第二章 馬頭 一節
「いや~儲かった、儲かった」
私は、荷車にうず高く積み上げられた戦利品の山を眺め、静かにほくそ笑んだ。
「君は何と表現すべきか・・・逞しいんだね、白枝理貴君」
藤園さんこと猫君は、発言とは裏腹に、気持ち良さそうに伸びをしている。
「盗賊団を一人ずつ暗殺し、身ぐるみ全部剥がしていく・・・何故、そんなに手慣れているんだい?」
「言い方! 洋ゲーの基本というか、気絶させて武器と防具とか金目の物を頂いただけです・・・これって、始まりの町とやらで売り捌けるよね?」
「本来ルーキーが最初に逃げ込む為の場所だけど、可能なはずだよ・・・今日の活動は戦利品を売り払うところまでにしておこう、そろそろ刻限だからね」
「了解、なら急がないとね」
私は戦利品と猫君が乗った荷車を押しつつ(重くて牽けなかった)、始まりの町への道を急いだ。始まりの町は、私が狩りをしていた地点からそう遠くはない場所に位置していた。本当に、盗賊から追い掛け回され、逃げ込む為の場所だったのだろう。盗賊を追い払う役目を担っていたであろう門扉の兵隊たちが、手持ち無沙汰で彼方を見据えていた。
「悪いことしちゃった・・・かな?」
「そうだね、彼らの唯一の存在理由を奪うなんて、鬼畜としか言い様が無い」
「うっ・・・・・・他に何か、役目を担っている方はいませんか!」
「待って・・・・・・ふむ、君の前方に、道案内をしてくれるオバサンが配置されている。スルーすれば、彼女は唯一の存在理由を発揮出来ずに消える事になるね」
「残留すら赦されない・・・だと? ちょっと、話し掛けてくる!」
私は荷車を押して件のオバサンに近付き、声を掛けた。
「こんにちは!」
「おや? こんにちは、何かお探しかい?」
「えっと・・・藤園さん、これってまさかフリートーク?」
「・・・いや、君には見えていないが選択肢が発生しているよ。市場、宿屋、占い、自分の4つだ」
「そうなの? せっかくだ、全部聞いておこう・・・市場を探しています!」
「市場かい? 市場なら、町の北側にあるよ。ここから北には恐ろしい魔物が彷徨いてるから、町を出る前にしっかりと準備しておく事だね」
「あの、宿屋へ行きたいです!」
「宿屋かい? 宿屋は町の北側にあるよ、市場から東だ。疲れた時は、しっかりと休むんだよ?」
「えっと、次は・・・占いがしたいです!」
「占いかい? 占い師なら市場に居るよ。不安な時、訪ねると良い。命あっての物種だからね?」
「確か最後は・・・自分を探しています!」
「・・・病院へ行きな、宿屋の隣にあるよ」
そう言い残すと、オバサンは路地へ消えていった。
「・・・・・・最後の選択肢、何か酷くない? 俺、何か間違えたの?」
「いいえ、何も。病院を紹介してくれたんだから、まだ良心的なんじゃないかな?」
「まあ、そういう事にしておこうか・・・さ~て、早速市場へ向かわないと!」
「盛り上がったところ申し訳ないけど、タイムリミットだよ。戦利品は消えたりしないから、戻ってきなさい」
「は~い・・・でも、どうやって?」
「目を閉じて、合図をしたら君は目覚める・・・・・・今!」
藤園さんの合図と共に目を開くと、眼前に見えたのは食堂のテーブルだった。あっとい間に、現実へ引き戻されたらしい。
「あぁ、辛い・・・凄いな、身体が鉛にすり替えられたみたいだ」
ゆっくりと上半身を起こし、私は乳酸の溜まった身体を伸ばした。そうすると、マイク付きヘッドセット(片耳タイプ)を装着した藤園さんと視線がかち合う。
「当然だね・・・3キロの移動だけならまだしも、本来は逃げイベントの盗賊達と戯れ、戦利品の山を抱えていたわけだから、肉体疲労も一塩だろうさ」
ヘッドセットを外した藤園さんは、残念な子を見る時の目を私に向けてきた。
「だって・・・先立つ物は必要でしょ?」
「それはそうだけれど・・・不必要なリスクを負うのは、関心しない」
「そう言われるとぐうの音も出ないな・・・でも、危なげは無かったでしょ?」
「ああ、実に鮮やかだったよ・・・スカーフ1本で良くやるね、馬鹿なの?」
「馬鹿って・・・まあ、藤園さんからしたら、そうかもね。ところで、幼馴染みの方は?」
テーブル席には、私と藤園さんの姿しか無かった。
「ああ・・・彼女には門限があってね、先に帰らせたんだよ。それに、コンバートを開始した時点で、結花の役割は終わっていた」
「それ・・・本人には言わない方が良いと思うよ?」
「ん? こう言って帰らせたけど?」
藤園さんは悪びれる様子も無く、そっとノートPCを折り畳んだ。
「それより、此方も撤収しようじゃないか。そろそろ残業の教職員が雪崩れ込んでくる時間だよ? ほら、撤収撤収」
藤園さんに急かせれながら、私は目覚めて早々、食堂を転がる様に出ていった。空は茜色に染まる夕刻、しかし夕陽の姿は何処にも見受けられない。
「うわ、もう暗くなり始めてる・・・今何時?」
「・・・午後6時58分だよ」
「あっという間だったな・・・授業とは大違いだ」
「まあ、授業が退屈極まりないという点は同意するよ」
「なんだか、初めて意見が一致した気がする・・・藤園さん、家はどの辺?」
「・・・・・・それを知って、どうするつもりなんだい?」
「え? どうするって、送っていった方が良いかなと思って」
「要らないよ、此方は電車通学だ。君は徒歩圏内なのだから、無理する必要はない」
「何でそれを・・・ああ、生徒手帳か」
「ふむ、気付かれていたか・・・だけどね、生徒手帳へ素直に個人情報を書き込むなんて関心しないな、今時。落としたところで、学校名と氏名だけで手元へ返ってくるというのに」
「ごもっとも・・・判っていても、ついつい空欄を埋めたくなっちゃうんだよね」
「ふふっ、立派な学生に調教されているようだね、君は」
「嬉しくない言い方だな・・・とにかく、駅までは送っていくよ?」
「しつこいぞ、何が目的なんだい?」
「藤園さんに何かあったら、俺の責任も問われちゃうから。必要最低限の義務は果たしておきたいんだよ、男の子としてのね?」
「ジェンダーに縛られるなんて、君も古い人間だね・・・まあ、ここはそういう社会か。良いだろう、君の供回りを許そうじゃないか、白枝理貴君?」
「供回り・・・・・・それはそうと、何でフルネーム呼び? なかなか呼ばれ馴れてないから、落ち着かないんだけど・・・」
「ああ、それか・・・白枝君って何だか、白和えみたいじゃあないかい?」
「それ、また言ったら怒るからね?」
こうして一日は、過ぎていく。