第一章 危険な遊戯 一節
「がはっ!?」
激しい息継ぎと共に、私は目を覚ました。自分の腕を枕に、机に突っ伏す形で寝入っていたようである。
それにしても、まるで今まで25メートルのプールを潜水していたのか、自分にそう問いたくなるくらいに息苦しく、全身がぐっしょりと濡れていた。尋常ではない寝汗である、普段から寝汗をかかない質の私からすれば一大事だ。
あの夢のせいなのだろうか、心なしか胴に串刺しにされた感覚が残っている気もする。とりあえず、深呼吸すべく頭を上げると、目の前に人が居る事に気が付いた。
席が窓際の最後尾なのだから、目の前に人が居る事は当たり前。しかし、今や教室には夕陽が射し込み、目の前の人物以外に人の姿も無い。何より、前の席のクラスメイトでは無かった。
知らない顔だ、その人物は一心不乱にノートPCを叩いている。もちろん物理的にではなく、キーボードだ。ブラインドタッチを間違えず高速で出来る人って、何だか憧れてしまう。
それはさておき、PCからは何やらケーブルが伸びており、電源に続くのかと思いきや、何故か私の方へ続いている。終着点である両サイドのこめかみには吸盤が付いており、堪らずそれを剥がしに掛かった。すると流石に、目の前の人物も私が目覚めた事に気が付いたようだ。
「おっと・・・無事に起きたようだね、良かった良かった」
それほど気にしていた様子も無く、その女生徒は吸盤ケーブルを回収し始めた。
「えっと・・・何してたの?」
私がようやく発せた言葉は、それだけだった。不器用なのだ、色々と。
「ちょっと実験を、ね・・・体調はどうだい?」
「・・・体調?」
「そう、身体の調子・・・端から列挙していって?」
「端から・・・息苦しくて、尋常じゃない寝汗かいてて、何故か口の中が血みたいな味で・・・それに、身体がやけに重たいような?」
「うんうん、副作用は想定の範囲内みたいだね・・・どれも次第に回復していくはずだから、安心して」
「はぁ・・・どうも」
「でも本番は明日だから、何が起きても落ち着いて対処する様に心掛けて」
「明日? 明日に何が?」
「寝て起きたら判ると思うから・・・それじゃあ、また近いうちに、白枝理貴君」
そう言い残すと女生徒は、ノートPC等の荷物を手際よく纏めるなり、教室からさっさと出ていってしまった。
初対面のはずなのに、何故私の名前を知っているのか。その答えは案外簡単だった。学生カバンの内ポケットに納めてある生徒手帳、その入れ方が普段と逆になっていたのである。これで少なくとも、彼女が私の生み出した可哀想な妄想の類いではない事は確認出来た。
「あぁ・・・何だこれ、頭も痛い?」
頭部全体が痺れている様に感じる。足が痺れたと形容される症状とよく似ていた。頭を振ると、やや痺れも軽くなった気がする。
「とにかく・・・帰らないと」
教室で夕方まで寝入るなんて、不用心な真似をした。だから、変な人に絡まれたりするのだ。私も程なくして、覚束無い足取りで教室を後にした。