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絶火の炎  作者: 柿原椿
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円卓を囲む

 そこまで話して、ヴィクトリアスはふうと長いため息をついた。


「それが今から1000年前の出来事だって?」

「ええ」

 彼女は深く頷いた。

「空に逃れて五種族はとりあえずの安寧を得ました。もちろんドラゴンに見つかり襲われ消えた国もあったのでしょうが、ドラゴン自体は数が少なく、それなりの数の島は存続できたのです。ですが…」

「ですが?」

「最近になって龍族の活動が活発になったのです。既に多くの島が落とされたと聞きます。そんな中私が賢者に選ばれたのです」

「賢者?」

「四大聖霊の眷属たる聖霊に選ばれた者です。賢者は勇者を導く使命を与えられるのです」


 ヴィクトリアスは右袖をまくり上げた。彼女の肩口には太陽のような紋章が浮かび上がっていた。

「火の聖霊の眷属、光の聖霊の紋章です」

 そして恥じらうように急いで袖を戻した。

「そしてその私のもとへ召喚されたヒノミヤ様こそが、火の聖霊によって選ばれた勇者の一人なのです」

「…まじかよ…」

 涼火は思わず呟いた。まさか現実に異世界召喚なんてものがあるとは思ってなかった。


(それにしても世界を侵略する悪しき龍を倒せとは‐)


「信じていただけるのですか…?」

 ヴィクトリアスの恐る恐るといった聞き方に涼火は苦笑した。

「信じるしかないんだろ?」

 涼火は今はもう動悸のしない胸をさすった。


(こんな僕が活躍できるのだろうか。こんな僕にもなにか成し遂げられることが‐)


「理解が早くて助かりましたわい」

 国王が満面の笑みを浮かべて言った。それからその表情は期待に満ちた笑顔へと変わった。

「それで勇者ヒノミヤ殿よ。貴君の実力のほどを知りたいのじゃが…魔法は何が使える? やはり火炎魔法が得意か?」

「へ…魔法……?」


(何それ…。いや魔法が何かはわかるんだけどさ、え何それ使えるの前提なの?)


 国王のワクワクという擬音語が聞こえてきそうな表情とは正反対に、涼火の表情は戸惑いと焦りを映していた。

 それを察したか、国王の表情がほんの一瞬ちらりと曇った。

「で、では勇者殿は剣技が得意か。剣はよいの! 自身の実力が手っ取り早くわかるからな!」

 国王の焦りのにじんだ言葉に、涼火はますます落ち込んだ。


(剣なんて握ったこともないよ)


 陰気に黙り込んだ涼火を見て、国王は露骨にがっかりした態度を見せた。

 涼火の心がずきりと痛んだ。先ほど抱いた淡い幻想は、泡のようにはかなく散って消えた。





 それからすぐに涼火は王とヴィクトリアスに連れられて一室に連れていかれた。おそらく会議室であろう広間には、中央に大きな円卓が設置されていた。

 国王は一番奥の席に座ると両隣に二人を座らせた。


 三人が腰かけてすぐに、部屋の扉が開き、十人の男女が入ってきた。皆一様に整った身だしなみをしていたが、慌ててきたのか顔じゅうに汗をにじませたものや、緊張を表しているものが多い。

 全員が腰かけたのを見て、ヴィクトリアスの左横に座った髭の男が口を開いた。

「陛下。到着が遅れまして大変失礼いたしました」

「それにしても第一級緊急招集とは…一体何ごとですかな?」

 甲冑に身を包んだ白髪の男が後に続く。ほかの者もうんうんと頷いた。

「皆の者よ」

 国王はコホンとわざとらしい咳払いをした。

「知っての通り、我が娘ヴィクトリアスが賢者に選ばれてから早ひと月。その間わしらは勇者の召喚を今か今かと待ちわびておった。そして先ほどついに…」

「まさか……勇者が現れたのですか!?」

 扉付近に座っていた片眼鏡の男が声を上げた。そしてはっと我に返り「失礼いたしました」と頭を下げた。

「いかにも」

 国王は続けた。

「この方が世界を救う勇者が一人、ヒノミヤ殿である」

 全員が顔ごと彼に視線を向けた。一度に注目を向けられて涼火は戸惑いを隠せなかった。


(やめてよ。耐えられない)


