷水に氷浮かぶ少し手触りが油っぽいコップ。
――忌々しい。
早く帰りたかった。全てが嫌だった。不幸な身としてはいつ何が起こるかもわからなかった。実際店にたどり着くまでの10分間の道で二回信号無視した車にはねられそうになり、三回車椅子のタイヤが溝にはまり、挙句の果てには車いすのタイヤに釘が刺さった。
そして今はラーメンを茹でるためのコンロがすべて突然壊れたらしく、すぐ直すと店主が言ってから30分経とうとしていた。
「嗚呼、不幸だ」
帰ろうかと兄と話していたとき熱々の二郎系ラーメンが置かれ、強い油とにんにくの香りが文句を言う彼の鼻腔を突き刺した。
彼は「やっぱりラーメンは嫌いだ」と言いたげに顔をしかめる。
なんのうれしさもなくただ出されたラーメンの器を手にしたとき、清々しい風が二郎系の香りと熱い空気を吹き飛ばした。そして、そこにはもう油臭い初老の店主も、湯気立ちこめるラーメン屋の厨房もなかった。
広がる草原、青い空、澄み渡る空気、飛ぶ翼竜。そんな丘、彼は二郎系ラーメンの器片手、不均一に割れた割りばし片手に座っていた。
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「...まじか」
俺――マツイ・ナツはつぶやき目の前に広がる風景に溺れた。
自分の理解能力は悪くはないと思う。トラックにはねられたことのある俺は異世界に転生、召喚される事なんてないのも自分で理解している。
だが実際に転移されるなんてありえない。
しかも某ラーメン店でだ。
自分の理解力が追い付いてないのを自覚しながら周りを見渡す。兄の姿も車いすの姿もない。これはやばい。兄がいないのはいいだろう、元の世界で元気によろしくやってくれ。ただ車いすがないのは問題だ、移動手段が匍匐前進というハンデを背負いながらこのファンタジー世界を生き抜くのは厳しすぎる。
「とりあえず街に行くのが異世界召喚定石だよな」
俺はため息とはまた異なる長めのため息をつき、状況整理のためにも独り言をこぼす。
そもそもこのファンタジーあふれる世界に車いすなどあるのだろうか。そう思いながら二郎系ラーメン片手に匍匐前進を始める。
とその時遠くから音が響いた。実物を聞いたことがなくとも聞き間違えない音――馬車だ。ヒッチハイク的な感じで馬車に載せてもらうイベントが到来してきた。
「俺の人生に激レアなラッキーイベントキタコレ!」
俺は珍しい幸運に驚きながらも、箸を持っている手をガッツポーズのように握りしめ喜びで二郎系ラーメンを震わす。そして遠く見える馬車に手を振りながら喉が許す限り叫んだ。
「おーい!助けてくれ!!」
すると馬車の手綱を持つ一人がこちらに気付いたようで指をさしながら隣の男に話しかけるのが見えた。
キタコレ。これで街まで行ける。
グッバイ匍匐前進。グッバイ草原。グッバ――
矢。
グッバイ????
風を切るような音がしたと刹那、映画などでおなじみの矢が寝転がる自分の眼前の地面に刺さった。瞬時危険を察知しパニックに陥る。
グッバイ?このままでは自分の命にグッバイだ。
「やめて!君の運命の人は僕じゃないぃ!」
パニックの中、わけも分からぬことを叫びながら俺は人生最高速で匍匐前進する。
こんなクソすぎる強制イベントでいきなりバッドエンドはぜひ回避させていただきたい。回避したすぎる。
不幸、不幸、不幸、不幸。
パニックの脳が酸素を求めながらその二文字が頭の中で電光掲示板のように光る。
馬車のスピード、運動不足な自分の匍匐前進なんて考えればどっちが速いなんて明らかだった。距離を詰めてくる馬車、放たれ肉体を掠める鋭い矢。
俺は後方で聞こえる怒声と大地を蹴る蹄の音が近づくのを感じ覚悟を始めた。
「嗚呼、不幸だ」
匍匐前進する動きは止めずにつぶやいた。
――殺される。
その瞬間俺は坂の段差でバランスを崩し横に転がる形で倒れた。そのまま坂を転がり岩に当たるのをどうにか足で止め膝まずく。
――ん?
脚。
頭からかぶった半分以上零れた二郎系ラーメンなど今どうでもいい。
「なんで俺膝まずけてるの?」
かつおとにんにく香るスープが滴る兄のジャージの下にある脚は紛れもなく自分の脚だ。
しかし今は追われている身、使えるようになった自分の脚を褒めたたえたい気持ちを抑えろ俺。
さぁビビんな俺!脱ひきこもり!ビバ異世界召喚!俺TUEEEEEEの始まりじゃボケェエエ!立ち上がれ俺!ナツいっきまぁああああっす!
