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絶火の炎  作者: 柿原椿
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始まりの始まり

「あんなもん気にすることはないんだ」

 ハルフォードは繰り返した。

「誰かが何かをしようとした時、何かとああいうケチをつけてくる奴が必ず出てくるんだ。自分では何もやろうともしないくせにな。本人はいっちょ前に批判なんぞしてるつもりなんだろうが。だからお前さんもトリアの嬢ちゃんも気にすることなんかないんだ」


 自分では何もやろうともしない。


 自分を励ましてくれているはずのセリフは、逆に彼の心に突き刺さった。

「あんなカスみたいな暴論真に受けて、トリアもすっかり落ち込んじまった」

 そんな本心を悟られまいと、涼火はわざと明るく話をそらそうとした。

「トリアのこと、すごく親し気に呼ぶんですね」

 ハルフォードは一瞬きょとんとしたが、すぐにがははと笑った。

「俺は国王(ヘンリー)とはいわば戦友みたいなものだったからな。家族ぐるみの付き合いってやつだ。あの子のことも、あの子が小さいときから知ってた。こーんなに小さかったんだぞ?」

 ハルフォードが右手の親指と人差し指でそっと隙間を作った。

「…胎児サイズじゃないすか」

 ハルフォードは再びがははと笑って、そして神妙な顔つきに戻った。

「お前さん、魔法が使えないんだって?」

 涼火は息が止まるかと思った。今の涼火の悩みを的確に突かれた。

「トリアから聞いたぜ」

「…魔法だけじゃない。僕には剣一本まともに使えなかったんだ」

 ハルフォードは黙って先を促した。

「僕は前の世界で心臓が悪かったんだ。激しい運動なんかしたことがなかった。だから自分には何もできないと思ってた」

 言いながら声が徐々に震えていくのが分かった。

「この世界に来て、僕は変われると思った。僕みたいな社会のお荷物でも、誰かの何かになれるんじゃないかって。でも…でも…」


 でもそうではなかった。


「僕は何もしなかった。ただ連れられて逃げただけだ。龍を倒しに行こうとしなかった。襲われてる人たちを助けようともしなかった。だってできないってわかってたんだから! だから、だから僕は…!」

 涼火は激しく頭を振った。今更ながら自分が泣いていることに気付いたが、その涙の正体まではわからなかった。

「あの人たちは正しい。僕は勇者なんかじゃない。勇者だって夢を見せられた、馬鹿なガキだ」

 ハルフォードはコーヒーを一口すすると、静かに口を開いた。

「何もできない奴なんていないさ」

「でも僕は本当に何もできなかった!」

 涼火は叫んだ。

「今も前も何も変わらない! 何も成せない! 何にもなれない! 今だって言い訳ばっかりだ!」

「だがお前さんはトリアを助けた。カーティスを助けた」

 老齢の騎士の一言に、涼火ははっとした。唇が自然とわなないた。

「あんなの…あんなのまぐれだ…ただの運だ」

「まぐれかもしれない。ただの運かもしれない。でもお前さんは、二人を助けようとした。そして助けた。自分は何もできないというお前さんがだ。その時のお前さんは間違いなく、あの二人にとっての勇者だったはずだぜ」

「次はもうできないかもしれない」

「次が来る前にできるようになってればいい」

「なれるかな」

「なれるさ」

 ハルフォードはにかっと歯を見せた。

「俺は魔法はからきしだが、剣の使い方なら教えてやれる」

 涼火は涙をぐしぐしと拭いた。

「よろしくお願いします」

 手をすっと差し出した。

「ああ、よろしく」

 ハルフォードはその手を固く握り返した。



 甲板と船内を繋ぐ扉の影で、一人の男がこのやりとりを密かに聴いていた。

 涼火を探していた彼‐カーティスは、やがて踵を返し、静かにその場を離れた。





 それから四、五日が過ぎた。

 王国民を乗せた脱出船フレイミリア号は、トラブルもなく大空を航行していた。

 その間、涼火はハルフォードの指導を受け、やっと人並みに剣を振ることができるようになった。この頃には、ハルフォードも剣を持ち、対人戦闘のイロハを教え込んでいた。

 辺りが暗くなり始めると、ハルフォードは必ず訓練を終わらせた。「足場の限られてる船上で、暗い中動き回ると危ないからな」と老練の騎士は言った。


 今日もハルフォードは夕暮れ時に訓練を終わらせたが、涼火は一人甲板に残り、剣を振り続けていた。そこへ彼にとっては意外な人物が現れた。

「精が出るな」

 相変わらずの仏頂面でカーティスは言った。

「もっとも剣が振れなかったというのがまず驚きなんだがな。おまけに魔法も使えないときた。私ですら戦闘系の魔法が使えるというのに」

 ふんと鼻で笑って、カーティスはゆっくりと近づいてきた。

「勇者というのは完全無欠の者がなるとばかり思っていた」

「お前は僕に嫌味を言いに来たのか」

「バカにするな。私はそれほど暇ではない」

 涼火はカーティスが続けて何か言うかと思いしばらく黙っていたが、彼が口を開く様子がないので再び素振りを始めた。

「剣を振ることに集中しすぎだ。もっと全身を使え。周りの状況にも気を配れ」

「お前何しに来たんだよ!」

「…貴様に話があるのだ。大事な話がな」

 カーティスの真剣な表情に戸惑い、涼火は剣を鞘に収めると彼の方に向き直った。

「大事な話…?」

「ああ…。貴様はまがりなりにも勇者だからな……伝えておきたいことがある」

「だからなんだよ」

「それは…」


「何してるの?」

 カーティスが肝心の内容を口にしようとしたまさにその時、彼の言葉は艶っぽい女性の声に遮られた。二人が目を向けた先には、見知らぬ女性が笑顔で佇んでいた。


 涼火が視線で尋ねると、カーティスは小さく首を振った。

「君は誰だ? 私達に何か用か?」

 カーティスの問いに、女性は「ああ」と納得したように頷いた。

「初めまして。アイラ=ミーガンよ。ええと…火の勇者様と…」

 アイラと名乗った女性はちらりとカーティスに視線を送った。

「…カーティス=ディーンだ」

 意図を察したカーティスが短く名乗った。

「よろしく。二人とも名前で呼んでもいい?」

「いいよ」

「好きにしろ」

 二人の言葉に、アイラはほほ笑んだ。

「ありがとう。私のことはアイラでいいわ」

「それで、君は何をしに来たんだ?」

「ここでリョーカ君が毎日剣技の練習してるって聞いてね? どんな顔なのか見に来たんだ!」

「僕は見世物じゃない」

「そんなつもりで言ったんじゃないよ」

 アイラは口元に指を添えクスリと笑った。

「ね、リョーカ君魔法が使えないって本当?」

「それは…!」

 涼火は言葉に詰まった。勇者失格だと言われたような気がした。だが、アイラは涼火をあざ笑うような発言はしなかった。

「使えないんだ。じゃあ…」

 それどころか彼女は、涼火が予想もしなかったことを口にした。

「私が教えてあげよっか?」

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