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十五手











 秀弘と、ついでに帰る前に母にも朝餉を出すことにした。吉政の屋敷の使用人は少ない。たまに杏香が侍女の巴江と共に炊事をしていることもあった。まあ、この規模の屋敷に使用人がいる方が珍しいだろう。

 まあそれはともかく、杏香が指示だしに行ってしまったので、久々に兄弟水入らずだ。……たぶん。


「改めまして、お元気そうで何よりです」

「ああ……秀弘も元気そうだね。子供たちは元気?」

「ええ。たまには兄上たちも顔を見せてあげてください。まだ小さいので、移動させるのは忍びないですから」

「か、考えておく」


 秀弘の子供は三歳と一歳である。確かに、移動は難しかろう。顔が見たければ吉政たちが行くしかないが、彼の城には母がいる……。

 明らかに引いた吉政に、秀弘は口角の片方をあげて笑った。

「でも、義姉上となら来ても大丈夫なんじゃないですか」

「……」

「あ、ちなみにこれ、さっきそこで拾いました」

 と、秀弘が沈黙した兄に対して差し出したのは、先ほど杏香が母につきつけていた紙だった。見ていいのだろうか、と思いつつ、気になってその内容を読んだ。


 生まれてはいけない人なんていません。吉政様は優しくて、私の話をちゃんと聞いてくれます。私は義母上様が吉政様を生んでくださってよかったと思っています。


「……」

 吉政は手で顔を覆った。羞恥半分うれしさ半分。秀弘が「仲良しですね」と言うのが聞こえたが、反応できなかった。

「兄上もそんな顔ができるんですね。少し安心しました」

「……秀弘にも、迷惑をかけているな」

 情けない兄を持ったばっかりに、しなくてもいい苦労をしている秀弘。情けない夫を持ったばかりに、言われなくてもいい中傷を言われることになった杏香。

 それでも、彼らは吉政を見捨てないでいてくれる。それがどんなに幸せなことなのか、最近、やっとわかった。


「あ、義姉上。今度、私の妻子に会ってやってくれませんか?」

「?」


 戻ってきた杏香に秀弘は突然そう言い、さすがの杏香も脈絡がわからずに首をかしげた。
















 登城した吉政は、時盛の話し相手を務めていた。囲碁を指しつつ、領内の報告だ。秀弘が管理している秋月の土地について、彼は吉政に報告をしていったのである。

「お前、母君に会ったんだって?」

「……誰から聞いたんですか」

「そう言うということは、本当なんだな。まあ、そういう噂は広まるもんだ。お前の母君、強烈だしなぁ」

「……」

 主君にすらそう言われる母とは。まあ、確かに強烈な人だ。

「外から見る分には愉快な人だけどな」

「私は楽しくありません……」

 時盛の手にすかさず応じながら吉政はうなだれて言った。時盛は笑う。

「お前の祝言にも来なかったくらいだしな。三つ子の魂百までともいうし」

「……」

 手をあげられた記憶が強くて、これからも打ち解けることはないと思う。縁を切るほどではないと思うが、もうそれでいい。


「……まあ、もういいかな、と言う気もします。……私には、杏香がいますし」


 自分で言って自分で恥ずかしくなる。動揺して悪手を差した。すかさず時盛がそこに付け込んでくる。しかし、時盛も良くわからないところに碁石を置いた。

「吉政が……女性に好意的なことを! お前たちを娶せたのは、我ながら恐ろしい采配だった……!」

 時盛が身を震わせて言った。一方、動揺から立ち直った吉政は形を整え直すべく石を置く。

「……お前、ちょっとは会話を続けようという努力をしろ」

「……そう言われましても」

 吉政は困ってじと目でこちらを見てくる時盛を見た。

「そう言われましても、どう返せばいいのかわかりません」

 何と言い返せばよいのだろう? そうですね、とか、ありがとうございます、とか言えばいいのだろうか。

「……まあ、お前に積極的に話しかけられても戸惑うなぁ。俺が」

「……」

 吉政は沈黙した。まったくしゃべらないわけではないが、饒舌でもない吉政だ。結局、沈黙を返すことになってしまった。


 そこに、小姓がやってきた。

「失礼いたします」

「いかがした」

 時盛が声をかけると、小姓は「いえ」ときりっとして言った。

「殿ではなく、吉政様に」

「……私?」

 吉政が驚いて小姓を見やる。小姓は吉政の方を見て言った。

「お屋敷の方から知らせがございました。芳篤院様がお屋敷をお尋ねのようです」

「……」

「また来たのか」

 無言になった吉政の代わりに時盛が言った。ためらったのは一瞬だった。吉政は畳に手をついて時盛に言った。

「すみません、殿。軍議までには必ず戻りますので、様子を見に行かせてください」

