冥界てまえの会議室へ
「どこ?」
「ちょっとね・・・」
課長の質問に満足に答えもせずに、しかし、「自然に何事もなさそうに歩いてくれ」、とひそひそ声でいい、てくてく歩き出した。
猫背のさえない姿。小学生のときとほとんど変わらない。
西山が歩く先には、あいかわらず寝そべったり座ったり、無秩序な人々が、三々五々、ただ時間の過ぎるのを待って、無限に続くかの草原のかなたまで存在した。
西山と課長が歩く姿に全く関心もなさそうに、まんじりともせず、ただ、そこにいた。
自分たちが何か待ってるということすら忘れてしまったかのような人々。そんな人々を見ながら、一時間ほども、ただ歩いた。
「ここだ・・・」 西山はある地点で振り向き「俺の後から、まあちゃんも、ここに立ってくれ」といって一歩ぴょんと飛んだ。すると西山の姿が消えてなくなった。
「!」
驚いたが、課長も西山のいうとおり、西山の消えた地点に、一歩飛んだ。
まわりの風景が一瞬消えてしまった。
と、課長は暗い部屋の中にいた。まわりを、男たちが囲んでいた。
「やあ、ビッグエックス・・・待ってたよ」
「え?」
声をかけた男の顔に見覚えがある。
「部長!」
ひねた初老のキューピーさんのような上目使いで、かの部長が課長を見ていた。
「部長も、亡くなったんですか・・・」
課長は驚き、あたりを見まわす。
ここは見覚えのある部屋。会社の会議室ではないか。そしてテーブルに座っている面々は、課長の勤めていた会社の同僚課長たちだ。
「みなさんも、お亡くなりですか。いやあ、ひょっとして倒産して路頭に迷って・・・自殺、とか・・・」
「ビッグエックス、何をいってるんだ」
部長は眉をひそめる。それは可愛くない初老キューピーさんだ。
「君が到着するのを待っていたのだ。永年にわたり準備してきたプロジェクトが、いま、決行されるのだ」
「・・・」
「もう耐えられないだろう?ここのこの仕打ちはいったい何だ?いったい、いつになったら我々は冥界に行けるのだ?これがまっとうな生を仕上げた者たちへの仕打ちかね?あまりにもいい加減じゃないか。生を終えた者には正当な黄泉の国への道が確保されてしかるべきだ」
キューピーさんは怒っている。
そうだ、そうだ、と、課長たちからも同意の声があがった。
死後の世界は荘厳でしかるべきだ、それがこの無計画さは何だ。
人類が地球に誕生してこのかた亡くなった者たちが、あの世の一歩手前で、全員足止めをくらうとは何事だ。責任者、顔をだせ!
「責任者、といいましても」
課長は口ごもる。部長は首を横に振る。
「責任者は神だと思っていた。しかし、そんなもんはいない。無計画な生誕と逝去の過剰な実行が歪んだ空間のなかで繰り返されているだけだ。生と死なんて、こんなもんだったのさ」
ははは、と部長は笑った。ちょっと愛嬌あるキューピー顔になった。
「それでだ、ビッグエックス。君が来たんだから、いよいよ実行なのだ」
「僕はビッグエックスじゃありません」
「何をいってるんだ、ビックエックス。今こそ生と死をバウムクーヘンするときなのだ」
それはアウフヘーベンというべきではないかと課長は思ったが、部長は真剣そのものだった。生前とはまるで別人である。ちょっとさからえない雰囲気だ。
だいたい、西山はどこへいってしまったのだ。説明しろ、西山。これはいったいどういう展開だ・・・・?
・・・ビッグエックス?
大脱走か?昔の映画「大脱走」に、ビッグエックスというアダ名の脱走計画の首謀者が登場してたな。
「・・・ちょっと考えさせてくれないか」
課長は額に手をあててうつむいた。
「そうか。まあ、来たばかりだから少し疲れているか。少し休むか」
「そうしたい」
「じゃあ、そうしたまえ」
「すまない・・・」
いいながら、席を立ち、自然な立ち振る舞いで部屋のドアの前に行く。
その向うにはオフィスがあり、そこを通り抜けると厚生室があるはずだ。
ドアを開けた。
・・・つづく