俺は心の中でハイテンションな鼓舞をし立ち上がった。そして走り出す。三年ぶりに走る大地は素晴らしかった。
追われているのも忘れるくらい喜び、数秒前までの剣呑な気持ちとは裏腹だった。
しかし馬車のほうが速い。現実に引き戻されながら逃げる。逃げ切れるかなどの様々な思考が行き巡り息が苦しくなる――
後ろから放たれた矢が腕に刺さるまでは。
俺の左上腕を矢が綺麗に貫通していた。
「へ?あれ、刺さった?」その程度にしか思わなかった。
そして瞬時に痛みが襲う。
「いってぇえええ!痛い痛い痛すぎる!」
初めて感じる痛みに驚く。トラックにはねられた時も意識を失い、気づいたら下半身不随。ぶっちゃけ痛みを感じたタイミングはあまりなかった。
だが腕を矢で貫かれ出血する痛みは本物だった。そして不幸なことに、逃げる前にすでに馬車に乗るオッサン共が乗る馬車に追い付かれていた。
――万事休す。俺ピンチ。
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――いてぇ。
雑に麻縄のようなものを上半身にまかれ、地べたに座らされている。
聞いたことのない言語で話す系三人のオッサンは話の内容的に盗賊のようだ。そう、「話の内容的に」というのもよく異世界系にあるご都合主義の異世界言語を喋り、理解できるようになるってやつが俺にもあるらしい。もうテンプレのようなご都合主義にあきれると同時にそのテンプレに感謝しなくてはならない。ありがとう作者。
そんな馬鹿なことを考えてるうちに盗賊たちの会話が暗転したのを聞き取った。
「んでこいつどうするんだ、金なしだぞ。もっていたのはこの…スープみてぇなのと削った木の枝二本だけじゃねぇか」
盗賊Aはキレ気味にそういうと箸とラーメンを地面へ投げ捨てた。さて、ラーメンは嫌いで、箸にも特別な思い入れのない俺だが勝手に捨てられるのは腹が立つ。だが知っている。こういう状況は余計なことを言ったら殺される、そうテンプレでは決まっている。言いたいことをぐっと堪え賢者のごとく心を静めた。
「奴隷として役にも立ちそうにないじゃねぇかこいつ、変な服きやがってよぅ。そもそもしゃべれるかもわかんねぇ。価値ねぇよこいつ。奴隷市に売ったとこでいいとこ銅貨一枚だろ」
おい、銅貨一枚が何円かは知らんがムカつくぞコイツ。盗賊Bの言葉に腹を立てるもまた頭を冷やす。落ち着け俺。Be Cool. こういった非常事態では冷静でクールな奴が得をすると相場は決まっている。
「んじゃ殺しとけ」
一番偉そうな盗賊が言い放った。
パードゥン?おいおいおい、まじかよ。冷静クールキャラしたのに死亡フラグビンッビンにたってますけど。
偉そうな盗賊Cが言い放ったところ、俺の脳内パニックも知らず盗賊Bが片手剣を抜く。響く金属音と非日常感あふれる刃の光で脇がじわっと冷や汗で湿り始めた。可愛い女子にあふれる異世界でウハウハ日常系ハーレムしたかった…ここまでか…
否。
「俺はァ!異世界ハーレム生活をするんじゃああああ!」
叫ぶ俺。驚き一斉に振り向く盗賊A、B、C。
叫び終わるとともに立ち上がるや否や大きく右脚を後ろへ引き、渾身の蹴りを放つ――
刹那、脚――いや体がまばゆい光に飲まれる。しかし俺の脚はもう止まらない。自分でも驚くスピードで脚は盗賊Bの顎を正確に打ち抜き、彼の脳を揺らした。そして盗賊Bは消えた。いや、消えたのではなく30メートルほど後方へ吹き飛ばされたのであった。
「え…?」
何が起きたかわからず固まる俺。盗賊たちも何が起きたのかわからずその場に固まり、蹴った瞬間の轟音だけが響き薄れていった。
「お、お前なにもんだ…なんだその格好…!」
見るからに怯え驚愕する盗賊Aがどもりながら指をさしてきた。その言葉に初めて俺はさっきの光の出元を知る。
「なっ…」
二郎系ラーメンで湿った兄のダボついたジャージのズボンと明らかに大きすぎるパーカーはもうそこにはなかった。
ピンクのフリルつきドレス、動きやすそうな短めの裾、白の二の腕まで届く長いオペラグローブ、散りばめられた濃いピンク色の宝石とそれを囲む金の装飾。
――間違いない魔法少女ってやつだ。
ただ、普通の魔法少女とは違うのは脚だった。醜い獣――いや、魔物のような黒い脚になっていた。
「なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああああ!!!」
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
叫び散らかす俺とその声にビビり、同じく叫ぶ盗賊A
なんで俺が魔法少女になってんだ!そして何だこの脚は!俺の脚なのか?完全に魔王じゃん。魔王の脚借りちゃってるよねこれ。
だがそんなことを考え詰める暇なく怯える盗賊Aが剣を抜き特攻を決めてきた。
魔王だろうが、魔物だろうが、プ〇キュアだろうが知らぬ。今はこの力に頼らなくてはご臨終だ。
「脚、レンタルさせていただきます魔王様ぁあああああああああああ!!!!」
ここ数年――いや、人生で出したことがないほどの大声で絶叫する俺の脚は盗賊Aの腹部を正面からとらえ蹴り飛ばす。そしてまた足が触れた瞬間盗賊Aの体は消え気づけば50メートルほど後方で横たわっていた。
いけるんじゃねえかこれ…?もしかして俺TUEEEEきた?
