六本木ウイルス
背広の男は笑った。
「きいていたとおり、ですか。慣れない仕事ですから戸惑いますよね、お宅も。で、くりかえしますが、社長に直接でなければだめなんですね」
「・・・はい」
「じゃあ、行きましょうか、社長室」
「はい・・・」
はげちゃんのいっていた通りにしたら、関門を次々に突破できる。一人で来てしまって悪いくらいだ。
社長室に案内された。それほど広い部屋ではないが、高級な絨毯が敷きつめられ、大きくてデラックスな執務机が正面の中央奥にあり、その向うの椅子に社長が座っている。こちらを向いてはいない。
こちらに椅子の背中を向けて、大きな窓から外を見ていた。その窓からは、六本木の晴れた上空と眼下の街が見下ろせる。
「では」と、案内役の背広の男はまた微笑んで退出した。
しばし沈黙・・・
椅子がゆっくりと回転する。
社長はダブルのスーツを着込んでいた。しかし奇妙な顔。彼は素顔ではなかった。頭にすっぽりと、ゴム製のかぶりものをしていた。
フランケンシュタインの怪物のような、グロテスクなマスク。趣味のわるい仮装パーティで使用されるような変装マスク。
課長はごくりと唾をのみこんだ。
また沈黙。まんじりともしない間・・・
突然、課長は胸ホルダーから素早く拳銃を取り出した。目にも止まらぬスピード。練習の成果。社長に拳銃をつきつけて、いった。
「マリを解放しろ」
「なんだい・・・君は高尚商事じゃないのか」
醜いマスクごしに、社長の、くぐもって潰れた声がした。
「高尚商事だよ。あなたの一味が殺そうとしたマリから手をひけ。そして、汚い商売からすべて手をひけ」
いいながら、課長はどんどん社長に近づき、デスクを回り込んで彼のすぐ脇に立ち、銃を直接、相手のこめかみにあてた。社長はじっとしたまま答えた。
「そうか。あなた、三和物産だったな。この間、倒産した会社の・・・」
「なに?」
「そうだろう?あの倒産は、うちで仕掛けたんだよ」
「・・・」
「無能でとろい会社だった。ああいう会社だから、君みたいな社員がいる。いや、君みたいな社員がいるから倒産するのか」
「こちらの要求にこたえろ!」
「怒ったかな。マリ?か・・・そうだよ、上物だからずっと使おうとしたのに、やめたいというから殺そうとしたんだ。いろいろ秘密を知ってるしね、ばらされては困るし。それで、彼女を自由にして、おまけに商売からすべて手をひくのか」
「そうだ」
「あんたは、わたしらの商売について、なんでも知ってるわけだ。その・・・なんとかいう不良刑事に吹き込まれて・・・」
「そっちこそ、いろいろ知ってるな。警察幹部とツーカーだからだな。
そうだ、私は知っているよ。あんたを潰せば、概ねカタはつく。
これからいっしょに、すぐ近くのテレビ局に行こう。そこであんたの悪事を公表しよう。
それで、かなりのカタがつく。テレビであんたがすべて否定しても、世間の注目さえ集めれば十分だ。
あとは、こちらで収集した証拠を紹介する、色々なツールを利用して・・・」
「そういうことでしょうね。不良刑事が仲間だから、証拠もかなり万全だろうね。
紹介方法もインターネットとか色々あるからね。ひょっとして、もうどこかのサイトに掲示してるんだろうね。そうなれば、私の商売も死に体になるね・・・」
「わかってるじゃないか」
「テレビ局に行くのが嫌だといったら?」
「ここであんたを殺す」
「ほう?すると?」
「私は警察につかまる。テレビに出る。注目を集めて、世間にあんたの悪事を知らしめる。
以降は、さっきのケースと同じことだ。あんたの商売の後継者がいたとしても、商売は死に体になる。
もっとも、あんたの商売はあんたのワンマン経営だから、たよりになる後継者はいないだろうなあ・・・。
本当はこの方がてっとり早い。あんたを消せば概ねカタがつく。
あんたが生きて自由に動き回るかぎり、こっちがネットやなんかで騒いでも、もみ消されてしまう。
あんたが消えるか、若しくは世間の注目という監視下におかれない限り、あんたは動きまわり、商売は生き続ける」
「殺すのがてっとり早いなら殺せばいいじゃないか、田村・・・」
「こっちの名前も知ってるのか、さすがだな」
「しかし、度胸がすわってるな、田村。失業したくらいで、そんなに度胸がすわるものか」
「わたしは生きて死にたいだけだ」
「へえ・・・失業のほかに、何かあったな?マリへの愛か?」
・・・つづく




