726話 微かな希望を求めて
「後世に残す情報はここまでにする。他にも色々と語りたいことはある。残したいものはある。ただ……全てを正直に残していいものか、迷うところはある」
「だから、残りはとある者に託すことにした」
「十番目の最強種……彼女に託した」
「彼女の協力を得ることができたのなら、この世界の真実を知ることができるだろう。協力を得ることはとてつもなく難しく厳しいだろうが……それだけの価値はある情報だと思う」
「さて……そんなわけで、僕の情報はここで終わりだ。最後に、一つ、宣言をしよう」
「僕は勇者だ。そして、人間だ」
「人間がどうしようもない存在だとしても……でも、それだけじゃないはずだ。温かい光もあるはずだ。同じ人間として、可能性を信じたいと思う」
「だから、永遠に続くであろう戦いを終わらせる方法を探したいと思う。そのために、僕は僕であることを止める。人間を捨てる」
「そう……これからは、俺は、ただのラインハルトだ」
「以上で記録を終わる。最初の勇者、ラインハルト・エーデルファルド」
――――――――――
記録の再生が終わり、部屋が元に戻る。
「……」
言葉が出てこない。
みんなも呆然としていた。
ラインハルトが初代勇者?
そして……魔族が人間を敵視する理由。
魔王の正体。
なにもかも衝撃的すぎる話で、ガツンと頭を殴られたようなショックを受けていた。
すぐに思考をまとめることができなくて、しばらくの時間が必要だった。
「……今の話、たぶん、本当だと思うのであります」
ややあって、ライハがぽつりと呟いた。
誰かに聞かせるわけではなくて、自分に言い聞かせるような口調だ。
「自分の家はちょっと特殊ですが……それでも、一時期は普通の魔族として、普通の魔族の街で暮らしていました。誰も彼も、子供も老人も人間を敵視してて……その理由は、奪われたから、だったのであります」
自分達と違うから、という理由で迫害して。
それだけではなくて、戦争をしかけて、国を滅ぼそうとして。
一度、和平に至ったにも関わらず、卑劣な罠をしかけて。
一つの街が滅ぼされた。
それだけの背景があるのなら、魔族が人間を徹底的に敵視するのは当然だ。
昔の恨み、憎しみが続いているだろうし……
それだけじゃなくて、魔族にとって人間は、自分達を滅ぼしかねない危険な存在ということになる。
そんな相手と仲良くすることはできないし、敵視して当たり前。
「ライハも……人間が嫌い?」
カナデが複雑な顔をして、そう問いかけた。
少しの沈黙の後、ライハは首を横に振る。
「アニキのこともあります。自分は、人間は嫌いではありません。でも……すぐに心を許すのは難しいのであります」
「レインは……いい、の?」
「アニキは、自分を助けてくれた恩人ですから」
眉根を寄せて、難しい顔をして、ライハは言葉を続ける。
「人間の全てが悪なんて思っていません。過去の事件も、一部の人間によるものなので……ただ、それでも人間が引き起こしたものであることは間違いないのであります。そのことを考えると……複雑です。簡単に割り切ることはできないのであります」
「そう、だよね……」
最強種であるカナデ達も、自分の気持ちを持て余しているみたいだ。
これから、人間とどう接していくべきなのか?
過去の事件に対して、どう向き合っていくべきなのか?
「……問題だらけだな」
ラウドネアの問題を解決するためにダンジョンに潜ったのだけど、さらに問題が増えた。
謎も増えた。
記録によると、ラインハルトは初代勇者らしいけど……
なぜ、今もまだ生きていられるのか?
途中、素性を隠して別の勇者パーティーに参加していたらしいけど、それはなぜか?
そしてなによりも……
彼の真の目的はどこにあるのか?
「頭が痛いな」
問題はなにも解決していない。
謎と疑問と……そして、罪が残るだけ。
これから、どうすればいいのか?
「……ふぁ?」
ふと、ニーナが妙な声をあげた。
「どうしたの、ニーナ?」
「お腹減った?」
「あんた……あの話を聞いた後で、よくそんな話が出てくるわね」
「腹ペコ猫、爆誕」
「爆誕していないよ!?」
こうして、いつも通りでいられることが、みんなの強さかもしれないな。
「えっと……連絡が、来たの」
ニーナは亜空間に繋がる扉を開いて、そこに手を突っ込んだ。
ガサゴソと中を探り、手の平サイズの魔道具を取り出した。
長距離通信を可能とする魔道具だ。
通じるかどうかわからなかったけど、念のため、持ってきていたんだよな。
ちなみに、これはユウキとサーリャさまが用意してくれたものだ。
王都で開発中のものらしいけど……
なにかの役に立つかもしれないと、試作品をもらった。
「もし……もし?」
『その声はニーナさんですの!? レインさまや、他の皆様方は!?』
「ここに……いるよ?」
『では、すぐに地上へ戻ってきて……敵襲が……このままでは、村は……』
「イリス……?」
通信状態が不安定らしく、いくらか言葉を交わしただけで途絶えてしまう。
「レイン、今の……!」
「ああ。まずいことになっているのかもしれない」
というか、確実にまずいことになっているだろう。
イリスは『敵襲』と言った。
その敵は……たぶん、魔族だ。
当たり前だ。
魔族は、十年以上前にラウドネアを襲撃した。
でも、滅ぼしたはずのラウドネアがいつの間にか復興していた。
そのことを知れば、どうなるか?
今度こそ……と思い、再び襲撃を計画するだろう。
色々と考えないといけないことがある。
魔族に対して思うところはある。
でも……
「みんな、急いで地上に戻ろう!」
今は、ただ……大事な人と仲間を守りたい!




