出撃
課長は行動を開始した。
マリを傷つけた奴のことは、はげちゃんから聞いて、わかっている。間違いないだろうと思う。それは実行犯ではなく、殺傷の指示をだした首魁だ。課長は刑事はげちゃんにメールした。
・・・もう出撃する、胸が痛くてそのうち動けなくなると思う。このままじっとしてはいられない。このまま死ぬのはいやだ。何かやってからでなければ死にきれない、すまん、急な話で・・・
もう課長は胸の痛みと焦燥とで朦朧とし、混乱しきって自分が何をしているのか現実感もないのだ。
夢遊病者のようにして地下鉄に乗り、めざすビルへむけて一直線に行動した。
昼ひなかであり、首魁はそこで人材派遣会社の社長として革張り椅子に座って執務しているはずなのだ。
課長はそのビルへ行くことがすべてに優先すると考えていた。
そのビルのそのオフィスが、犯罪組織のアジトであることは警察側の常識だった。
いつでも踏み込めるはずなのに、しかし警察は踏み込まない。警察(特に公安系)が「高度の政治性があり、一方で各種の利用価値ある」からだという。
めざす六本木駅に到着したとき、課長の携帯がメールを受信した。はげちゃんのメールだ。
―ばか者。無計画。きっと尾行者あり。行動つつぬけ―
尾行者・・・
何気ないふりをして、後ろを振り向く。駅のホームには人がいっぱいで、みな尾行者のようにも、そうでないようにも思える。
胸の痛みを気にして、とにかく行動しなければということで頭がいっぱいで、ここまで誰かがつけてきたかどうかなんて、まったくわかりはしない。
しかしどうしようもない。ここで立ち止まる気にはなれない。小声でぶつぶついいながら、課長は前へすすむ。
「生きてるのだから死ぬ前に何かやる・・・なぜいままでの人生でも、そういう気持ちにならなかったのだろう。終わりの日を知らないから、なんでも先送りして平気だったのだ」
めざすビルへの地下通路を歩きながら胸のホルダーに手をやる。
「拳銃か。これが・・・。うまく撃てるかな。ずいぶん練習したから大丈夫だろうなあ」
思い出したように後ろを振り返るが、尾行者がいるとは思えなかった。
洒落た地下レストラン街を通り過ぎ、目の前に大エスカレーターが現われる。見上げるとビル六階分はありそうな吹き抜けの円筒空間。
そのエスカレータに乗りのぼっていく。上り切ったところが1階で、ショッピングモールやガラズばりの大庭園などが組み合わさった、
全体の構造がいったいどうなっているのかすぐには解らないビル空間だ。道に迷いながらも、そのビル・タウンの中心となる三十階だてオフィス・タワーの入口にたどりついた。
入口にはセキュリティカード読み取り機が装備され、その横には警備員も立っている。
この最新ビルなら当然の構えだ。ここをどうやって通過するのか。目的地はこのタワービルの二十九階なのだが。
試しに、警備員を無視して入口ドアを通過しようとした。すぐに警備員が駆け寄り、IDカードの提示を求める。
「忘れてしまったんです、何とかなりませんか」
何とかなるわけがない。
「二十九階の支社ものです。暗証番号をいいます」
「暗証番号?」警備員は怪訝な顔をしたが、その番号をきいた。課長は、はげちゃんから聞いていたその番号をいった。警備員は携帯でどこかに確認した。この暗号で通過が許可されるはずだ。
緊張の時間が流れた。しかし警備員は軽くいった。
「わかりました。どうぞ」
拍子ぬけするほどに難なく、課長は入口を突破した。エレベータで一気に二十九階へのぼった。
めざすオフィスのドア前にきた。自動ドアが開くと受付席には誰もおらずインターフォンが乗っている。電話で用件を述べて呼び出すしくみ。右上の天井には防犯カメラ。
課長はインターフォンの受話器をとった。
「高尚商事のものです。社長に報告があってきました」
電話のむこうからは女性の声。
「少しお待ちください」
右脇のドアが開いて、案内の女性が現われ、八畳ほどの応接室へと案内された。そこで待つこと二分。今度は背広姿のやせぎすの男が現われ、にこやかに微笑む。
「やあ。高尚さん。今日は、どんな情報のご紹介ですか」
「社長に、直接、ご報告したいんですが。ご在席ですか」
「ええ、もちろん。今日は、定期報告におみえの日でしょう。だからお待ちしてますよ、社長は・・・」
「そうですか」
「まあ、あなたも初めての方ですからね。いつも初めての方をよこすようですからね、お宅は。暗証番号だけがたよりですね」
「そうです。そうなんですね。やっぱり、そうなってるんですね。きいていた通りだ!」
・・・つづく




