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絶火の炎  作者: 柿原椿
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第二章 上陸

 戦略会議室のテーブルを、再びフレイミリア号の幹部一同が囲んでいた。

 唯一前回いなかったアイラが参加していたが、それ以外の顔触れは変わっていなかった。


「おい、なんだその女は。関係者以外立ち入り禁止だ」

「今はそんなことどうでもいいでしょう」

 会議の最初にアーチボルドが不満げに漏らしたが、ウォルターがいさめることで事なきを得た。


「もう一遍言ってくれないか? 悪いが、理解が追いつかなかった」

「ですから」

 困惑の表情で頭を掻くドルフに、ヴィクトリアスが真剣な面持ちで繰り返す。

「この船の真下に、氷の賢者がいるのです」

「そうは言ってもなあ…。確認したけど、この下を浮遊してる島なんてなかったぜ?」

「姫殿下の虚言じゃないのか?!」

 アーチボルドが喚き散らす。

「アーチボルド! そりゃあんまりだ!」

 ハルフォードが苛立ちを隠さずに言う。

「だがそうは思わんか? 賢者の勘だの何だの、もううんざりだ! 確証もない話で俺たちを振り回すのはよしていただきたいな!」

「ですが私は本当に…!」

 ヴィクトリアスは反論しようとしたが、アーチボルドを説き伏せられるほどの根拠はないらしく、悲しげな表情で黙り込んだ。


 ふとあることに思い立った涼火は、こんなことを聞いてみた。

「その氷の賢者までの距離はわかるの?」

 ヴィクトリアスは一瞬きょとんとした表情を見せ、それから眉根を寄せて言った。

「そう…ですね。だいたい二万フィートくらい…かしら?」

「二万フィートォ!?」

 ドルフが気の抜けた声を出した。

「この船の高度とだいたい一緒じゃねえか。ちっと待ってな。確認してくらぁ!」


 ドルフは慌ただしく部屋を出ていくと、すぐにどたどたと戻ってきた。

「確認してきたぜ!」

 興奮しているのか、ドルフは早口でまくし立てた。

「この船の真下にはやっぱり何も飛んでいなかった。けど真下には島があった。空を飛んでねえ、海に浮かんだ群島だ。船との距離は二万フィート。姫様の言う通りならその島だな」

「おい、おいおいおい。まさかそこに行くなんて言わんよな?」

「ふぅむ…確かに、このご時世に地上に安住の地があるとも思えませんが…」

 アーチボルドに続き、ウォルターも呟く。


「降りてみたらよかろう」

 ハルフォードが事も無げに言った。

「しかしですな‐!」

 顔を真っ赤にするアーチボルドを制してハルフォードは続ける。

「着陸しろと言っているわけじゃない。ある程度近づいて、大陸同様トカゲどもの巣になっているなら再浮上すればよいだけの話だ。違うかね?」

「む……っ」

「決まりだな」

 ドルフが席を立った。

「目的地は真下、海上群島。高度二百フィートで一時停止、信号弾を打ち上げる。だが行動開始は夜明けを待ってからだ。夜中の着港はいろんな意味で危険だからな」




 空が白み始め、船が降下を始めた。

 ドルフ曰く「真下に下ろすってのは案外難しい」らしく、その速度はやけにゆっくりだった。涼火にはそれがやたらと苦痛に感じられた。

 凉火を挟んで、二人の女性が座っていた。

 右側にはアイラ。半日と経たないうちに一方的に打ち解けてきた彼女は、やたらと涼火につきまとっていた。

「じゃあリョーカ君は、そのニホンって国のコーコー? で青春してたんだ?」

「うん…そんなに充実したものじゃなかったけど」

 アイラは特に、涼火の日本の話に食いついた。大して面白くもない話だと思ったが、適当に時間の隙を埋めるつもりで話し始めたつもりなのに、目をキラキラ輝かせたアイラに、根掘り葉掘り聞かれていた。

 一方、それをつまらなそうに聞いてるのが、左にいるヴィクトリアスだった。こっちはこっちで何が気にくわないのか、頬を膨らまして時折こちらを睨んでいる。

「あの、トリア…。聞きたくないなら無理に聞かなくていいんだよ…?」

「…私をのけ者にするつもりですの?」

「そんなつもりじゃないけど…」

 涼火から見たら、ヴィクトリアスは怒っているようにしか見えず、またなぜ怒っているのかが彼には皆目見当もつかなかった。


 一方ヴィクトリアスは、(先を越されましたわ…!)と内心地団駄を踏んでいた。


(私が一人寂しく魔法の訓練に取り組んでいましたのに、なんですの? リョーカ様は女性と遊んでらしたの?)


 同士だと思っていた相手に裏切られたような気持ち。加えて…。


(何なんですの! 何なんですの!? リョーカ様ったらあんな女性にデレデレして!)


 別に涼火のことが好きなわけではない。だが、勇者の導き手は自分であり、勇者の一番そばにいるのは賢者である自分しかいない、などと勝手に自負していたのだ。


 だが彼女は、自分ではポーカーフェイスのつもりだった。だから涼火が、(なんで怒っているんだろう)なんて思っていることは知りもしなかった。




 やがて船が降下をやめた。

 戦略会議室の扉がゆっくり開く。船内に散らばっていた各々が戻ってきた。

 最後にドルフが入ってきた。

「姫様の言うことが正しかったぜ」

 開口一番、彼はそう言った。

「では…!」

 カーティスが立ち上がる。

「ああ」

 ドルフは頷いた。

「下には国家があった。ありゃあ多分ウォービーストだな。着陸もさせてもらえそうだ」

 そして顎の無精ひげを撫でながら、にっと笑った。

「鬼が出るか、蛇が出るか…。姫様よ、聞くまでもねえかもしれんが、どうする?」

「聞くまでもありませんわね」

 ヴィクトリアスは顔をわずかに上気させて言った。

「もちろん上陸ですわ!」


 フレイミリア王国陥落から六日後、一行は航行を中断し、海上の群島に着港した。

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