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俺ちょっとガンだから  作者: 新庄知慧
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来訪者は語る

「お客は悲惨で貧困。・・・って、いってたけど。お客さんに結核とか肺炎の人がいなかった?」


「いたかなあ。わからない。ヒサンだから、いたかも。わたし、キャクは、ヨウカイゴのヒト、シンショウシャだから」


「要介護。身障者」


「からだのふじゆうなひとが、おきゃくさん。おじいさん」

マリは奇妙な笑顔をつくった。 

  

「おじいさんは、もうずうっと、くるまいすだったの。それ、わたしのオキャクさん。ヒサンね。オフロ、いれてあげました。おじいさん、オンナのひとと、ずっとしたことなかったので、あそこが、たちました。わたし、おちんちん、くわえてあげたらナミダながしたよ。うれしいって。あたしのおっぱいをしゃぶって、すいついたら、よろこんだよ。それで、おじいさん、シャセイ、ちゃんと、いけました」


 つらいような、うれしいような、変な顔だった。


「わたしの、マタに、ぺにす、くっつけて、つついたら、うまくはいって、ちょっと、でね。どきん、どきん、て、いきましたの。おじいさん」


彼女は目を閉じて、晴れやかに笑った。


「そして、おじいさん、しにました」


「死んだ?」


 課長は思わずさけんだ。「おじいさん、死んだの?」


「うん?」


彼女は首をかしげて微笑んだ。枕と髪のすりあう音がかすかに聞こえた。 


「しんだのは、ねたきりの、おじいさん」


「え?」


「ねたきりだったの。ずっと、ずっと」


彼女は悲しそうな顔をした。


「からだ、ふいてあげました。それで、ろーしょん。いいにおい。ぬってあげました。それから、あたしの、おしり、おじいさんのかおに、ぬってあげました」


「おじいさんの顔に、お尻?塗った?」


「うん、つぎは、あたしの、あそこもね、やわらかいの、けがはえてますの、くっつけてあげたら、おじいさん、うん、うん、うん、て、ないたわ。なめてくれて、わたしも、きもちよくなりました」 


 マリは、ふるさとの思い出を語るような優しい顔をした。


「おじいさんの、うえにのって、ゆっくりね、してあげましたの。おじいさん、たったよ。むすこさん、かたくなって、わたし、むすこさん、おむかえいたしました。きつかったのよ、アナが。わたしのアナ、きつかったのよ、でもぬれてて、ぬるぬるってね。こしをくっつけてあげましたら、ゆさゆさ、うごいた。おじいさん、こし、ゆさゆさ、げんき、うん、うん、うん、て、ふといコエです。ふとかったよ、あれ。おじいさんも、シャセイできましたよ。しにましたよ」


「また死んだ?」


課長がいうと、マリは艶っぽい笑みをうかべてうなずいた。 

 

彼女は、しばらく黙り込んだ。しかし、またしゃべりたくなった。誰にも話せなかったことを、とにかく、このさい、誰かに、聞いてもらいたい、という感じだった。


「おじいさんだけじゃないよ。おにいさんも」


「おにいさんも死んだの?」


「いいえ。おにいさんは、ドウテイ」


「童貞」


「いろんなひとがいる。しんでしまうの。チュウネンのおにいさん。

おんなのひと、だれもしらない。しらないで、こうつうじこ。それから、ずっと、べっどのうえ。ビョウインでくらしてたけど、おいだされたひと」


「お金がなくなって、入院を続けられなくなったのかな」


「わかりません。わかりませんけど、いえにかえされた」


「そのお宅へ、出張したの」


「はい。おにいさんも、ねたきりです。してあげました」


「おにいさんというより、おじさんでしょう?」


「はあ」


彼女は額に手をあてて考えた。


「そうね。おじさん。でも、としは、あなたくらいでした。だから、おにいさん?」


「僕くらいの歳。じゃあ、おじさんだ」


「そうかな。そのおにいさんは、もうしぬんだったのよ。びょういんでなければ、いきられない。カオもテもアシもぐしゃぐしゃ。みいら。いえ、こわれたろぼっとみたい」


「それじゃあ・・・出張サービスどころじゃない・・・」


「でも、おにいさん、ほしいの。おんなのひと、しらないです。しにきれません。ほしいのです」


「もう、死ぬのに・・・」


 そういって、課長はぎくりとした。自分も、もう死ぬんだ。


「わたしは、しなければならないの。シャッキン、あるから」


「借金」


「シャッキンあるから、にげられない。だからわたしはしました。ゆるされますでしょうか」


 彼女は目をあけて天井をあおいだ。なんだか、彼女がいまわのきわにいる人にみえた。


課長は彼女をはげました。


「ゆるされるもなにも。いいことしたんだよ、君は。みんな、ほしかったんだから。彼らにほしいものをあげたんだから。君のしたことはいいことだよ。でも、わかるよ、とんでもない目にあったんだ」


マリはしかし首をふって、違う、違う、といいたげにした。


 課長はマリが気の毒になった。


「きみ、疲れているのだ。すごく疲れているのだ。お休みよ。よかったら、ここでゆっくり、休んでいって。なにもしなくていいから。ただ眠っていって。お金は、所定の額をはらうから」


 彼女は、まだ何かいいたそうにしていた。課長は、彼女の額をやさしくなでて、ベッドの脇を離れ、ソファーへ行き、「僕はここに寝るから」と横たわった。


彼女は、かたくまぶたを閉じた。


 じつは君はまちがいデリバリーだ、と課長はいおうとしたが、そんなことをいったら、彼女の休息が破られてしまうと思い、やめた。


そして課長も目を閉じた。眠りの沼へと沈んでいった。


眠りの沼のなかで、課長は夢をみた。


沼のそのまた奥底の水のなかから、誰かが助けを求めている夢だ。


 それは男か、女か、何者かわからない。


 しかし、必死で叫んでいた。


 世界で一番の絶望の底にいるのは、自分かと思っていたら、さらに気の毒な人が、眠りの海底で、さらに絶望していた。


 とつぜん、真っ白なドーラン塗りの喜劇役者が現れた。


 眠りの沼の、課長の目の前に現れた。チャップリンに似ていた。映画「ライムライト」の老喜劇俳優だ。


 彼は悲しげな笑顔で、手の親指をたてて課長の鼻先にかざし、くるりと返して沼の奥底を指さして、いった。


 「だんな、なんとかなりませんか?


  彼女をたすけられないですか?


  それ、だんなの生きるみちじゃないですか?


  だんな、みつかったのじゃないですか?


  生きるみちが。」


・・・・つづく


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