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絶火の炎  作者: 柿原椿
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紛糾

 フレイミリアの国民を乗せた帆船は見る見るうちに高度を上げた。

 涼火は船内の広間の隅でうずくまっていた。


 自分は一度死んだ。

 今更ながらに死の恐怖と痛みを思い出した。


 一匹のトカゲにすら苦戦し、無残に殺された。涼火は震える手で首筋を撫でた。

 小窓からそっと外の様子を伺うと、遥か眼下で、巨大な龍が暴れまわっているのが見えた。その光景に彼は背筋を凍らせた。

 眼下で暴れるドラゴンは、全身が赤い甲羅に覆われていた。大きな翼で暴れるそれのシルエットは、一羽の鷲のようにも見えた。

 

(こんなのを相手に戦わなきゃいけない日が来るのか?)


 涼火は再び震えた。今にも龍が追いかけてきて来やしないかと慄いた。

 だがそんな彼の心配をよそに、帆船はわずかに揺れながらも穏やかに雲をかき分けて進み、次第に龍も島も見えなくなった。



(僕は本当に勇者なのか?)

 そんな思いが涼火の胸中を支配した。

 あのカーティスの方が、あるいは最後に駆け込んできたハルフォードという騎士の方がよっぽど勇者にふさわしいように見えた。


 涼火は暗い顔で広間を見渡した。

 嫌味なくらいに明るく照らされた船内で、ヴィクトリアスがけが人の治療に当たっていた。何かの魔法だろうか、彼女が傷口に手をかざすと、血が止まり、傷口が徐々に塞がっていく。


 無力なか弱い姫だと思っていたのだが。

 涼火はなぜか裏切られたような気分になった。

 そしてそんな気持ちになっている自分に気付いて嫌気がさした。



「リョーカ様!」

 涼火が顔を上げると、ヴィクトリアスが手を振っていた。隣にはハルフォードもいた。

 手を振り返して、涼火は腰を上げた。




 戦略会議室と名のついた部屋には、七人の人間が集まっていた。

 涼火、ヴィクトリアス、カーティス、ハルフォード、最初の円卓で見た片眼鏡の男と小太りの男。そして涼火の初めて見る若い茶髪の男が一人。

 カーティスとハルフォードは既に鎧を脱ぎ、ラフな服装に着替えていた。


 長方形のテーブルにそれぞれが適当に腰かけると、。

「それで…」

 とカーティスが沈黙を破った。

「まずは総督にお聞きしたい」


 包帯がまかれた腕を組み目を閉じていた初老の軍人は、片目を開けて応じた。

「陛下はどうされた?」

「陛下は…」

 ハルフォードは一度口をつぐんだが、すぐにまた思い切ったように口を開いた。

「陛下は島に残られた」

 それを聞き、ヴィクトリアスが暗い顔で俯いた。

「やはり…そうでしたか」

「国民を置いて逃げるわけにはいかない。龍は私がひきつけるからお前は船の皆を率いて脱出せよ、と」

「あなた、それでおめおめと逃げてきたと?! 部下も捨てて?!」

「それが陛下のご遺志だったのだ」

 激するカーティスに、ハルフォードは冷静に応じた。


「まあまあ…過ぎたことを争いあってても仕方ありませんよ。それよりもこれからのことを話し合うべきではありませんか?」

 片眼鏡の男がなだめる。

「不安に怯える国民への対応、これからの方針、目的地の決定…。なすべきことは山積みなのでは?」

「方針なら決まってるだろう」

 と、ハルフォード。


「と、言いますと?」

「ほかの勇者や賢者を探すこと、それが第一目的だ。勇者は四人そろわないと意味がないのだから。まあ目的地は勇者の居場所だろうな。それがどこかは知らないが」

「目的地なら俺も知りてえな。今は適当に飛ばしてるが、ずっと浮かびっぱなしってわけにもいかないからな」

 茶髪の男が続く。

「失礼ですが、貴方は?」

「ああ…、一等航空士のドルフだ。この船の船長だ。よろしく頼むぜ」

「何が船長だ。たかが航空士風情が偉そうな口を叩くな」

 小太りの男‐アーチボルドが唾をとばして喚く。

「アーチボルド君やめなさい…。ドルフさんですか、よろしくお願いします。私はウォルター=ラーウィル外商大臣です。こちらがビル=アーチボルド内政大臣」

 ウォルターが静かにアーチボルドをいさめた。

「だけどラーウィルさんよぉ、俺は‐」

 目をむき反論しようとしたアーチボルドを、ヴィクトリアスが遮った。

「目的地は北東です」

 きっぱりとした口調だった。

「なぜだい?」

「別の賢者で、一番近いところにいるのがその方角です」

「俺が聞きたいのは、その根拠なんだがね」

 ドルフが苦笑した。

「それはその…賢者の勘としか答えられません…」

「はーっ賢者の勘? 何ですかなそれは。いやあ便利なセリフですなあ? 羨ましいと言うべきですかな? 姫殿下はそのような言葉を使えば何にでも説明がつくと思ってらっしゃるようだ」

 即座にアーチボルドが喚き散らす。

「王家への侮辱だぞ!」

 ハルフォードが叫んだ。しかしアーチボルドも負けじと言い返す。

「だってそうでしょう? この船の未来を左右する決定事項をよりにもよって勘だなどと! 愚かしいにもほどがある!」

「アーチボルド君!」

 ウォルターが再びいさめようとした。だが意に介さずアーチボルドは続けた。

「だいたい俺は最初から信じてなかったんだ! そこの勇者だってさっき何をしてた? 戦う様子もなくすたこら逃げてきたじゃないか。本当に勇者かどうか疑わしいもんだがね!」

 矛先が向けられ、涼火はビクンと震えた。


(そうだ。僕は役立たずだ)


「この者は勇者だ。この世界にはない魔法を使った。間違いない」

 だが意外にも、カーティスが援護した。

 円卓で意見を同じくしたカーティスに裏切られる形となったアーチボルドは顔を真っ赤にした。

「だから根拠を示せと言ってるんだ! 全くどいつもこいつも…! 噂にたがわぬ無能な王女は部下まで無能か! こんな国もう滅んだようなもんだ!」


 しん、と静寂が彼らを包んだ。カーティスもハルフォードも時が止められたように硬直していた。ただアーチボルドの荒い息遣いだけが、やけに大きく聞こえた。

 ヴィクトリアスが静かに席を立った。

 俯いたままアーチボルドの前まで進み‐。

 思い切りそのたるんだ頬を張った。


「出ていきなさい」

 アーチボルドはぽかんとした表情で金魚のように口をパクパクさせた後、逃げる様に部屋を出て行った。

 再び静寂が訪れると、ドルフも「よっしゃ」と立ち上がった。

「とりあえず俺も失礼すっかな。船の進路を北東に変えなきゃなんねえからよ」

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