不信
部屋に残った五人は、しばらく誰も何も言わなかった。
いたたまれなくなり、僕も部屋を出ようかなと涼火が考えていると、ハルフォードが口を開いた。
「さっきの話…勇者殿が使った魔法とは、何だね?」
内容が内容だけに退室できなくなり、涼火は心の中で深いため息をついた。
「それなんですがね…」
カーティスが一連の出来事をかいつまんで話した。
それをハルフォードとウォルターは黙って静かに聞いていた。
話し終えると、カーティスはふうと短いため息をついた。
「信じてはもらえないかもしれませんがね…蘇生魔法だなんてばかげた話」
「ええ…俄かには信じがたい話です。ですがあなた方が嘘をついてるとも思えない。うーん、勇者固有の力とみるべきなのか、それとも火の勇者だけの特性なのでしょうか」
ウォルターが片眼鏡の位置を直しながら独り言ちた。
「いや傷口が炎に包まれたというのならば、やはり火の勇者だけの特質と考えるべきなんでしょうね」
そう言ってウォルターは同意を求める様に一人一人に視線を送った。
「む…私もウォルターに同意だな」
ハルフォードが頷いた。
「火の聖霊フェニクスを思い出していたよ。君らも知ってるだろう? フェニクスは炎を纏った不死の鷲だと言われている。聖霊は勇者に自信の力を分け与える。勇者殿…ヒノミヤ殿が死から復活したというならば、それが火の勇者である何よりの証拠だろう」
(戦うこともできない僕が不死身か…。あまりにも皮肉が過ぎないか?)
涼火はそう言いたいのをぐっとこらえた。
涼火は甲板で空を眺めていた。
時折、魔法がいきなり使えるようになりやしないかと気張ってみたが、何も起こらなかった。
だから諦めて、甲板の手すりにもたれてぼんやり空を眺めていた。
「おいおい危ないぜ?」
枯れただみ声に振り返ると、白髪の騎士ハルフォードが穏やかな笑顔で立っていた。手には水筒のようなものを二本提げている。
何だろうか。
ハルフォードは涼火の視線に気づくと、にやりと笑った。
「一緒に飲まないか?」
ハルフォードが持っていたのは、涼火が思っていた通り水筒だった。だが中身に関しては、彼はアルコールの類かと思ったが、一口舐めてコーヒーだと分かった。どうやらフレイミリア王国では高級嗜好品で、なかなか手に入らないものだったらしい。
「さっきのこと、気にしてるのか?」
注いだコーヒーを一気に飲み干して、ハルフォードはそう切り出した。
(やっぱりそのことか。よっぽど気にしているように見えたんだろうか)
「あんなもの、気にすることはないんだ」
「はあ、でもやっぱり…」
涼火はそこで口をつぐんだ。「さっきのこと」が脳裏で鮮明に思い出された。
ヴィクトリアスは戦略会議室を出ると、広間に集まっている国民に挨拶をすると言い出した。
「おいおいトリア様、それはやめた方がいいんじゃないか?」
「私もそう思いますね。彼らは愛する家族も土地も財産も、全てを失ってきたばかりなのです。今はそっとしておくべきなのではないでしょうか」
ハルフォードとウォルターがそう言って止めたが、ヴィクトリアスは聞かなかった。
「だからこそです。国民の皆さんが不安に怯え、悲嘆に暮れている今だからこそ、王家の一員である私が希望の象徴とならなきゃいけないんです」
そう言うと、彼女は戦略会議室を出てまっすぐ広間へ向かった。涼火も、他の三人も、それに付き従った。
広間は灯りで煌々と照らされていたが、それなのに暗鬱とした雰囲気が漂っていた。
けが人の呻き声や、失ったものに対する嘆きの声であふれていた。
ヴィクトリアスは広間の端に立つと、胸に手を当てると、深く深呼吸をした。それから背筋を伸ばし、「皆さん」と呼び掛けた。大きな声ではなかったが、よく通る声だった。
「皆さん。私は第一王女ヴィクトリアス=フィル=フレイミリアです」
広間の国民全員がヴィクトリアスに目を向けた。
「私たちは大きな災禍に見舞われました。王国始まって以来の大災禍です。ここにおられる皆様も多くのものを失ったでしょう。私もあのほんの一時の間に大事なものを失いました。私たちの国を、そして父ヘンリーを」
どよめきが広がった。ひそひそと囁きあう声。声にならない泣き声。
「ですがこの苦境に負けてはいけません」
ヴィクトリアスの力強い声に、広間は再び静まり返った。
「私はこの場において、第三十二代国王として暫定即位することを宣言いたします。そしてこちらにいる火の勇者様とともに憎き龍帝を討ち倒し、再び私たちの王国を再建することを皆様にお約束いたします!」
ヴィクトリアスの宣言に、多くのものは感銘を受けたようだった。涙ぐんでいる者までいる。
顔を赤らめ深々とお辞儀したヴィクトリアスを、拍手喝采が包んだ。
そんな中で、密かに、しかしはっきりと聞こえた。
「そんなうまくいくのかよ」
誰が言ったかわからない一言。
しかしその疑惑の声は、まるで伝染病のようにあたりに広がっていった。
「確かに…」
「もう無理だろ」
「王女様16才だろ?」
「あんな若い女王なんてな…」
批判を受けてなお、ヴィクトリアスは前を向き続けていた。
涼火にはそれが信じられなかった。
「そもそも勇者がいたのか?」
「ならなんであの龍を倒せなかったんだ?」
「嘘なんじゃないのか?」
だからこんな囁きが聞こえてきた瞬間に、耳を覆って扉に駆け込んだ。
だが耳を覆っても、誰が発したかわからない大声は、否応なしに彼の耳に突入してきた。
「第一王女は王家きっての出来損ないなんだろ! 噂に聞いたよ! 何で優秀な第二王女じゃなくて、不出来な姉が賢者なんかに選ばれちまったのかわかんないってな! 王も悔しかったろうな! 妹が賢者だったら無駄死にしなくて済んだはずだもんな」
涼火は部屋を飛び出した。