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絶火の炎  作者: 柿原椿
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襲撃、そして

「認識疎外の結界って何?」

「自己の存在感を極限まで薄くする魔法の一種のことです。こうして龍が接近した時に、気づかれないようにする役割を担っているんですよ」


 会議室での騒動から一時間ほどが過ぎようとしていた。涼火はヴィクトリアスに案内され貴賓室に連れられていた。

「ですからこれは一種の避難訓練のようなものですわ」

「ふーん…魔法…僕にも使える日が来るのかな」

「ヒノミヤ様は火の勇者ですから火炎魔法が使えるはずです。それ以外の魔法については適正如何ですが」

「…勇者って他にもいるんだよね」

「ええ…水の勇者、風の勇者、土の勇者の三人ですね。勇者は四人そろうことで真価を発揮すると言いますから、まずは勇者探しの旅となりますね。その道中で魔法なんかも覚えていきましょう!」


(いい子だなあ)


 涼火にはヴィクトリアスが光り輝いているように見えた。

「それからこの三人それぞれに従う賢者が存在します」

「ああ、フレイミリアさんみたいな…」

「ええ、因みに私は光の賢者です」

 ヴィクトリアスがどや顔で胸を張った。

「それから私のことは気軽にトリアとでもお呼びください」

「トリア?」

「ヴィクトリアスの愛称です。フレイミリアだと…その、父や妹もフレイミリアですので…」

「妹がいるんだ?」

「ええ、今は留学で留守にしておりますが」

「ふーん」

 ヴィクトリアスの絶えぬ笑顔の中に、ほんの一瞬暗い影がよぎったように涼火は感じた。


「じゃあ僕のことも涼火でいいよ」

「え? リョーカ様…ですか?」

 なぜ戸惑うのだと一瞬不思議に思ったが、すぐに原因に気が付いた。

「僕、ファーストネームが涼火でファミリーネームが火乃宮だから」

「わかりました。リョーカ様ですね」

「可愛い……」

 ヴィクトリアスの爽やかな微笑みに、涼火は不覚にもしばらく見とれてしまった。

「リョーカ様…?」

「はいっあっいやっ何でもない…。あっそうだ」

 ‐僕のこと呼び捨てでいいよ。そう言おうとした時だった。



 激しい揺れと轟音が二人を襲った。


「きゃあああっ」

「うわっ?!」

 激しい縦揺れにバランスを崩したヴィクトリアスの下敷きになる形で涼火も倒れこんだ。

 顔面から倒れこんだ涼火が「ぷぎゃっ」とつぶれた悲鳴を上げた。


「失礼!」

 二人が体を起こす前に扉が音を立てて開け放たれた。

「ここにおられました…か……」

 先ほど会議室にいた若い甲冑の男‐カーティスはあっけにとられたようにしばらくぽかんと硬直したが、すぐに顔を真っ赤にした。

「貴様…姫殿下に何をしているっこの無礼者が!」

「いやどう見ても僕が被害者だろ!」

「それで何ごとです!?」

 素早く体を起こしたヴィクトリアスが尋ねた。

「今の揺れは一体…?」

「…結界が突破されました」

 暗鬱とした表情でカーティスは告げた。ヴィクトリアスがショックで口元を手で覆う。

「ハルフォード総督の王国軍と、陛下率いる直属軍が戦闘を開始しましたが力の差は歴然…このままでは全滅は免れません…」

「そんな…」

「こうなったら一刻も早く脱出しなければなりません。既に船の用意を始めています。急ぎましょう!」

 再び激しい揺れ。それから絹をつんざくような鳴き声。爆発音。

 ヴィクトリアスはしばらく目をつむり、そして頷いた。




 城下の街はまさに阿鼻叫喚だった。絶えず激しく揺れている上に、龍のはく炎でいたるところで火の手が上がる。

「揺れが激しすぎて馬車は使えません。走りますよ」

 カーティスの言葉に二人は頷く。

「こっちです!」

 カーティスの指差す方向、建物の陰に隠れた奥に、ちらりと大型の帆船が見えた。


 カーティスの先導に従い二人は走った。

 人々の怒号と絶叫の中を駆け抜ける。ちらほらと「船を目指せ!」と叫ぶ声が聞こえた。

 途端、カーティスが立ち止まった。

「なぜこいつがここに…?」

 彼の視線の先に目を向け、涼火は息を呑んだ。


「何だよ…あれ」