ドヤ顔を隠すことなく新しい力に気付いた俺は、某奇妙な冒険をする漫画の三部主人公のようにゆっくりと胸を張り歩き、残る盗賊Cに指をさし言い放った。
「裁くのは、俺のスタンドだ」
決まった。俺TUEEE。どうしようササっとぶっ倒して「またオレ何かやっちゃいました?」みたいな感じで行っちゃう?俺マツイ・ナツ俺TUEEしちゃう??
アドレナリンがドバドバと分泌され、ふやけそうな脳で俺は盗賊Cの倒した後の決め台詞を考えていた。しかし現実は甘くなかった。直後、俺はさっきまでのジャージとパーカーファッションに戻っていた。もちろんジャージの下の脚も人間のそれだ。
やっべえ。
やっべぇコレ。
調子乗った。
「あのぅ、すみません、今のは全部冗談でお互いこのまま話し合いで終わらせませんかお兄さん」
「…」
先ほどの覇気はまるでない情けない声で、交渉する俺に対し盗賊Cは黙り剣を抜く。
んんんんやばい。
ってかコイツ冷静クールキャラだったか。
盗賊のオッサンが冷静キャラってどーなのよ。
落ち着き払った盗賊Cは剣を構えると一歩の踏み込みで懐へと入ってきた。盗賊A、B、とは動きが違う。正真正銘、剣の使い方を知っている人間だ。
驚きながら後ろへ飛びのく。しかし剣先は容赦なく大きすぎる俺のパーカーと腹部を横に切り裂く。
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!くっっっそいってぇえええええええええええええ!!!」
鋭利な痛みに叫ばずにはいられない。痛すぎる。さっきから痛すぎる…あれ、腕の傷がない。最初に矢で貫かれたはずの傷がない。腕を確認するが傷どころかパーカーに穴さえない。唯一ある穴は今切り付けられた時にできた腹部に横20センチくらい走る穴だけだ。そして考えてみると俺の上半身を拘束していた、ぐるぐる巻きの麻縄も消えている。なんでだ。
…考えられるのはやはりさっきの魔法少女の状態しかない。だがどう魔法少女になるのかは、さっぱりわからない。
つよく念じる。魔法少女になりたい!…いやこの年齢の男子が言うのもおかしいかもしれないが、なりたい!めちゃめちゃ魔法少女になりてぇ!
――お?
湧き上がってくるテンション。
直感でわかった、これが魔法少女になれるという感覚。
キタキタキタキタキタァ!
さぁ全世界の幼女諸君よ!羨め!敬え!ついでに崇めろ!そしてしかと見届けろ!
これが『魔法少女』だ。
「月に代わってお仕置きよ!」
またポップカルチャーのセリフを吐きながらピンクのオーラに包まれ魔法少女へと変貌する俺。しかしもう時間は与えない。魔物のようになった足で地面を蹴る。
踏み込んだ地面は陥没し、俺の体は脳が処理できるより速い速度で体を盗賊Cへの元へと届けた。そしてそのまま脚は正確無慈悲に盗賊の腹部をとらえた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺がまた元の姿に戻った時には傷はなくなり服にも破れなどなくなっていた。――まだ二郎系ラーメンで濡れているが…
なぜなのかもわからない。だが、俺にはスキルがあることが分かった。そして俺TUEEEできる可能性があることもわかった。魔法少女ってのがネックだがそこに目を瞑れば結構いい異世界スタートではなかろうか。自分の第二の人生――車椅子を必要としない、ひきこもりではない人生。そんな新しい始まりに自分が素直に喜んでいることに気付いた。
盗賊三人を倒した後すぐ俺は馬車の荷台に乗り中の金目の物をできるだけ荷台にあったバッグに詰めた。急いだ理由はあの盗賊が生きているかわからないからだ。一応殺人犯にはなりたくないから盗賊三人死んでないことを祈りながらその場を足早に後にしよう――
「動くな」
冷ややかな女性の声が聞こえるのと共に、同じくらい冷たく鋭い鉄が首に触れた感触がした。
俺はすぐに危険を察知し、おとなしく両手を宙にあげ敵意がないことをアピールする。しかしこのアピールもむなしく後頭部に鈍い衝撃を受け視界が暗転する。
――嗚呼、不幸だ。