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十二手









 一方の吉政たちである。妻を人質にとられた四人……正確に言うと三人は顔面蒼白だった。采配は振るっている。しかし、気が気ではない。

 いや、人質にされた四人のうち、泰治の妻梓と吉政の妻杏香はそう簡単に音を上げるような女性ではない。実際、杏香に関しては既にやらかしている。彼女らがいた部屋を調べると、将棋の駒、しかも香車が一つなくなっていた。

「……杏香だな」

「杏香でしょうね……」

 時盛と吉政は同意見だった。香車、と言うことで真っ先に思い浮かぶのが、名に同じ文字を持つ杏香のことだった。たぶん、攫われた時にとっさに掴んだのだろう。


「どうせなら犯人に関するものを残してくれればよかったものを」


 泰治がため息をついていった。相思相愛の妻をかどわかされた泰治は、犯人がわかればその犯人たちを自ら襲撃しかねない状態だった。


「……いえ。犯人に関するものは残っています。杏香が使っていた盤面を再現して見せてもらいましたが、少なくとも、内部の者が四人をかどわかしたのでしょうね」


 やや落ち着いてきた吉政が冷静に言った。盤面の強固な守りはおそらく、中津城を意味している。中津城は堅牢な城塞でもあるのだ。


「半籠城中だ。確かに城内の人間が手引きしたのだろうな」


 泰治が言った。杏香の残した情報はその推測を裏付けることはしたが、現状としては何の役にも立っていない。泰治の落胆も理解できるものだ。

 とはいえ、彼らはかどわかされた妻たちばかりを心配している場合ではない。妻を取り返そうと空回り中の泰治の息子・浩孝に戻ってきたばかりの直次をつけて捜索に当たらせることにした。

 さて。直次が戻ってきたということは、香野国からの援軍も来ているということだ。吉政たちは早急に包囲網を崩す必要がある。


 一応、外から中に戻ってきた直次にどうやってすり抜けて来たのか尋ねたら、僧侶の振りをしてきました、というとても罰当たりなことを言ってきた。参考にならなかった。

 ひとまず、杏香が言っていた雪の下を行軍中と思われる辺りには大砲を撃ちこんだのだが、それでどれだけ敵をひるませられたかわからない。

「うまく誘いに乗ってくれればいいのだがな」

 泰治がため息をついた。撃ちこんだ大砲には、誘いの意味もある。これに乗ってくれば、背後から奇襲をかけられるのだが。

「まあ正直、武力的に囲まれているのは大した危機ではありません。本当に怖いのは、経済封鎖されることです」

 冬場なのだ。もともと道は雪深いし、半分封鎖されているようなものではあるのだが……。


 ついでに杏香が心配で吐きそうだ。いや、彼女のことだからケロッとしている可能性もあるが……。何となく痛んでいる気がする胃を押さえていると、斥候が戻ってきたようだ。

「報告いたします! 包囲網の外側、萩野氏の陣が急襲されたとの由!」

「萩野……出てきているのは雅昭だな? 波瑠殿は一緒ではないのか」

「……波瑠殿はいらっしゃらないようです」

「まあ、あの女性にょしょうがいれば、急襲を仕掛けられることはないだろうな」

 泰治が納得したようにうなずいた。そんな泰治に吉政は直訴した。もちろん、普段は時盛を通すが、これは早さとの勝負だ。

「上様、今です! たたみかけましょう!」

「おお。お前、いつになくやる気だな」

 隣にいた時盛が引き気味に言った。隣で、「杏香か。杏香に会いたいからか」とつっこみを入れている。まあ、それは否定しない。


 一方、泰治もやる気だった。やるか、と一言。吉政がまくしたてるように作戦を告げると、一つうなずいた。

「鉄砲を改良したかいがあったな」

 鉄砲の数をそろえ、その大火力をぶつける。その勢いのまま進撃し、敵指揮官を討ってしまいたいところである。希望的作戦であったのだが、これが思いのほかうまく行った。玉江の城主・萩野雅昭が吉政の作戦通りに動き、挟み撃ちに出来たのだ。ちなみに、雅昭とは一度も打ち合わせをしていない。