 一匹の巨大なトカゲが、三人の行く手を遮っていた。いや、トカゲのような生物が道をふさいでいた。少なくともそれは涼火の知るトカゲの姿ではなかった。

 虎ほどの大きさもあった。全身を覆う鱗の奥から、冷徹そうな瞳がのぞく。

 トカゲは威嚇とばかりに前足を持ち上げ、牙を突き出して咆哮した。

「まるで恐竜じゃん…」

 涼火のつぶやきを背に、カーティスは剣を抜いた。


 飛び込んできたトカゲを一閃、首を切り落とす。切り口から噴き出た血が、彼の甲冑を赤く染めた。

「ねえ…大丈夫…?」

 肩で息をするカーティスに涼火は声をかけた。カーティスは彼を一瞥すると、腰に下げたもう一振りの剣を投げて寄越した。

「使え。私一人では姫殿下をお守りするので精いっぱいだ。お前が仮にも勇者だというのなら自分の身くらい守って見せろ」




 周囲から泣き叫ぶ声が聞こえる。街の人々もトカゲどもに襲われているらしい。

 ヴィクトリアスは耐える様に顔を歪め唇をかんでいる。途中、何度か立ち止まりかけたが、そのたびにカーティスが、

「どうしようもありません」

 と、手を引いた。

 それからたっぷり十分は走り続けた。肺が悲鳴を上げ、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。だが、いつものように心臓が不規則な鼓動を刻むことはなかった。

 カーティスは終始無言だった。ひっきりなしに襲い来るトカゲをほとんど一刀のもとに切り伏せていた。そのおかげで、涼火が剣を振ることは一度もなかった。

 カーティスは決して弱音を吐かなかったが、誰よりも疲弊しているのは明らかだった。


 帆船の前までたどり着いたときには、彼は息をするのもしんどそうに見えた。

 そしてそれに加えて、目的地を目前にして気が緩んでいたのだろう。

 物陰から飛び出してきた三匹のトカゲのうち、二匹はカーティスによって胸を一突きにされた。だが、始末し損ねた一匹がヴィクトリアスめがけて牙をむいた。


「危ない!」

 涼火は咄嗟に飛び出し、渡された剣をがむしゃらに振り回した。

「う、ら、あ、ああっ」

 無軌道に振り回された剣がトカゲの首筋にがちんと命中した。しかし硬い鱗に阻まれて刃が通らない。涼火はそのまま勢い任せに剣を振りぬいた。

 トカゲが地に叩きつけられた。だがすぐに体を起こし、今度は涼火めがけてとびかかってきた。涼火には剣を振る余裕はなかった。


(やられる!)


 恐怖が体を突き動かした。目を固くつむりただ剣を前に突き出した。

 手首に重い衝撃を感じ、涼火が恐る恐る目を開けると、突き出した剣の先に、トカゲが突き刺さっていた、ちょうど開いた口の中、柔らかい喉の奥を突いたらしかった。

 何の感情も灯していない冷たい瞳から、ふっと光が消えた。


 涼火はがしゃんと剣を手落とすと、その場にへなへなとへたり込んだ。

 生き物を殺したのは初めてだった。手首に伝わってきた衝撃を思い出し、涼火は今更のように震えた。

「仕損じた私の失態だ。すまない」

 カーティスが手を差し伸べた。

「姫殿下を救ってくれたこと、感謝する。今の動きは悪くなかった」


(こいつもいい奴なのかもしれないな)


 そんな風に思い、涼火はカーティスの手を握り返した。

「トリアは?」

 立ち上がって聞くと、

「…姫殿下は先に乗船させた。…馴れ馴れしく呼ぶな愚か者」

 涼火を睨むと、カーティスはすたすたと先に歩いて行ってしまった。


(やっぱこいついい奴じゃない)


 若い騎士の背中を睨んだ涼火の瞳に、一匹のトカゲが目に映った。カーティスは気づいていない。剣もすでに鞘に収めている。

「カーティス、リョーカ様、遅いですわよ。何をして‐」

 船の入り口からヴィクトリアスが顔を覗かせるのが見えた。

 カーティスが怪訝な表情で振り返った。


 涼火はそこで初めて、自分が叫びながら突進しているのだとわかった。

 先ほどトカゲを刺し殺した時の剣はそのままに忘れてきた。倒す手段などない。

「うわあああっ」

 トカゲがカーティスの喉に食らいつく寸前、間一髪で涼火はカーティスを突き飛ばした。

 カーティスが目を見開く。

 涼火は首筋に鈍い痛みを感じた。狙いを変えたトカゲに噛みつかれたのだと悟った。

 次の瞬間、彼の意識はブラックアウトした。

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