格闘
課長は怒鳴った、「もう、おしゃべりはいい。どうするんだ?」
一瞬、沈黙。
「どうもこうも・・・」
急に声色が変わった。
「殺すのだけはやめてくれ・・・!」
もう、いいでしょう!社長、といって、マスクの男は泣き声になった。
そして、堰を切ったような、しかし震える大声で、「間違えるな、俺は、社長じゃない!」と叫んだ。
銃声がした。
閉まっていたドアをぶち破って銃弾が飛んできた。
課長の肩に激痛が走り体を吹っ飛ばされ、床に転げ落ちるように倒れた。
「ハハハ」
変な笑い声がしながらドアが開く。
「ドアごしに撃っても当たっちゃったな」
うめきながら霞む目で見上げると、変な小男が大型のピストルを持ってドアの前に立っていた。
マンボ・ダンサーのようなおかしな衣装。
長髪に女のような化粧。腰をくねくねさせて課長に近寄り、顔面神経痛みたいなひきつり笑いをして課長を見下ろした。
「君が田村くんか。ずいぶんスンナリとここまで来ちゃったね。不思議だと思わなかったかい?こっちには君の動きは全部わかってたのよ。どうしてか、わかる?」
秋本か。あの刑事やっぱり尾行してたか、と課長は思ったが、肩の苦痛で言葉はでなかった。
「わからないか。馬鹿だね、あんた。
しかしあんた調子にのってペラペラしゃべってくれたね。
オーケー、君がやろうとしていたことはよくわかったよ。
嘘じゃないよね?
まあ、考えたというか、命しらずというか、いったいどうしてそんなに英雄きどるのか、よくわかんないけどよ。
まあ、あんた知り過ぎちゃったから始末しなきゃいけないと思ってたけど、あんたからこっちへ来てくれたから手間が省けると思って、ここまで通したのよ、わかる?」
課長は痛みをこらえながら、拳銃を握りなおした。
「おまえが、社長か・・・?」
「へ?うん、まあ田村くん最期だからいいや、教えてやるよ、僕が社長だ」
震える手で、銃口をその社長に向けようとする。しかしうまくいかない。
「おまえ、恥ずかしくないのか、汚い商売やって・・・」
「何いってんの。しっかりしな。話す気にもならないよ」
「俺はきさまを退治しに来たんだ・・・」
「ふうん。頭わるいんだね、君。無理だろう?その傷じゃあ。それに、君、もう始末されちゃうんだし。なあ、西山?」
社長はマスクをかぶって硬直したままの偽社長に笑いかけ、
「よかったなあ、おまえ、田村君に殺されるところだったんだぜ、俺が助けてやったんだから、ご恩がえしに、こいつ始末しろよな。おい、いい加減でマスクとれよ、エッチの西山くん」
課長は耳を疑った。エッチの西山?
グロテスク・マスクの偽社長は、蚊の漏らした屁のような声で鳴咽していた。社長がどなる。
「はやくしろ!うちはカタギの会社なんだから。おまえなんかを雇ったのは、こういうときのためだ」
課長は切れた。
「なんだ、偉そうに!」
力がよみがえり、銃口が定まった。特訓の成果!
次の瞬間、課長の拳銃が火を噴いた。
しかし、マンボ社長は忍者のように飛びのいて銃弾を逃れた。
ほほほ、と叫び声をあげて、しなをつくってダンスもどきをした。
笑い顔をひきつらせ「馬鹿野郎」といいながら、ピストルを撃った。課長の手にしていた拳銃が吹っ飛んだ。
「頭にきたぞ、僕」
課長の頭に銃口を向けた。
「もう始末するか。バンバン音がしてうるさいけど。
でも、ここは防音が抜群だし平気なんだよね。
いいオフィスだよ、どこの部屋も防音がいいんだ。
毎日、どこかの会社でバンバンやってるっていうよ」
ケラケラ笑ってから、いよいよ本気の顔になった。いよいよ射殺・・・
と、突然、エッチの西山が飛び上がり「やめろ!」といって社長につかみかかった。
社長にしてみれば、本当に全く想定外のことであったらしい。不意をつかれて対等な格闘になった。
課長は這いずり、デスクの影に隠れた。
デスクの向うでは男が組み合ったまま、ピストルの奪い合いが続く。
課長はこんな場合に備えて用意してきたものを内ポケットから取り出し確認した。
そのとき、デスクの向うで格闘が終了した。社長の嫌な笑い声が聞こえた。
「仕方ないな、西山こみで別の奴に始末させるか」
課長はデスクの影で、用意の手流弾を手にした。
・・・よし。まあ、手間どったが、やるぞ。はげちゃん、あとはたのむぜ・・・
・・つづく




