はげちゃん現わる!
「まあちゃんじゃないか!」
まあちゃん?そうだ、まあちゃんと呼びかけたことがある。私は田村正夫。
だからまあちゃん。私は私にそう呼びかけたことがある。つい最近・・・。
だが、今、私を呼んだのは目の前の驚愕フェイスだ。課長は目をひん剥いた。そしてぽっかり口を開けた。
「・・・」
「まあちゃん。おい。しっかりしろ!」
「・・・はげちゃんか」
「そうだよ。おい、しっかりしろ・・・」
それは「はげちゃん」だった。負傷した戦友を救助するごとく、課長の肩をだきおこし、激しく励ましの声をかける男、彼は「はげちゃん」だった!
はげちゃん。
それは、課長の小学生時代の同級生である。彼は劣等生であった。小学生なのに一年留年した子だった。留年して課長と同級生になったのだ。
「ずいぶんと老けてしまったが・・・いや失礼、本当の、たくましい大人になってしまったが、君は・・・はげちゃん」
課長には一目でわかったのだ。あのころから、ひときわ背が高かった。そのままに大人の偉丈夫になっていた。
190センチはゆうにある。油気ないザンバラ髪をふりみだして長い顔が課長を必死の心配顔でのぞきこんでいた。ふと彼の手に目をやると何かもっている。
「それ。おい、拳銃じゃないのか・・・」
さっきの、パン!という音はこれだったのか。モデルガンか。いやちがうだろう。やはり、はげちゃんは、こういうものを携帯する男になったのだ、
「はげちゃん、やっぱり、おまえ・・・」
「あんまり喋るな。傷がある。血がでてる・・・しかし、どうってことないぜ。でも、静かにしてろ。医者に連れてってやる」
彼は課長に肩を貸して抱き起こし、「大丈夫か」と声をかけながらゆっくり歩きだした。
はげちゃんが、なぜ、はげちゃんというかというと、激しかったからだ。
小学生のとき、札付きのワルだった。
喧嘩が強く、おそるべき一匹狼の戦闘ガキで、気にくわない奴をかたっぱしからたたきのめし、先生からも恐れられていた。
しかし、やっつけたのは、はげちゃんからみて「不正」なる連中ではあった。金持ちの気にくわないボンボンなどがもっぱら標的だった。
思い出深いのは、自動車泥棒事件。「ちょっと旅行してくる」といって、免許もないのに、自動車を強奪して走り去った。
盗んだのは、級友の目医者の息子を送迎していた車だった。
何が気にくわなかったのか、その目医者ジュニアを殴り飛ばし、おかかえ運転手を恫喝して車を奪った。
どうして運転できたのかわからないが、そのまま箱根まで行ってしまった。
この事件はテレビにまででた。「小学生、盗難自動車で逃避行。おお少年ロンサム・カーボーイ」子供だったから名前こそ出なかったが、彼はその行動をテレビ全国放送で報道された。
しかし、課長は、なぜか彼の目にみえた「不正」とは無縁だった。
ぶんなぐられなかった。それどころか、当時、ヒラの学級委員で喧嘩の弱かった課長の影の護衛役だった。
ある学級会で、劣等生のガキが糾弾されたときにこれを弁護したのがその理由らしかった。
そのガキはクラスじゅうのいじめにあった。
彼はそこそこの貧困家庭の子供で親が水商売系で性的に早熟で、女の子のスカートめくりの常習者で、「エッチの西山」といわれていた。
「ああいう西山くんみたいなのは勉強の邪魔、クラスの恥だ」
と、目医者の息子(彼は学級委員長だった)が先頭にたって西山のガキを攻撃した。
目医者の息子は目鼻だちすっきりしたハンサムの金持ちであったから、クラスの女の子たちが応援した。
朝鮮かまきりというあだ名だった担任の中年女教師も同調していた。ほくそえむその顔がとても嫌な教師だった。
ガキ西山は孤立した。このとき、ヒラ学級員だった課長は、当時みた再放送青春ドラマの影響だったか軽薄にも立ち上がり、
「西山だけが悪いのじゃない。家庭や社会や、何よりこのクラスのみんなの冷たい目がかのスカートめくりの遠因をなしている」
という意味のことをいって西山を弁護した。一部の女の子の受けをねらったのであったかもしれない。
しかし、じっさい、西山は、うなだれきって、息もたえだえに死にそうだったのだ、こいつをいじめて何になる、助けてやるべきだ。
課長は本当にそう思ったのだった。西山は涙ながらに「もういいよ、田村くん、もういいよ」と、蚊のもらした屁のような声で泣いていた。
そのとき、はげちゃんが激しく爆発した。
学級委員長の目医者ジュニアへと一目散に駆け寄って、むなぐらつかみ、吹っ飛ばした。
ついでに傘下の坊ちゃんたち(不動産屋とか印刷屋とかの息子)も、ぶったたいてしまった。担任教師のカマキリが悲鳴をあげた。学級会は目茶目茶になった。
考えてみれば、あのとき目医者の息子は、はげちゃんのターゲットになったのだ。それが自動車泥棒箱根旅行につながったのだろう・・・
・・・つづく




