第一章 始まり
とりあえず第一章第一話です。少し文字数が長いかもしれませんが、よろしければお付き合いください。
彼はなにが起こったのかわからなかった。今現在自分が置かれている状況をとっさに理解することができなかった。
それもそうだ。一介の高校生である自分が、気づけば見知らぬ場所にいて、甲冑をきた西洋騎士のような二人組に左右から剣を突き付けられているのだから。
「貴様…どこから来た?」
右側の騎士が口を開いた。
「見慣れぬ服装だ…この国の者ではあるまい?」
「城内に侵入した目的は何だ?」
左側の騎士も鋭い目つきで尋ねた。
「いや、あの、あの、ですね…」
緊張してうまく声が出せない。窮屈な姿勢から逃れようと彼は立ち上がろうとしたが、「動くな!」と一喝され首筋に剣を押し当てられたため、もっと不自由な体勢になってしまった。
なぜこんなことになったんだろうと彼はぼんやり考えた。
彼は先ほどまで通学路を歩いていたはずだ。ほんの日常の一ページに過ぎなかった。学校から帰る途中で、そしていつもの発作に襲われてうずくまって、それで—。
発作がおさまり、ほっと顔を上げたら目の前には今の景色が広がっていた。高い天井にシャンデリラがぶら下がった広間。分厚いじゅうたんの敷かれた床、目の前には大階段。
そしてすぐに左右から剣を突き付けられたのだ。
「何なんだよもう…」
「とりあえず我々とともに来てもらおうか」
騎士が彼の襟をつかんで引っ張った。だが頭上からの「おやめなさい!」という声が二人組の動きを止めた。
「ヴィ、ヴィクトリアス姫殿下…」
騎士があえぐように言った。
彼は恐る恐る顔を上げた。声の主‐ヴィクトリアスと呼ばれた女性は静かに階段を下りてきた。
黄金色の髪は緩いウェーブを描いている。小さく整った顔で、澄んだ瞳が輝いていた。
きれいな人だ。
彼はこんな場面であるにもかかわらず、女性に見とれた。
「手を離しなさい」
「し、しかしこの者は侵入者であります。陛下や姫殿下に危害を加えるやも‐」
「手を離しなさいと言ったのです」
騎士の言葉を遮ってヴィクトリアスは厳かに命じた。だがそれでも騎士は彼の襟をつかんだ手を離さなかった。二人の騎士は困ったように顔を見合わせていた。
そんな職務に忠実な騎士を見て彼女ははあと短いため息をついた。
「その方は勇者様です」
その言葉に今度こそ騎士は硬直した。そしてゆっくりと手を離し、彼を見下ろした。
「この者が、いや、このお方が…」
「ええ」
ヴィクトリアスが深く頷いた。
「導き手として保証いたします。その方こそが四勇者が一人…火の勇者様です」
ヴィクトリアスはすっと静かに跪き、彼に手を差し出した。慌てて騎士がそれに倣う。彼がヴィクトリアスの手を握ると、彼女は今度は静かに立ち上がった。上品なしぐさだった。
「申し遅れましたわ」
そして彼女はにっこりとほほ笑んで言った。
「私はフレイミリア王国第一王女、ヴィクトリアス=フィル=フレイミリア。光の賢者でございます」
「僕の名前は火乃宮涼火です」
開口一番彼はまず名乗った。
あれからヴィクトリアス姫は涼火を玉座の間に案内するよう騎士に命じた。涼火が口を開く前に、態度をころりと変えた騎士二人に、ほとんど抱きかかえられるようにしてここまで連れてこられたのだ。
「ふむ…ヒノミヤ殿、か」
部屋の中央奥の玉座に腰かけた初老の男‐国王が呟いた。
「ヒノミヤ殿よ。手前勝手なお願いで大変申し訳ないのじゃが、火の勇者として召喚された貴君に、この世界を救ってもらいたいのじゃ」
「勇者って…何それ。どういうことなんですか」
「お父様。ここは私から説明させていただきますわ」
ヴィクトリアスは、王の傍らに立ち、涼火をしっかりと見据えた。
昔々、この世界には数多の知性ありし種族がいた。彼らは衣食住を共にこそしなかったが、互いに争うことなく平和な世界を築いていた。そしてその種族のほとんどは‐
1000年前に滅んだ。否、滅ぼされたのだ。
龍帝率いる龍族は、突如として他の全種族を強襲した。平穏な日常にどっぷりとつかり、戦争の備えなど何一つしてこなかった種族は、その圧倒的脅威を前になすすべなく壊滅した。
残った種族は…身体能力の高い獣人種、魔法適性の高い森棲種、武器製造の得意な地底種、巨大種、そして人類種。
かろうじて生き残った彼らは龍族に戦争をやめるよう嘆願した。だがその願いは一瞬にして断ち切られた。
龍族は、コブラを、クロコダイルを、サラマンダーを、およそ爬虫類と名の付くものをすべてその支配下におさめた。
龍帝の力により著しく進化させられ、強大な力を手に入れた爬虫類は、野に放たれると地上に動くあらゆる生命体を食らい始めた。
五種族はここで、全種族に共通の『伝説』を思い出した。
曰く『世界が滅びの危機に瀕した時、世界を守護する四大聖霊がその力をもって異境より勇者を呼び寄せる。聖霊にその力を貸し与えられた四人の勇者は力を合わせ世界を救うだろう』と。
誰もが勇者の登場を願った。悪しきドラゴンが討ち倒される日を、今か今かと待ちわびた。だが彼らの願いが叶うことはついになかった。
‐地上はもうだめだ。
大陸のほぼ全土が爬虫類で埋め尽くされたとき、誰もがそう思った。
最初はエルフだった。得意の風魔法を発展させ、自らが暮らす土地ごと飛行船の如く浮かしたのだ。
全種族がこれに追従した。もはやそれ以外に種が存続する道などなかった。
こうして無数の空飛ぶ島が中空を漂うようになったのだ。