 何か言った方がいいのかと涼火が思案していると、扉付近から「はっ」とあざ笑うような声が聞こえた。

 先ほどの片眼鏡の男の横の小太りの男だった。

「勇者様、ねえ? こんな見るからに何の修練も積んでなさそうな小僧が?」

「アーチボルド殿、やめんか」

 白髪の甲冑男がたしなめた。だが、

「いーやハルフォード卿。世界の命運がかかっておるのですぞ。むしろはっきりさせておくべきではないのですかな? そこの小僧が騙りか否か」

「この方は間違いなく勇者様です!」

 ヴィクトリアスが声高に主張する。

「それを私共はただ無条件にはいそうですかわかりましたと素直に従うわけにはいかないのですよ。そこの者が本当に勇者なのか否か我々には判別できない。姫殿下がたぶらかされている可能性も否定できません」

「不敬であろう!」

「失礼だが、私もアーチボルト殿に同意する」

 そういって静かに立ち上がったのは白髪の甲冑男の真向かいに座っていたもう一人の甲冑男だ。

「貴君からは勇者たる素養が感じられない」

「そんなこと言われても…」


(そんなこと誰よりもわかってるよ)


 戸惑う涼火を置き去りに、男は席を立ち腰のものに手をかけた。

「一手手合わせ願いたい」

「やめろと言っておるのだ!」

 白髪の甲冑男‐ハルフォードがテーブルに拳を叩きつけた。

 アーチボルドがびくんと体を震わせた。

 若い騎士も渋々と言った様子で再び腰かけた。


 国王はこほんと咳払いをしてから続けた。

「それでこれからのことじゃが…火の勇者が現れたということは、この世界のどこかに、他の三勇者も現れたとみるべきであろう。勇者は四人そろわねば意味がない。ヒノミヤ殿とヴィクトリアスは近いうちにこの国を発たねばならぬ。ついては勇者の旅の仲間となるものを選出したいと思う」

「ならば我が軍から何名か出しましょう。航空士や魔導士も探したほうがよいでしょうな」

「しかし仲間を選び出し旅立つといっても、どこを目指して旅をするというのです。ほかの勇者の居場所なんてわからないし、向こうもこちらを探してすれ違うことになるかもしれない。行く当てのない旅路ほど無意味なものなんてありませんよ」

 片眼鏡の男が顎を撫でる。

「それについては私が」

 ヴィクトリアスが再び口を開いた。

「勇者は必ず賢者の近くに現れます。そして私には、大まかにですが他の賢者の位置がわかります。ですから…」

「だからその根拠がほしいと言っておるのですよ、私は!」

 アーチボルドが叫んだ。


 それとほぼ同時に扉が勢いよく開け放たれた。

「申し上げます!」

「何事だ!」

 ハルフォードの一喝に、扉をあけ放った騎士はビクンと体を震わせた。だがすぐに跪き、慌てた口調で告げた。

「申し上げます! 南方…進行方向右側より接近する影を確認! 望遠レンズにて目視したところ‐」


「一頭の巨大な龍であることが判明いたしました!」




 騎士の報告に室内は水を打ったように静まり返った。静寂を破って国王が問う。

「間違いはないのかね」

「はっ間違いございません。推定あと一、二時間ほどで島に最接近すると思われます!」

「ふむ」

 国王はすっと立ち上がった。

「ハルフォード、指揮下にある全軍を総動員して西側の防御を固めろ! ディーンは近衛隊を率いて国民の非難に勤めろ!」

「御意」

「仰せのままに」

 甲冑の二人は敬礼をすると足早に立ち去った。


 国王は残った面々にも事細かに指示を出すと、ヴィクトリアスと涼火に向き合った。

「僕は何もしなくていいの?」

「島全体には認識疎外の結界を張らせました。軍を動かしたのはあくまでも警戒のため。故に勇者殿に出ていただく必要はございません」

「だ、だけど」

「それに勇者殿はこの世界にこられて間もない。まずはお体をお安めください」

 国王は慇懃無礼に頭を下げたが、遠回しに「お前は役立たずだから引っ込んでいろ」と言われたように涼火には感じられた。

「ヴィクトリアス、よろしく頼んだぞ」

「ええ、お父様。…ご武運を」

 フレイミリア国国王は鷹揚に頷くと会議室を後にした。

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