友人
「はげちゃん、おまえ。やっぱり、やーさんになったか」
課長を引きずって歩く大男に課長はたずねた。
「なんだよ。やっぱり元気じゃねえか。医者、やめるか?」
はげちゃんは手を離した。とたんに課長は崩れ落ちそうになったが、こらえてやっと立ち直った。
「うん。痛いが、痛くない」
はげちゃんは笑った。
「やーさんかよ俺」
「違うか。しかし、ふつう、そういうピストルみたいなもんは、持ってないよカタギが」
「そうだよな。まあカタギじゃねえな。しかしヤーサンと違うんだな」
といって胸ポケットから手帳を出した。
「これは本物か?!」
課長は目をむいた。
「そうなんだよ」
「刑事。刑事か」
「一応な。だが下っ端だ。刑事ってのは通称だよ。階級は巡査部長よ。俺の歳でまだ巡査部長だぜ」
「へえ」
「わかるか?会社でいやあ係長よか下だ。ヒラみたいなもんよ。まあちゃんは課長か」
「まあ、一応・・・」
「すげえじゃねえか」
「別にそんな・・・そっちこそすごいぜ。刑事か。はげちゃん・・・」
「そんなに意外か。まあそんなに驚くなよ。最近は警察もこんなもんだ」
それから二人は小学生に戻ってしまって会話した。課長は殴られた痛みも肺ガンのことも忘れた。そのへんで一杯やろうと、はげちゃんが言い出した。
「しかし勤務中じゃ・・・」
「いいんだよ」
さっきのカラスよりも、よほどドスのきいた声で、はげちゃんは課長を制した。
薄汚い川べりに建ち並ぶ、バラック屋台の赤提灯の一軒に二人は入った。
寒さよけに店の周りには垂れ下がった透明ビニールをめくって入ると、タオルはちまきの六十がらみのじいさんが、やぶにらみの目で客を迎える。
「だめだよ、まあちゃん。ああいう親父狩りにあったら、昔おしえたようにやらなきゃ」
もっきり酒を一気飲みして唸り、はげちゃんは課長を叱責する。
「・・・鼻を掻くふりして顔に手をそえて、何すか?と、いいよって・・・」
「そうだよ。覚えてるじゃないか!」
そうだった。そうだったのだ・・・
「・・・いいよって、鼻の上の手を、すぐ拳骨にして素早く鋭く相手の顔面をパンチ!」
「そうだ!」
「そしたら後も見ず、ひたすら逃げる!逃げて逃げて逃げまくる!」
「うん」
「かたぎの生きるみちは、これっきゃ、ないっすよ!」
「そうなんだよ」
課長は笑った。 ガンを告知されて以来、数日ぶりに、課長は本当に笑った。
「・・・しかし、まあちゃん、なんであんな連中にからまれた?」
そう尋ねるはげちゃんの目は、気のせいか刑事の目になっていた。時間をさかのぼりながら、課長は自分の身におこったことを話した。公園。暴力キャバレー。黒服の客引き。
「そうか。そりゃあ、まあちゃん、いい年して、油断だらけの中年だぜ」
「まあ、そういうなよ。まだ、その前があるんだ」
課長は話す。ホテルで財布の盗難。その前の晩のホテル。コスタリカ美少女・・・。
「おい、そりゃあ、とんでもない話だぜ。なぜ警察に届けないんだ」
「・・・」
「いつもそんなことしてるのか?」
「そんなことって、自分で女を呼んだわけじゃなし・・・」
「女じゃない。そのホテルだよ。いつもそこへ?」
「初めてだ」
「ふらりと?」
「ああ」
「なぜ急にふらりと?」
課長が黙っているのを見て、はげちゃんは追及をやめた。
「何かあったか。よほど嫌なことが。あるだろうな。課長さんは。まあ独身だし何やってもいいよ。けどな。ああいうホテルはよくないね」
「あのホテルがよくないのか?」
「ああ。警察でマークしてるホテルのひとつさ。ああいう高級ホテルがいくつもあるんだよ。客は金持ちばかりよ。何やって金持ちになったかわからねえ連中よ・・・」
・・・つづく




