表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺ちょっとガンだから  作者: 新庄知慧
4/39

あの人から告知されるなんて・・・

昨日のこと。その女性にあったのは大学を卒業して以来だから二十余年ぶりだった。


課長の失恋相手だ。好きになった人。女性を愛するエネルギーはその女性に使いつくされて、その後、どんな女性をみても、あんな気持にならなかった。


 美しい人とか性的魅力の女はいたが、その女性から得たものとはちがった。


 その人を思い出しただけでドキドキときめき、その人といっしょに歩いたりしたら、目にするもの、聞こえるもの、街も人も心も、みんな生き生きと綺麗でわくわくするものに変わってしまう。


 どうしようもなくなって、一度デートに誘って、告白して、だめだった。


 語りだしたらとほうもない思い出のある人だが、なにせ二十年あまり。


 その人への恋愛感情なんてものは胸の地層の奥底で化石となった。しかし記憶は消えない。自分の学生時代の記憶が消えないというのと同じ。


昨日のこと、前から胸に痛みを感じていた課長は、会社近くの病院へ行った。そこに彼女がいたのだ。診察室に入って、課長は仰天した。


「遠藤さん?」


彼女も課長をみて驚いた様子だったが、わりとクールに、

「あ。おひさしぶり」


と小さく声をだしただけだった。


何より課長が驚いたのは、彼女が全然衰えていないのだ。もう女の子という感じではないが、むだな肉がとれた小顔はいっそう形よくまとまっていて、目鼻だちが昔よりもはっきりしていた。


 どこか目つきがきついのは昔と同じだが、あわい切なさが加わっていて、こちらの心臓にまで達する。ここが昔と全然違う。スタイルもいい。昔よりいい。ぜんたいに色気がある。


「いま、お医者さんですか」

課長はやっといった。何気なく彼女の左手を見ると指輪はしていない。


「ええ。そうなの。驚いた?大学やりなおしたのよ」


「そう。いやあ。なんといえばいいのか。遠藤さん、変わらないなあ。きれい」


「変わったわよ。もう四十すぎよ。そういう田村くんも変わらないね」


「いやあ変わったよ。おやじだよ。胸が痛くて。肺ガンじゃないか心配」


「診察、私でいい?」


「もちろん。お願いします・・・」


レントゲン室にいっても、彼女のことが頭から離れなかった。


こんなことがあるのだ。


 奇遇ですな。いやあ恐ろしく奇遇ですな。そんないいかたではすまないくらい課長は興奮していた。


 胸の痛みも忘れてしまった。彼女との、ただ一度のデートの思い出がよみがえった。


 無謀なことをしたものだ。でもどうしようもなかった。でも、やってよかったか。


 たしか映画に誘ったんだったな。何の映画だったっけ。覚えてない。


 隣に彼女が座っているだけで舞い上がっていた。ええと。そうだ「愛と青春の旅立ち」か。


 映画をいっしょに観てくれただけで勝利かと思ってたんだ。馬鹿だったなあ。


 それから、食事したんだ。そこで告白したんだ。


 何ていって告白したんだ。「あなたのことを思い出すだけでマリアさまのことを思い出すような気持です」とかいったんじゃなかったか?相手はさぞや不気味に思ったろうなあ。ちがったかな。しかし、相手がいったことは覚えてる。


「あなたには、私が男の人に求めているものが、何もないの」


レントゲンを終って、また診察室の呼び出しを待っている間、失恋化石がまた息をふきかえす気配を感じた。


 二十余年のごぶさたでございました。復活します。


 でも、田村さんももう大人で、課長までなさってるし。


 たしかに課長ですが。記憶がまざまざ甦ってきて、どうなるだろうか。


 少し甘酸っぱいような、つらいような、変な気持。心の深層に、また断層亀裂が走って、まっさかさまに墜落するか。課長は少し落ち込んでしまった。


彼女の姿が心に浮んでは消えた。学生の彼女、今の白衣の彼女。


 どちらも魅力的で、胸がしめつけられる。だんだん生き生きした感情になる。おい、しっかりしろよ課長。


いろいろ考えてしまったのは、待ち時間が長かったせいでもある。三十分もして、課長は名前を呼ばれた。


「田村さん。奥様は?」


カルテから目を上げないで彼女は課長にきいた。


「いや。独身で」急に何を聞くのだろう。とっさに課長も聞き返してしまった。「君も、ひょっとして・・・」


「ええ。ひとりよ」


「そうですか」


だからどうしたというのだ。課長は心のなかで首をふった。彼女はいった。心なしか、つらそうに。


「胸の痛みは、いつから?」


・・・つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