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俺ちょっとガンだから  作者: 新庄知慧
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大脱走

また銃声がした。婆さんは背後から射撃された。


また弾丸があたったのに、婆さんは体をぶるぶる震わせただけだった。


ぶるぶる震えて、凄まじき形相で課長をにらみ、逃亡をうながす。


その、婆さんの迫力によって、ぶっ飛ばされた。


課長は走った。全速力で。


背後から銃声がして、兵隊たちが追ってくる気配を感じた。


バイクの爆音が轟く。しかしかまわず課長は逃げる。一直線に、ひた走る。


「まあちゃん!」


耳をつんざくような大声がした。


ひた走る課長の頭上から、その声は響く。


走りながら見あげると、中空にぽっかりと穴でも開いたのか、黒い輪のようなものが突然に現われる。


それは車輪。二つの車輪。それはバイク。ナチス兵の乗ったバイク。


「乗れ!」


叫び声とともに、黒いバイクが課長の目の前に落下した。


それに危うくぶつかりそうになり、思わずジャンプして、飛び箱にでも乗っかるようにしてバイクの後部座席に乗車した。


咳き込むようなエンジン音がして、すかさずバイクは急発進した。


弾き飛ばされそうになり、課長はライダーの背中にしがみつく。


バイクは空気をつんざき激しい風と砂漠の砂をまきあげ爆走し、何か叫んでも何も聞こえない。


しかし課長は大声をあげる。


「西山か!」


ライダーは背中でうなずいた。


課長は急に思い出す。


エッチの西山は、スカートめくりの変態少年であった一方、現代における「ひきこもり」や「おたく」の傾向をもっており、弱かった彼は「ナチ」を強いものの象徴として一種の憧れをもっており、


「ナチはすげえんだ、ナチがいればよ、みんなやっつけちゃうんだよ」


とエヘラエヘラ笑い、どこで知識を仕入れたのか「ナチ」関係のことにすごく博学で、きわめて不気味な面をもった小学生だった。


ここでいう「ナチ」はナチス・ドイツのことである。まるで開戦前夜の日本陸軍がドイツ快進撃に陶酔して憧れていたのと似ている。


その後の日本はバスに乗り遅れるなとばかり戦争に走ってしまったが、西山はヤクザ会社に就職してしまった・・・


西山は、特にナチの軍服やバイクを賞賛していたから、成長した彼がナチのミリタリーファッションや、ナチス似の改造バイクなどにはまっていったであろうことは容易に想像される。


「そうだったのか」


課長が叫ぶと、聞こえたわけでもないのに西山はまた背中でうなずく。


追っ手のバイクが三台いた。


しかし走行技術はこちらの方が優っていた。


西山のバイクはなだらかに続く砂漠の丘陵をばく進し、砂埃をまきあげて、ぶっ飛ばす。


追っ手はまずそのスピードについてゆけない。


砂漠という悪路でスピードを保つ技術がない。


追っ手は砂に車輪を奪われ、一台、また一台と転倒した。


しかし西山のバイクは違った。地面のでこぼこに揺られても、鋭くジャンプし、また着地し、ガタガタ車体を震わせ、しかし、すぐ再び砂漠の地面をしっかりとらえ、フルスロットルの物凄いスピードで走りまくった。


ついに追っ手のバイクはいなくなった。


「すごいな。西山。これはすごい技術だ、こんな取り柄がお前にあったのか。人間何か取り柄はあるものだ」


そう誉めた瞬間、バイクは砂の丘陵の頂上を飛び越えた。


青空の中に二人を乗せたバイクが飛んだ。



・・・・・



青空に浮んだとき、急に課長は思い出した。




やっぱり大脱走だ。


 あの映画のラスト近く。連合軍の脱走兵はドイツ兵に化けてバイクに乗って逃走した。あれみたいだ。


 あの映画は面白かった。小学生のときにテレビで見た。


 捕虜収容所の連合軍の兵士が、ドイツ軍の後方かく乱を目的として、二百人あまりの捕虜兵士を脱走させる大計画を実行する。


 監守のドイツ兵の目を盗んで、収容所の地下にトンネルを堀り脱出する。


 脱出後の変装服、パスポートその他の逃走用の必要品までも監守を買収するなどして何とか調達し実行する・・・


あの映画に感化されて、小学生であった課長のグループも、大脱走を計画した。


それにはトンネルを掘らねばならない。


 山手にあった学校の帰り道、土手の下の空き地に雑草の茂る場所を見つけた。


 課長たちは、ここだと思った。小学生にしてみれば、穴掘り用のスコップを調達するのも大変だった。


 しかし、何とか調達した。


 映画でも、そうした脱走のための道具を調達するところが面白かった。映画と同じ面白さを味わった。


 そして、掘った。グループは十人くらいもいただろうか。


 その中には、はげちゃんも西山もいた。あの闘争的学級会があった頃じゃなかったろうか。










・・・つづく




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