あの世へのエントランス
「・・・・だんさん、まだ、おきばりやすか?」
なんだって?それは、関西弁じゃないか。まだ頑張るのですか、という意味か・・・
「もう、目え開けたらよろし・・・」
まだ関西弁が耳に聞こえる。
課長はなぜかすがすがしい気持になった。
そよ風が頬をなでる。暖かい空気を感じる。
ぱっと目を開けてみた。明るい日差しが目にやさしく飛び込んだ。
しかしそして次の瞬間、関西弁の声を主をまじかに認め、あまりにも驚愕し、完全に凍りつき、かたまった・・・
「だんさん、ど派手に、やらはりましたなあ・・・」
まだ関西弁をしゃべってる。課長はますますかたまって、卒倒しそうになる。
「いや、まあ、そう驚かんと。すぐ、なれますさかい」
もうしわけなさそうにするそいつは、ごきぶりだった。
人間の小学生ほどもある大きさの巨大なごきぶりだった。
「・・・!」
「すんまへん。メッポウ大きくなってしまいよりまして。これも、だんさんに命救われたおかげやと思います」
「・・・・」
「口もきけまへんか。すんまへん。でも、大丈夫、大丈夫ですて!」
課長はひたすら、かたまったままだった。ごきぶりはなおも続けた。
「だんさんが、わてを救ってくれたやおまへんか。「ごきぶりぽいぽい」につかまってしまったわてを、だんさんがはなしてくれよりましたやないですか。おかげで、わては自由になって、だいどこの腐り菜っ葉かじったり、ふきこぼれ肉汁をすする、あんじょう幸福な一日をすごすことができたんや」
「・・・・」
課長は記憶の糸をたぐりよせた。たしかにあの店で、ごきぶりを救った。
「たった一日とお思いか。そうや、たった一日後に、結局、店のおやじに新聞紙でたたきつぶされましたが、たいそう長い一日でした。いや長い短いやない、しあわせな一日でした。それ、いいたかっただけなんや、それだけなんや・・・」
そいうって、ごきぶりは涙ぐんだ。(・・・ように思った。なにせごきぶりだから、顔の表情などあるのかどうかわからぬ。)
「だんさん!あなた、立派にこのわてを、この宇宙船地球号乗組員を救助しはったんや!・・・いえ、じゃあ、わて不気味やさかい、消えますわ、さいなら・・・」
ごきぶりは課長に背中を向けた。やっとのことで課長の体のかたまりは、ほぐれた。
「まて、まちなさい。思い出したよ。君。でも、あまりにも、その、なんというか・・・」
「こわいんやろ?」
「うん・・・」
答えながら、課長は、あたりを見まわした。
ごきぶりに気をとられて、周囲を気にする余裕などなかった。なんとなく、広大な海水浴場にいるような気配は感じていたのだが、いま、やっと、はじめて、上を見たり、まわりを見たりする・・・
いい天気の青空のもとに、広大な、実に広大な草原が、無限のかなたまで広がる。
目の前には、蒼い大きな海・・・いや、向う岸が遠くに蜃気楼のように霞んでいるから、ひょっとして河だろうか?
草原には、ありとあらゆる生物たちがいる。
目のまえのビッグサイズのごきぶりはじめ、無数の昆虫、動物(犬や猫はもとより、象とか鹿とかキリンとか大型のやつまで)、見たこともないような動物(図鑑でみた絶滅動物ナウマンなんとかなど・・・)、そして恐竜!遠く向うにたくさん歩いている首の長い巨大な奴はブロントサウルスやスーパーサウルスだろう。
空には鳥も飛んでる。鳩もカラスもゴクラクチョウも、始祖鳥もプテラノドンも・・・。
また地上を見れば猿・・・猿もいる、いや、あっちでのんびり家族で座ってる皆さんは、猿というか、ナントカ原人・・・ネアンデルタールとか、そういう人たちじゃないのか?
ばしゃん、ばしゃん、ばしゃん!と水の音。目のまえの海あるいは河で、イルカ、トビウオ、プレシオサウルス、カンブリア期の原始クラゲくん(山田照明の会社マークに少し似ている)、オウム貝・・・たくさんの種類のたくさんの海の生物たちが水しぶきあげて跳ねたりする。
「ここは地上の楽園か?」
課長は口をあんぐりあけた。
「地上やない、ここはあの世の手前岸。待ち合いショアですわ」
ごきぶりが背中むけたまま、いった。
「じゃあ、目の前のあれは、三途の川?」
「そや。そういうらしい」ごきぶりは振り返った。課長がやっと話をしてくれたので喜んでいる。課長はだんだんに、あほらしいようなヤケクソな気持になっていた。
「で、なんでこんなに、大昔の生物まで、いるの?」
・・・つづく