 吉政の願いに時盛が驚きの表情を浮かべた。

「……お前、自分から母親に会いに行くのか?」

 あれだけ避けてきた母に、自ら会いに行くという吉政に、時盛は驚愕したようだ。正直、自分でもびっくりしている。


「……今、屋敷には杏香しかいなくて……」


 貴成も出かけているはずだ。巴江はいるだろうが、屋敷はほぼ空に近い。芳篤院がやってきたからと言って気にする杏香ではなかろうが、吉政が気にする。

「……そうか。必ず軍議までには戻れよ」

「はい」

 時盛の許可を得て、屋敷に戻る。すると、すでに母は帰ったあとだった。報告が来てからすぐに戻ってきたことを考えると、来てすぐに帰ったことになる。


 城に上がったはずの吉政が戻ってきて、杏香はきょとんと首をかしげていた。彼女を見て、吉政は尋ねた。

「……母が来たのではないのか?」

 こくんと一つうなずかれる。

「……もう帰ったのか」

 再びこくんとうなずく。どうやら、もう来て帰ったようだ。吉政は眉をひそめる。

「何をしに来たんだ、あの人は……」

「恐れながら、発言してもよろしいでしょうか」

 すっと割り込んできたのは巴江だった。彼女は杏香の侍女だ。もちろん、芳篤院が訪れた時に側にいただろう。吉政はびくっと震えて顔をそらしながらも、「ど、どうぞ……」と先を促した。会話が成立しているだけ成長したと思ってほしい。


「芳篤院様は確かにいらっしゃいました。吉政様の不在を狙って訪れたようでした。姫様が応対なされましたが、ご存じのとおり、姫様はお話ができません。罵詈雑言をぶつけた挙句、『少しくらい何か言ったらどうかぇ!』と」

「……」


 母の理不尽な態度が目に浮かぶようだ。そして、巴江の芳篤院の声真似が微妙に似ていた。

「姫様の代わりに私が芳篤院様に、姫様はお話しなさることができないことを申し上げました。ぽかんと呆けていらっしゃいましたね」

 つまり、吉政の母は杏香が話せないことを知らなかったのだ。説明してあるはずだが、やはり聞いていなかったようだ。

「最後に『欠陥がある者同士、お似合いだぇ!』と言って帰っていきました。……いくら吉政様の母上とはいえ、さすがに言いすぎだと思うのですが。吉政様のことも姫様のことも貶すだけ貶して、はっきり言って不快でございました」

「……それは、その、申し訳ない……」

「別に吉政様のせいではございません」

 巴江がきっぱりと言った。息子として母を御しきれていないのは確かだが、芳篤院は公家の末端に連なる家の出身で、やたらと気位が高いのも事実だった。弟の秀弘は、気位が高いというよりは世間知らずで性格が悪い、と称していたが。

「でも、そうか。うん……巴江、ありがとう」

「いえ」

 視線を逸らしたままの吉政に、巴江はツッコまなかった。彼女もだいぶ吉政の扱いに慣れてきている。

「杏香、大丈夫か?」

 杏香がこくりとうなずく。まあ、彼女なら何を言われてもケロッとしていると思ったけど。


 しかし、大丈夫ではなくても彼女は『大丈夫』とうなずくだろう。十二歳の時、突然口がきけなくなった時もそうだったようだ。だから、気づけるかはともかく、見ていなければならない、とは思う。

「あの、杏香、うまくは言えないんだけど……嫌なこととか、つらいこととかあったら、言ってもいいんだからね」

 何とかできるかはわからないが、聞くことはできるし、何とかできるよう努力はする……つもりだ。

 吉政の言葉に首をかしげた杏香だが、不意にニコッと笑って吉政に抱き着いた。うれしい、と言うことを全身で表現され、吉政はどぎまぎした。杏香ははぐらかすことはあるが、嘘はつかない。吉政はそっと杏香の肩に手を置く。

「うん……なんか、いろいろと頼りなくてすまない……」

 杏香が首を左右に振る。まとめられた髪が左右に揺れた。それを眺めながら、さすがにそろそろ城に戻らなければ軍議に遅れるな、と何とはなしに思った。

 それに杏香も気づいたらしく、吉政から離れていって来い、と言うように腕をたたいた。吉政はうなずくと、「行ってくる」と言って城に戻った。


 今日は早く帰りたい。……帰れるといいな……。


 そういう時に限ってなかなか帰れないものだ。軍議は紛糾し、吉政が屋敷に戻ったころにはとっぷり日が暮れ、杏香がすでに就寝していた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


杏香さんマイペース。


申し訳ありませんが、パソコンを修理に出してしまったのでしばらく更新停止とします…。基本的にパソコンで書いているので…早く戻って来ればいいな…。

というわけで、再開を気長にお待ちください…。待ってくださる方がいるかわかりませんが…!


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