「波瑠殿だな」


 一人納得したように泰治がうなずいた。


 一部を崩したからと言って、すぐに彼らが中津城内に戻れるわけではない。しかし、その夜事体が急変した。

「上様!」

 浩孝の隊の伝令だった。彼が差し出したのは銀の簪である。

「城内で死んでいた足軽が持っておりました」

「……足軽が持てるような品ではないな」

 そう。泰治の言うとおり、かなり値が張ったのを覚えている。杏香に似合うだろうと思ったのだ。


「それ、私が杏香に渡したものです」

「……血が付いているな」


 とがったその簪には、血らしきものがついていた。

「その死んだ足軽、怪我をしていなかったか」

「手の甲に刺し傷がありました」

「……たぶん、杏香が刺したんだと思います……」

 やる。彼女ならそれくらいやる。彼女は、かどわかされた中で一番自分が身分が低く、替えが効く存在だと理解している。つまり、放っておくと一番危険なのが杏香だ。危機を避けるために、手がかりを残すくらいはするだろう。

「杏香は機転の利く女性です。おそらく、とっさに手がかりを残そうとしたんだと思いますが……」

「ああ。これを直次に渡せ。やつなら見つけられるだろう。浩孝は暴走しないように押さえておけ」

 確かに、杏香の兄である直次なら彼女の考えを理解できるだろう。たぶん、吉政より正確に。


 いきなりずーん、と落ち込んだ吉政に、「いきなり落ち込むなよ」と時盛がツッコミを入れた。

「心配なのはわかるけど、今本陣にいる軍師がお前だけなのわかる?」

 泰治のお抱え軍師は他にもいるのだが、今本陣にいる軍師は吉政だけだ。つまり、彼が落ち込んでいる暇はない。

「……わかっています」

 夜のうちに、翌日の行動を話し合う必要があった。


 そして、翌日未明、再び伝令がやってきた。


「申し上げます! 奥方様たちが無事救出されたとの由にございます!」

「よし!」

 泰治が膝をたたいた。時盛と吉政も安堵の息をつく。

 早速、作戦は実行に移された。人質が解放されたので、何も気兼ねすることはない。吉政らの妻を人質にとった犯人は拘束しているらしいので、そのまま待機を命じた。

 やはり、玉江の領主がいい動きをしていた。何度も言うが、打ち合わせなどしていないのに、こちらの状況を見て動いてくれているようだ。恐るべし。


 夕刻近くなって、何とか陣を下げられるようになった吉政たちは、ようやく妻たちの無事を確認できた。

「梓! 無事であったか」

「殿! 煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 泰治がほっとしたように梓の頬を撫でた。胡蝶はと言うと、時盛に突撃するように抱き着いた。

「殿っ! 時盛様……!」

「うぐっ! よかった、胡蝶……」

 どうやら衝撃をもろに受けたらしい時盛は小さくうめいた。甲冑を身につけているのだが、胡蝶はどんな勢いでつっこんだのか。

 吉政はと言うと、ちゃんと杏香と向き合ていた。と言うか、彼の女性恐怖症は主君の妻である胡蝶やその上に位置する梓にも発揮されているので、逆にはっきりと杏香を見つめるしかなかったというのもある。


 吉政は、こてん、と首をかしげた杏香をたまらず抱きしめた。甲冑の上からぽんぽんと背中をたたかれて、本来は逆なんじゃないだろうか、と思いながら鼻をすすった。

「ごめん……危ない目に合わせた……無事でよかった」

 杏香が笑った気配がした。余計に泣けてきて、吉政は杏香を強く抱きしめたまましばらく涙を流していた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


性格が出る女性陣。奈胡はたぶん泣きついている。


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