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俺ちょっとガンだから  作者: 新庄知慧
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コーヒーショップで

「その後お加減どう?」


女医・遠藤さとみが課長の目の前にいた。


 夢ではない。


 ガン告知から1か月。ケータイで彼女から連絡があった。会いたいという。そして今、二人で午後の喫茶店にいる。


課長はいった。


「毎日が新鮮・・・」


「新鮮?」


「毎日がいかに大事かが、よくわかってきた。毎日がひとつずつ人生だ。今四十七歳。四十七かける三百六十五回、生まれ変わって生きてきたんだってわかった。毎日、眠って、起きる。毎日死んで、また生まれてきたわけだ」


いいながら、何をキザな、と心の中では自己批判しているが、口が止まらない。


「あと五か月だから百五十日。百五十回も僕は生まれる、そして毎日生きる。長いって感じる。大切に使わなくちゃって感じる」


「・・・・・・」


相変わらずの美しい小顔。彼女は静かにコーヒーを啜った。


彼女は私に何の用があるのだろう・・・・期待したり詮索したりする心のゆとりは、課長にはなかった。


・・・しかし、情けないかもしれないが、これまでの自分の生きてきた時間を考えてみて、いちばん生き生きと幸せ(?)だったのはいつだったかといえば、やはり彼女にからむ、あの日だ。


あのデートの前日。


彼女を目の前にすればまた思い出してしまう。


 彼女に思い切って電話して、断られるかと思ったら、映画にいっしょに行ってくれることになった。


 それから、デートがはじまるまでの時間、世界のすべてが生き生き輝いた。


 幸せ豊かに呼吸して、課長を祝福した。


 何を見ても楽しくなった。


 そして映画みて食事にいって、告白して失敗してしまうまでの不安と期待の時間。


 思い出してしまう。


 あのときの、あんな気持も時間も世界も、みんな消えてしまった。二度とよみがえらなかった。


笑うなよ。いや誰も笑ってなんかいないさ。空しいだけだよ。ほんとうに空しい気持になった。あのとき。このままでは、今も、そんな気持になっちまうぜ。


・・・本当に好きな人とデートしたり結婚したりできる人の数は、人類に何人くらいだろう?


そんな人は実に数少ないだろうなあ。


 僕なんかがその仲間に入れるわけもない。


 また、そんなデートや結婚があっても、いつまでもそんな気持は続かないかも。


 目の前の彼女が僕とうまくいっていたとしても、その後、恋心が陳腐化したかもしれない。


 うまくいかなかったから、こんなにいつまでも、彼女のことが心から離れないのかも・・・


「田村くん・・・」


不意に彼女が口をきき、課長は我に帰る。


「田村くん、本当にごめんなさいね。呼び出しちゃって」


「いや、そんな・・・」


「あたし、あなたに、ごめんなさいがいいたくて」


「ごめんなさい?」


「うん。むかし、あなたにつらいこと、いったでしょ」


「何?デート・・・いや、あのデートらしきもののときの話?変だよ君らしくもない、どうしたの」


「あのとき、あなたのこと、好きになれればよかったのにね」


「何いってるの」


「おまけに、一か月まえに、あたし、あなたにひどいこと、いったわ」


「・・・医者が患者に診断結果をいっただけじゃないの。何がひどいの」


「ひどいわよ。冗談みたいにいったわ。あとで思い出して、なんていいかたしたのかって、あたし、とりかえしがつかないって・・・」


「あれは僕を深刻にさせまいという君の気配りです。年とって、気弱になったかい。あ、いや失礼ごめん。年とったなんて。全然きれいだよ。この前再会してびっくりしちゃったよ。昔よか綺麗・・・」


しかし彼女は課長の話もうわの空。


「ごめんね、田村くん。この一か月、あたし、あなたのこと思い出すと、もう、どうしようもない・・・」


「・・・・」


「私はあなたを二回突き落としたのよ」


「・・・・」


「ごめんね。私があなたを呼び出したのは、全然、あなたのためじゃない。私のためよ。このままじゃ、やりきれなくて。あなたが不憫で、あわれで、胸がつぶれそうになるから、つい呼び出しちゃったんだけど、それは全部、私のためよ。そういう気持に私が耐えられないから、あなたを呼んだの」


・・・つづく



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