844話 相棒
「カシオンは、どうして穏健派に?」
過去の話を聞く限り、強硬派で戦い続けてもおかしくないのだけど。
「あー……恥ずかしい話だが、手柄を立てようと思って、ジルオールさまを襲ったんだよ。穏健派のトップを排除すれば褒めてもらえるだろう、ってな」
「それはまた、大胆な……」
「当然、返り討ち。あの人、穏やかに見えるけど、デタラメに強いぜ? アルテラ並だな」
「まじか」
アルテラとの戦いは、今でも鮮明に覚えている。
欠片も余力を残すことなく、全力を出し尽くして。
みんなの力を借りて。
どうにかこうにか、ギリギリのところで倒せた相手だ。
そんなアルテラと同等ということは……
さすが四天王、というところか。
「俺は死を覚悟したな。でも、ジルオールさまは俺を殺さなかったんだよ。それどころか、治療もしてくれてな」
「優しい人なんだな」
「ああ。あの人は、相手によってはまったく容赦しないが、優しい時はとことん優しいからな。俺が洗脳に近い状態にあったことを見抜いて、それで助けてくれたんだろうな」
その後、カシオンはジルオールのところで育てられたらしい。
人間が憎いのなら、それはそれで構わない。
しかし、両親に教えられたから憎むのはやめろ。
自分の考えをしっかりと持て。
そう教えられて、心を育てられて……
カシオンの洗脳は解けた。
ただ、どうすればいいか道に迷ったらしい。
無意味に人間を憎むことはない。
でも、やるべきことがなくなり、これからどうすればいいかわからない。
そんな時、カシオンはジルオールが和平のために動く姿を見て、感銘を受けたらしい。
人間と魔族の和平。
それはとんでもなく難しく、不可能に近い。
それでもジルオールは諦めることなく、活動を続けている。
なんて強い人だろう……と。
この人の力になりたい。
一緒についていきたい。
それが、カシオンが初めて抱いた『自分』の意思だ。
「正直、俺はまだ人間のことをよく思っていない。洗脳とは関係なくて、虐げられてきた歴史を知っているからな。あと、現在進行系で続いているところもある」
「……ごめん」
「なんでレインが謝るんだよ。お前は人類代表か?」
「そんなんじゃないけどさ。でも……」
私は関係ありません、なんて顔はできない。
積み重ねてきた業の上に立っているのなら、それは、俺の罪でもあると思う。
「話を戻すが、俺は人間のことはよく思っていない。でも、ジルオールさまと同じで、争いを望んでいるわけじゃねえ。戦争なんて、疲れるだけだからな」
「そうだな。俺はまだ経験していないけど……本当に、疲れるだけなんだろうな」
殺して。
殺されて。
たくさんの人が涙と血を流して。
それでいて、なにも得られるものはない。
互いの正義と主張がぶつかるだけの場。
そして、力で相手を納得させて、ねじ伏せる。
いいことなんてなに一つないだろう。
「だから、俺は力をつけてジルオールさまの親衛隊に入った。あの方の夢を叶えるために働きたい、ってな」
「すごい立派だと思う。尊敬するよ」
「ちょ……そんな小っ恥ずかしい台詞、よくストレートに言えるな」
「そんなに恥ずかしいか? 普通だろ」
「それを普通って言えるのは、レインだからなんだろうな。ははっ」
カシオンが小さく笑う。
なにが面白いのだろうか?
むう。
「でも、どうしてそんな話を俺に?」
カシオンにとって、とても大事な過去のはずだ。
心を見せるようなもので、誰にでもできることじゃない。
「さてな。俺にもよくわからねえ」
カシオンはこちらを見た。
その瞳はとてもまっすぐで。
澄んでいて。
素直に綺麗だと思った。
「ただ、お前に話しておきたかったんだ。そうしたら、少しは人間のことを好きになれるかもな、って」
「……カシオン……」
「出会ったばかりでなんだけどよ。俺ら、いいダチになれると思わねえか?」
「思うよ」
「ははっ、即答か」
「本当にそう思ったから」
「そっか」
カシオンはニヤリと笑い、手を差し出してきた。
「この先、どうなるかわからねえ。茨の道が待ち受けていて、とんでもねえ相手と戦うかもしれねえ。でも……死ぬんじゃねえぞ?」
「あなたも」
「名前でいい」
「わかった、カシオン」
「ああ、レイン」
そして、俺達は握手を交わした。




