友と語り合う・・・・わが友よ。
はげちゃんは酒のおかわりを飲み干した。
親のカタキのようにしてグラスの液体を一気飲み、そして正面を見据えてにらみつけ、「許せねえ!」と唸る。何か勘違いした店のおやじが震え上がる。
「まあ、まあちゃんだからいうけどさ、外国少女の人身売買なあ、そのコスタリカなあ。それ、ホテルのオーナーが黒幕だぜ。何やって金持ちになったかわからねえ、六本木あたりで荒稼ぎしてる連中がオーナーだよ」
「・・・・」
「その六本木野郎どもな、知ってるか。わが社の重役とネットしてる」
「わが社って・・・」
はげちゃんは、全然、酔っていないようで、ものすごく酔っているのかもしれない。かなりな暴露を始めている。
ますます声にドスがきいてくる。
拳銃もった刑事が、屋台で、こんな風に大トラになってよいはずがない。やはりこれは「はげちゃん」だ・・・はげちゃんは目を大きく開いて、
「そういうのはマンガや小説によくある話なんだが。じっさい、そうなってる。俺たちは、たたき上げだから、そういう本当のところは取締まれない。もちろん、キャリアのエリートは、もっと無理だ。何しろ、連中のお仲間だからな。で、俺たちにやれることは、公園を見回ってトカゲのしっぽを捕まえるってことだけだ」
また酒を飲んだ。飲んで、課長に向って、まあちゃん、なんで飲まないんだ、傷がなおらねえぜ、と叱りとばす。
また酒を注文して、はげちゃんは激しく続ける。
「バカヤロウ。組織からはみでて、俺がやっつければいいじゃないか。しかし俺がなぜ取締まれないか。・・・家庭があるからだ。ごめん。まあちゃん、独身だったな。しかし、けしからんことに、俺は結婚して妻も子供もある」
「別にけしからんなんて思ってないぜ。俺が独身なのは俺のせいだ」
「いや、すまん。嫌なことだ。しかし俺も嫌だ。許せねえ。俺が身軽ならよ、一人でも、殴り込んでやる。そしたら、スカッとするぜ」
「・・・殴り込む」
「おう」
「どこにどう殴り込めばいいのかわかってるのか」
「おう」
「殴り込んだらどうなる」
「死ぬさ」
「死ぬか・・・」
「ああ。だけど、死んで生きるね。生きたって感じになるぜ」
「なるだろうな」
「なるぜ・・・」
そういってから、ふと、はげちゃんは課長の様子を見た。
課長は、いつのまにか蒼ざめた不気味な顔。
はげちゃんは、目を細めて怪訝に思う。
まあちゃんは何か考えている。いま心のなかで、「そうか・・・」といいやがった。
どうした、まあちゃん。やっぱり何かとても嫌なことがあったな?
「おい、どうした、まあちゃん!」
課長は笑った。
「へへん」と笑った。
そしていった.。
「俺がやるよ。殴り込み。俺が、やるよ。俺がやって、俺が生きるよ」
「はあ?おい。酔ったか。だめだぜまあちゃん。死ぬんだよ。死ぬんだぜ、やったら」
「いいんだよ。俺・・・」
また課長は笑った。また、「へへん」と笑った。
「いいんだよ。だってなあ・・・だって、俺、ちょっとガンだから」
「・・・」
そうなんだ、ちょっとガンなのだ。あわれ、田村課長よ。お前に残された時間は、もうわずかだ。その短い時間のなかで、生きたといえる、何かをなそう・・・
そんなことを考えたから、課長の眼差しは不気味に真剣になった。
それを見て、はげちゃんは、びびったような顔をした、しかしそのびびり顔は長くは続かなかった。
友人が、いま、どういう目にあっているのか、真剣に読み取る目つきにかわった。
「そうなんだ。俺はもう長くないんだ。で、あがいてるんだ・・・」
ふと、課長が床の上に目をやると、「ごきぶりぽいぽい」が椅子の足の横に置いてあり、その中に捕らわれた大きなゴキブリの尻が見えている。
その尻も震え、あがいている。
あわれ、ゴキブリよ!
反射的に課長はしゃがみこみ、その「ぽいぽい」をつかみ目の前に差し上げた。
「こいつは俺だ。閉じ込められているんだ。だから挑んで解放せねばならん!」
課長は中のゴキブリをつかみ出してしまった。
ゴキブリは「ぽいぽい」から解放され、床に落ちた。よたよたと足を引きずりつつも、必死で走った。走って、走って、テーブル足向うの、自由な黒い影の世界へと逃走した。
課長は肩で息をしていた。店のじいさんが驚き、薄気味わるそうに課長を見た。
はげちゃんは、しばらく課長を見ていた。そして、「そうかよ」と低くつぶやき、笑ったような、わかった顔をした。
・・・つづく




