708話 本物の中の嘘
カグネでも似たような事件が起きた。
幸せな夢に取り込まれるというもので、そこで、俺は死んだはずの父さんと母さんと出会った。
イリスのおかげで、なんとか幻から抜け出すことができたけど……
あの時と比べると、色々なものが違う。
「カグネの時は、母さんや父さんが生きていることに疑問を持てなかった。おかしい、っていうことを自覚しなかった。でも……」
「今は違うわね。レインは、両親が生きていることはありえない、って疑問を持っているわ」
「タニアの言う通りだ。だから、カグネの時と状況は違う。それに……」
宿に案内されるまでの間、母さんと話をした。
親子のスキンシップという感じで、手に触れることもした。
母さんは、母さんのままで……
そして、触れた手も、確かな温もりがあった。
「あれは……生きているとしか考えられない」
「「「……」」」
思わぬ状況に、俺は動揺していると思う。
そんな俺を見て、みんなはなんともいえない顔に。
「みんなで幻を見ているとか……あるいは、俺だけ夢に囚われている、っていう可能性もあると思う。ただ、あまりにも精巧というか、現実感がたっぷりというか……」
「うん、わかるよ。私も、あのレインのお母さんが偽物なんて思えないよ」
「我もカナデの意見に賛成なのだ。誰かが化けていたり、幻覚を見せられているのなら魔力を感じるはず。しかし、なにも感じないのだ」
「ソラ達の目を欺くほどの技術が投入されている、という可能性もありますが……」
「魔法のエキスパートである精霊族を欺くなんて、なかなかできることじゃないからな」
あれこれ考えるものの答えが出てこない。
情報が足りない……というよりは、未知の現象すぎる点が問題だ。
このまま話を続けても、答えに辿り着く可能性はゼロに近い。
「情報収集をしてみるか」
まずはそこからだ。
「ソラ、ルナ。ついてきてくれないか? この状況が意図的に作られたものなら、魔法が関わっているかもしれないから、二人が頼りなんだ」
「レインに頼りにされる……ふふ、悪くない感覚ですね」
「我らに任せるがいい!」
「なーなー、レインの旦那。ウチもついていってもええ?」
「ティナも?」
「ちと嫌なことを言うけど……もしかしたら、みんな、幽霊って可能性もあるやろ? その場合、ウチが役に立つと思うんや」
「なるほど……じゃあ、お願いしようかな」
「任せとき!」
ソラ、ルナ、ティナ。
そして俺を含めた四人で、村を見て回ろう。
「にゃー、私達はお留守番?」
「なにが起きるかわからないから、それで」
「残念……でも、了解!」
「宿の中を移動するくらいは構わないわよね?」
「ああ、それくらいなら」
「なら、レインの母さんと父さんに話を聞きに行きましょう。レインの秘密とか小さい頃の話とか、色々聞きたいわ」
「あら、それはとても素敵な提案ですわね」
「アニキの話、興味あるのです!」
「……ほどほどにな?」
止めることは不可能と感じて、せめて、母さんと父さんがなんでもかんでも暴露しないことを祈るのだった。
――――――――――
「ほほう、これがティナを頭に乗っける感覚か」
「どや? ウチ、重くない?」
「大丈夫なのだ。なんか楽しいくらいなのだ」
頭に人形バージョンのティナを乗せたルナが歩く。
少し後ろを、俺とソラが並んで歩いていた。
「見た感じ、村はなんともありませんね……レイン、どうですか?」
「そう、だな……」
記憶の中にあるラウドネアとなにも変わらない。
昔のままだ。
懐かしくて……
でも、なにも変わっていないところが不気味で……
複雑な気持ちになってしまうのだった。
「おっ、レインじゃないか!」
「帰ってきたっていう話は本当だったんだな」
「ねえねえ、旅の話を聞かせてくれない?」
「えっと……」
行く先々で村人に声をかけられた。
みんな、知っている顔だ。
八百屋のトラウシスさん。
ちょっと歳の離れた兄貴分のクーズさん。
裁縫が得意なカリンさん。
懐かしい顔ばかりで……
ついつい涙がこぼれてしまいそうになる。
みんな、あの頃のままだ。
村が燃える日の前のままだ。
二度と会えないと思っていた。
突然の別れに、どうしていいかわからなかった。
それなのに、当たり前のように再会することができて……
「そんなことはないって、わかっている……わかっているはずなのに、俺は……」
「……レイン……」
村のみんなと別れたところで、我慢できなくなって、涙を一筋、こぼしてしまう。
そんな俺を見て、ソラ達が悲しそうな表情に。
そして……
「大丈夫やで」
ふらっと飛んだティナが、小さな体で俺を抱きしめてくれた。
「ウチらがおる。レインの旦那は一人じゃない」
「……ティナ……」
「だから、我慢しなくてええんや。泣きたい時は、素直に泣いてええんや。ほら、ウチの胸でよければ、いくらでも貸すからな。まあ、人形だからちっちゃいけど」
「そ、ソラも、よかったら胸を貸します!」
「我もなのだ!」
「ソラ、ルナ……」
みんなの優しさが心に染み渡り、また涙がこぼれてしまいそうになる。
ダメだ。
こんなところで、情けない姿は見せられない。
「こら」
ティナにこつんと叩かれた。
「我慢することは情けないことなんかやないで」
「どうして……」
「レインの旦那は、わかりやすいからなー」
ティナが、にかっと笑う。
「無理することないんや。きつい時は、素直にそう言ったらええ。そのためにウチらがいるんやで? だから……泣いてええよ」
「……っ……」
そう言うティナは、母さんと同じような感じがして……
どうしても我慢できなくて、俺は、少しだけ泣いた。




