眠れる森の・・・目覚め・・・
それから田村課長はどこへいってしまったのだろう。
生かされてある私・・・
課長はふとそう思い、ふと、目を開いた。
ぼんやりしていた。まわりがみんなボンヤリしていた。
ここはどこであろう?
視界にとびこむものは、すべてがフニャフニャしてゆらゆら揺れている。
フラダンスでも踊っているのか。
また目を閉じて、しばらく眠った。
そしてまた目を開けた。
部屋の中のベッドに寝ている。
白っぽい部屋である。また目を閉じて休む。
そして目を開けると、今度ははっきりしてきた。
手をあげてみる、力が全くはいらない。重力とたたかい、やっと手をあげようとする。
だめだ。そしてまた目を閉じて休んだ、そしてまた目を開けた・・・
「・・・・!」
ベッドの脇に誰かいる。
驚いて口を開けて凍りついてしまったようだ。それから大声をあげて、部屋を飛び出していった。
がやがや騒ぐ声が聞こえた。なんだかうるさい。
課長はまた目を閉じて眠ってしまった。
いや、死んでしまったのか?自分が生き物と思えない。
生き物というより物体みたいだ。いや鉱物?あ、植物か?
「タムラ・・・さん?」
「はい?」
「気がつきましたか・・・」
「・・・」
課長は、やっと口を動かした。
目を開けた。
それはモウセンゴケが触手の口を開き、自分の、おめめというお花が咲いたかのように印象された。
いくつかの顔が、上から課長を見ていた。
課長というお花をのぞきこむ人々。
おおむね女性ばかり・・・若い人も年配の人もいた。男性が一人。大きな長い顔でみごとな禿頭・・・
「おい、生き返ったか!」
その禿頭が声をあげた。
「はい・・・?」
「わかるか田村。俺だ」
「はげちゃん・・・?」
この見事な禿頭・・・その顔を見直す。
たしかにその顔は私の小学校時代の、何事にも激しいクラスメート・・・しかし、髪の毛がない。
こんなに髪の毛がないのはどうしたことだ。思わず課長は口にした。
「その頭・・・」
「お?そうだったな、こうなっちまった。男性ホルモンが活発だと、こうなるらしい、年月が、男の頭をこうするらしい。まあちゃん、なにせ、あれから十年だからよ」
十年?
課長は目を丸くする。
可愛いミニヒマワリのごとく目を丸くする。
「でも、まあちゃんは、変わってないぜ、寝てただけだもんな。植物人間だったんだよ。眠れる森のおじさん植物だったんだなあ。老けてないよ。鏡でみせてやりたいよ、髪があるし皺はないよ、結構なことだよ」
「しかし。十年?十年も、寝てた?」
「おお、植物、しゃべるじゃねえか。そうなんだな。六本木に殴り込んで、手榴弾投げて爆発したのは覚えてるか?」
「ああ」
「あのあと、俺が駆けつけて、まあちゃんを病院にかつぎこんだ。大手術だったが、うまくいった、
でも意識がもどらなくなった、それっきりさ。
それっきり、植物になった。そのまま、これがいつまでもくたばらねえんだよ、十年も!しぶといねえ!」
「・・・そうか。しぶとかったか、俺」
しぶとくて悪かったか?悪いわけないよな、と課長はヒマワリ目をしばたたいた。
はげちゃんは話題を変えた。
「ああ、そういやあ。まあちゃんの救急車での遺言のとおり、金は彼女にやっちまったぜ」
「彼女・・・マリ・・・?」
「そうだよ。まあちゃんは、てっきり自分が死ぬもんだと思い込んでたもんな。
肺ガンだったからなあ、金なんかもってても仕方ないからなあ。よくわかるよ」
「そうなんだ」
「しかし、まあちゃん、ガンじゃなかったんだよ。今こうして生きてるのが何よりの証拠だよ。あれは誤診だったんだ、ひどい話だぜ、おまけにガンは診断した医者のほうだったというんだぜ」
「・・・その医者はもう亡くなったろうか」
「あれから半年ばかり後に亡くなったらしい」
「そうか」
「あまり驚かないな、もう知ってたみたいだな」
「だいたいのところはあの世できいた」
「あの世。そうか、まあちゃんは、あの世にいたわけだ!」
・・・つづく




