二十手
「正確に言うと、あれは百鬼夜行ではない。それに見せかけた黄泉への葬列だ」
「……」
「頼むから会話を成立させてくれ」
栗花落が呆れたように吉政に言った。杏香は話せないので、栗花落が話しかける相手としては吉政しかないわけだ。相変わらず視線をそらしている吉政の着物の袖を引っ張ったのは杏香だった。何かを訴えるようにじーっと見つめてくる。
「……そもそも、どうして杏香が狙われるんでしょう」
若干おどおどした様子を見せながらも、吉政は何とか口を開いた。何とか会話が成立しそうなことに、栗花落は安心したようだ。
「それはわからないな。霊力が強いのに、無防備だからかもしれん。志摩の方によると、霊脈が乱れているとのことだ。葬列はそれに呼応して現れたのだろうが、良くはないな」
半分以上理解できなかった。さしもの杏香も首をかしげているし、吉政だけわからなかったわけではないらしく、少し安心した。とりあえず、今の状況が芳しくなく、早急に手を打った方がいいということは理解した。
吉政も杏香も戦については詳しいが、こうした怪奇現象については門外漢である。栗花落に任せた方が賢明だろう、と思ったところで、彼女は言った。
「香姫、瑪瑙の腕飾りは付けているな? よし、外に出よう。私がいるからには危険な目には会わせん」
きっぱりと言い切った。吉政よりも栗花落の方が男前かもしれない。
「秋月殿は刀を振るえるか? 持ってくるがよろしかろう」
「……弓術の方が得意なのですが……」
比較的、と言う話である。剣術はもはや武士として落第すれすれであるが、弓術に関しては平均並みにはできる。栗花落は眉をひそめたが、うなずいた。
「まあよかろう。破魔は期待できぬが、弓にも魔を避ける力がないわけではない」
というわけで、弓を選択した吉政であるが、一応刀も用意してきた。使えるとは思えないが……。
栗花落が二人に妖除けの呪いをかける。気休めらしいが、ないよりはましだろう。杏香は動きやすいように着物の袖をたすき掛けにしていた。
連れ出されたはいいが、どこへ行くのだろう。基本的に、行先は栗花落に任せることになる。さて行こう、とした瞬間、杏香が足を止めた。
「杏香?」
吉政も足を止めたので、栗花落も振り返った。
「……なるほど、香姫も勘が鋭いな」
栗花落が持っていた扇子を広げて術を放つ。吉政は杏香を引っ張ってかばう。振り返ると、妖がいたのだ。攻撃を受けたわけではないので栗花落の術もけん制である。
「走れ!」
栗花落の指示に従い、二人は走った。いくらか距離を取り、三人は立ち止った。杏香の息が上がったせいでもある。荒い呼吸をする杏香の背中を、吉政は撫でた。
「栗花落ではないか」
「ああ、泰治か。勇ましいな」
どうやら、泰治の宿泊する寺に出たらしい。泰治は自ら百鬼夜行から外れてきた妖を討っていたらしい。なるほど、それなりの刀なら力のない人間でも妖を討てるのだ。そしてそこには波瑠がいた。
「皆様、ご無事ですか」
相変わらず淡々とした口調だった。杏香の呼吸も整ってきた。
「志摩の方、こちらにいたのか」
「今、上様を失うわけにはまいりません。雅昭様には御所に向かっていただきましたが」
「ああ、よい判断だ。御所はこの京で最も正常な場所だ。妖もうかうかと入っては来られまい」
ということは、全員御所に避難するのが本当は最もいいのだろう。しかし、むやみに動けば危険だ。だから、泰治はここにいて、波瑠も彼を守っている。
もともと京にも結界が張ってあるはずだが、それらを妖はやすやすと越えてくる。門外漢の吉政でもあまり状況がよくないのでは、と思わざるを得ない。
「……とはいえ、問題は百鬼夜行よりも黄泉への葬列だ。志摩の方、葬列を見たか?」
「いえ。わたくしは見ておりません」
「では、われらだけだな。やはり、香姫を追っていると考えるのが自然だろうか」
ぎゅっと杏香が吉政の袖を握った。怖がっているわけではないと思う。いつか、決着をつけなければならないと彼女もわかっていたのだろう。
「……もし、その黄泉への葬列とやらは、先導者がいるのでは? 少なくとも、誰かが呼び寄せなければ出てくることはない……と、浅慮ながら思うのですが」
唐突に口を開いた吉政に、杏香も泰治も、栗花落と波瑠も驚いたように彼を見つめた。吉政はとっさに視線をそらした。基本的に短気な泰治が舌打ちをする。
「ええい、お前、こんな時まで人見知りを発揮するな」
「す、すみません……」
正確には女性恐怖症であるが、言う必要はないだろう。対して、考え込むように目を細めたのは栗花落である。
「いや、よい目の付け所だ。そうだな、何も逃げ回る必要はない。先導者を失った葬列は、もはや脅威ではなくなる」
「指揮官を失った軍のようなものですね」
「左様」
なるほど、波瑠のたとえはわかりやすかった。杏香もなるほど、とばかりにうなずいている。ぐいっと腕を引っ張られた。
「え、何? どうしたの?」
じっと見つめられるので、吉政も彼女が言おうとしていることを察しようと見つめ返した。
「嫁は大丈夫なのだな」
「なかなか面白い娘だ。波瑠殿と気が合おう」
あきれたような栗花落と、それに返す泰治。なんとなく、会話が成立していない気がする。
杏香は、行こう、と言っているようだ。自分も行く、と。なんとなく読み取れる自分を不思議に思いながら、杏香の性格を考えて言った。
「もしかして、おとりになるって言いたい?」
こくりと杏香は深くうなずいた。今日は一つに縛られた黒髪がわずかに動いて見えた。吉政は眉を顰める。
ダメだ、と言いたい。しかし、ほかに方法がない。軍師としての冷徹な部分の吉政は、杏香の言を受け入れるべきだと言っている。
じっと見つめられている。吉政は杏香の両肩に手を置き、絞り出すように言った。
「わかった……」
「お前、押しに弱くないか」
つっこむ泰治に、波瑠が冷静に「奥方に弱いのでは?」とかなり正解に近いことを言った。
「香姫、感謝する。おびき出せればこちらのものだ。無傷は保証できないが、命くらいは保証しよう」
「……」
安心できないのは吉政だけではないだろう。さしもの杏香も眉をひそめた。あまり武術に自信のない吉政であるが、杏香だけは守ろうと思った。
うずうずと、泰治がついてきたそうにしていたが、それは遠慮してもらった。今の段階で彼を失うわけにはいかない。波瑠が監視しているので、ついてくることはないだろう。
おとり、と言っても外を出歩くわけではない。その場で泰治名義で小さな寺を借り上げ、中にいた僧侶は外に出した。女人が入ることを渋った僧侶たちだが、そこは彼らも泰治の保護を受けている身。逆らえなかった。一人、法力のある老齢の法師だけが残った。何かあっても自分で身を守れるだろう、と判断されたのだ。
栗花落が寺に様々な仕掛けをしていく。法師にも手伝わせ、入ることはできるが出るのは難しい結界を仕掛ける。それを眺めながら、吉政は、栗花落は陰陽師だが、寺側との関係は大丈夫なのだろうか、とどうでもよいことを心配していた。栗花落が気にしている風はないが、似たようなことをしているのに宗派が違う、というのは確執のものだと思うのだが。
考えても仕方がない。栗花落が描いた五芒星の上に、杏香が端座した。栗花落が一つうなずく。
「さて、うまく引っかかってくれるかな?」
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ちなみに次で最終話です。




