表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶火の炎  作者: 柿原椿
6/26

不信

 部屋に残った五人は、しばらく誰も何も言わなかった。

 いたたまれなくなり、僕も部屋を出ようかなと涼火が考えていると、ハルフォードが口を開いた。

「さっきの話…勇者殿が使った魔法とは、何だね?」

 内容が内容だけに退室できなくなり、涼火は心の中で深いため息をついた。

「それなんですがね…」



 カーティスが一連の出来事をかいつまんで話した。

 それをハルフォードとウォルターは黙って静かに聞いていた。

 話し終えると、カーティスはふうと短いため息をついた。


「信じてはもらえないかもしれませんがね…蘇生魔法だなんてばかげた話」

「ええ…俄かには信じがたい話です。ですがあなた方が嘘をついてるとも思えない。うーん、勇者固有の力とみるべきなのか、それとも火の勇者だけの特性なのでしょうか」

 ウォルターが片眼鏡の位置を直しながら独り言ちた。

「いや傷口が炎に包まれたというのならば、やはり火の勇者だけの特質と考えるべきなんでしょうね」

 そう言ってウォルターは同意を求める様に一人一人に視線を送った。


「む…私もウォルターに同意だな」

 ハルフォードが頷いた。

「火の聖霊フェニクスを思い出していたよ。君らも知ってるだろう? フェニクスは炎を纏った不死の鷲だと言われている。聖霊は勇者に自信の力を分け与える。勇者殿…ヒノミヤ殿が死から復活したというならば、それが火の勇者である何よりの証拠だろう」


(戦うこともできない僕が不死身か…。あまりにも皮肉が過ぎないか?)


 涼火はそう言いたいのをぐっとこらえた。






 涼火は甲板で空を眺めていた。

 時折、魔法がいきなり使えるようになりやしないかと気張ってみたが、何も起こらなかった。

 だから諦めて、甲板の手すりにもたれてぼんやり空を眺めていた。


「おいおい危ないぜ?」

 枯れただみ声に振り返ると、白髪の騎士ハルフォードが穏やかな笑顔で立っていた。手には水筒のようなものを二本提げている。

 何だろうか。

 ハルフォードは涼火の視線に気づくと、にやりと笑った。

「一緒に飲まないか?」



 ハルフォードが持っていたのは、涼火が思っていた通り水筒だった。だが中身に関しては、彼はアルコールの類かと思ったが、一口舐めてコーヒーだと分かった。どうやらフレイミリア王国では高級嗜好品で、なかなか手に入らないものだったらしい。

「さっきのこと、気にしてるのか?」

 注いだコーヒーを一気に飲み干して、ハルフォードはそう切り出した。


(やっぱりそのことか。よっぽど気にしているように見えたんだろうか)


「あんなもの、気にすることはないんだ」

「はあ、でもやっぱり…」

 涼火はそこで口をつぐんだ。「さっきのこと」が脳裏で鮮明に思い出された。




 ヴィクトリアスは戦略会議室を出ると、広間に集まっている国民に挨拶をすると言い出した。

「おいおいトリア様、それはやめた方がいいんじゃないか?」

「私もそう思いますね。彼らは愛する家族も土地も財産も、全てを失ってきたばかりなのです。今はそっとしておくべきなのではないでしょうか」

 ハルフォードとウォルターがそう言って止めたが、ヴィクトリアスは聞かなかった。

「だからこそです。国民の皆さんが不安に怯え、悲嘆に暮れている今だからこそ、王家の一員である私が希望の象徴とならなきゃいけないんです」


 そう言うと、彼女は戦略会議室を出てまっすぐ広間へ向かった。涼火も、他の三人も、それに付き従った。



 広間は灯りで煌々と照らされていたが、それなのに暗鬱とした雰囲気が漂っていた。

 けが人の呻き声や、失ったものに対する嘆きの声であふれていた。


 ヴィクトリアスは広間の端に立つと、胸に手を当てると、深く深呼吸をした。それから背筋を伸ばし、「皆さん」と呼び掛けた。大きな声ではなかったが、よく通る声だった。

「皆さん。私は第一王女ヴィクトリアス=フィル=フレイミリアです」

 広間の国民全員がヴィクトリアスに目を向けた。


「私たちは大きな災禍に見舞われました。王国始まって以来の大災禍です。ここにおられる皆様も多くのものを失ったでしょう。私もあのほんの一時の間に大事なものを失いました。私たちの国を、そして父ヘンリーを」

 どよめきが広がった。ひそひそと囁きあう声。声にならない泣き声。

「ですがこの苦境に負けてはいけません」

 ヴィクトリアスの力強い声に、広間は再び静まり返った。

「私はこの場において、第三十二代国王として暫定即位することを宣言いたします。そしてこちらにいる火の勇者様とともに憎き龍帝を討ち倒し、再び私たちの王国を再建することを皆様にお約束いたします!」

 ヴィクトリアスの宣言に、多くのものは感銘を受けたようだった。涙ぐんでいる者までいる。

 顔を赤らめ深々とお辞儀したヴィクトリアスを、拍手喝采が包んだ。


 そんな中で、密かに、しかしはっきりと聞こえた。

「そんなうまくいくのかよ」

 誰が言ったかわからない一言。

 しかしその疑惑の声は、まるで伝染病のようにあたりに広がっていった。

「確かに…」

「もう無理だろ」

「王女様16才だろ?」

「あんな若い女王なんてな…」


 批判を受けてなお、ヴィクトリアスは前を向き続けていた。

 涼火にはそれが信じられなかった。


「そもそも勇者がいたのか?」

「ならなんであの龍を倒せなかったんだ?」

「嘘なんじゃないのか?」


 だからこんな囁きが聞こえてきた瞬間に、耳を覆って扉に駆け込んだ。

 だが耳を覆っても、誰が発したかわからない大声は、否応なしに彼の耳に突入してきた。


「第一王女は王家きっての出来損ないなんだろ! 噂に聞いたよ! 何で優秀な第二王女じゃなくて、不出来な姉が賢者なんかに選ばれちまったのかわかんないってな! 王も悔しかったろうな! 妹が賢者だったら無駄死にしなくて済んだはずだもんな」


 涼火は部屋を飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