7話 一方、その頃……
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……お、追手は!?」
「だ、大丈夫です……なんとか、んくっ……逃げ切ることができました」
リーンとミナは、大きく息を切らしながら、何度も後ろを振り返った。
街道から外れて獣道を見るが……人はおろか、魔物の姿も見えない。
「ふぅ……大丈夫みたいね」
「ええ、問題ありません」
リーンとミナは、ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで商人の護衛を引き受けた。
アリオスとアッガスはいない。
二人は、これから向かう『迷いの森』の攻略の準備をしている。
リーンは千を超える魔法を使える。
ミナは死者すら蘇生できると言われる治癒術を使える。
しかし、近接戦闘は得意ではない。
間合いを詰められたら、そこでおしまいだ。
なので、適当な冒険者を前衛として雇い、商人の護衛に向かった。
簡単な依頼のはずだった。
すぐに終わり、たくさんの報酬をもらう予定だった。
それなのに……
「あんた、何やってんのよっ!」
「ひぃ!?」
前衛として雇われた冒険者の胸ぐらを掴むリーン。
冒険者はまともな仕事をしなかった。
前衛としての役割を果たさずに、リーンとミナを危険に晒した。
おかげで、盗賊なんかを相手に逃げ出すハメに陥ってしまった。
許せることではない。
「前衛はあたしたち後衛を守るのが基本でしょ!? それなのに、真っ先にあんたがやられて、逃げ出して、どうすんのよっ!?」
「む、無茶言わないでくれ! 俺はビーストテイマーなんだ! 前衛には向いてないんだよ。そのことは、事前に説明しただろう? そしたら、あんたたちはそれでも構わない、って……だから俺は……」
「だからって、あたしたちを置いて逃げてどうすんのよ!? 盗賊なんかを相手に逃げ出すなんて、ものすごい汚点を作っちゃったじゃない!」
「ビーストテイマーといえど、戦うことはできるでしょう? 相手はただの盗賊。強力な魔物ではありません。そんなこともできないのですか?」
「だから、何度も言わせるな! ビーストテイマーが戦うなんてこと、ありえねえんだよ! 自分に戦う力がないから、獣をテイムして、代わりに戦わせるんだ! そういうものなんだよ、ビーストテイマーっていうのは!」
「はぁ? あのゴミ虫でさえ戦っていたっていうのに、そんなくだらない言い訳をするわけ?」
リーンは、冒険者に蔑んだ視線を向ける。
あの役立たずのレインでさえ、戦闘時は自身の力で戦っていた。
四天王との戦闘の時も、前衛として戦っていた。
無論、大して役に立たなかったけれど……それでも、いないよりはマシだった。
それなのに、この冒険者ときたら……
自身に戦う力はないと言う。
だとしたら、レイン以下の役立たずではないか。
ミナと揃って、ゴミを見るような目を向ける。
……しかし、二人は気がついていない。
冒険者が言っていることは、至極当然の事実だということに。
ビーストテイマーでありながら、戦うことができるレインの方が異常だということに。
「で?」
「え……?」
「あんたが戦う勇気もないチキンっていうことは理解したわ。そんなクズを雇ったあたしたちも、まあ、多少の責任はある。戦闘に関しては、一万歩譲って、あんたの言い分を認めてあげる。でも……」
「どうして、周囲の探索を疎かにしていたのですか?」
「お、疎かになんてしていない……」
「していたではないですか。事実、盗賊が目視できる範囲に来るまで、気づくことができませんでした」
「あんた、ビーストテイマーなんでしょ? なら、そこらの動物をテイムして、偵察に出すべきだったんじゃない?」
「だ、出していたさ。ちゃんと、リスをテイムして警戒させていた。でも、すばしっこいリスとはいえ、360度全方位を警戒するなんて無理だ。盗賊は俺達を囲むようにやってきたから、それで発見が遅れて……」
冒険者の言葉に苛立ちを覚えたリーンは、再び胸ぐらを掴んだ。
凶悪な顔で凄む。
「あぁ? それなら10匹でも20匹でもテイムして、全方位を警戒すればいいでしょう! なんでそうしなかったのよ!?」
「な、なんでって……無理に決まってるだろう? ビーストテイマーが使役できる動物は一匹だけなんだ」
「ウソをつかないでください。そんな言い逃れが通用するとでも?」
「う、ウソなんてついてない! テイムできる対象は、基本的に一匹だけだ。10匹どころか、2匹を使役することもできないさ! それはビーストテイマー全員に言えることだっ。複数を同時に使役なんてしたら負担が倍増して、神経が焼ききれてしまうんだっ」
リーンとミナは顔を見合わせた。
わずかに怪訝そうな表情を作る。
そんな話、聞いたことがない。
第一、レインは数十匹の動物を使役して、いつも周囲を警戒、探索していたではないか。
レインにできることが、他の誰にもできないなんてこと、ありえない。
よって、この冒険者は保身のためにウソをついている。
自分の無能をごまかすために、でたらめを口にしている。
リーンとミナはそんな判断を下した。
リーンは冒険者を突き飛ばした。
「ったく……どうやら、最悪のハズレを引いちゃったみたいね。あのゴミ虫より使えないヤツがいるなんて、思いもしなかったわ」
「そうですね。このような愚か者に出会うなんて、思ってもいませんでした」
「ぐっ……」
冒険者は何か反論しようとしたが、諦めた。
この二人には何を言っても無駄だろう。
そう感じたのだ。
まるで、言葉の違う種族を相手にしているみたいだった。
「どうしますか? 依頼主を放り出してしまいましたが……」
「あー……もういいわよ。放っておきましょ。たかが商人のために、あたしたちが危険な目に遭うなんておかしいわ」
「それはそうですが……このままだと、私達の名前に傷がついてしまうのでは? 私だけならば構いませんが、リーンやアッガス……それに、アリオスが関係するとなると」
「そうね……それはまずいか」
リーンは考えた。
依頼を見つけたのは自分だけど、実際に受注したのはこの冒険者だ。
リーン達は『勇者』であって、冒険者ではない。
似た存在ではあるが、冒険者のように気軽に依頼を請け負うことはできない。
もしも、そのようなことが可能になれば、誰も彼もが勇者を頼りにするだろう。
そうした事態を避けるために、アリオスたちに依頼をできる者は一定以上の権力と権限を持った者に限る、という約定が定められているのだ。
なので、リーンが依頼を請け負うことはできない。
そこで、適当な冒険者を見つけて依頼を持ちかけて、代理として受注させた……というわけだ。
ひとしきり、自分達が置かれた状況を考えたリーンは、とある解決方法を思いついた。
未だ尻もちをついたままの冒険者のところに歩み寄り、杖を突きつける。
「え? え?」
宣戦布告のようなことをされて戸惑う冒険者に、リーンは冷たく告げる。
「今回の依頼はあんたが勝手に受注して、一人で解決しようとして、その結果、失敗した……そういうことにしてくれる?」
「なるほど……いいですか? 私達のことを口にしてはいけませんよ? 一緒に依頼を受けていた、などという話は絶対にしてはいけません」
リーンの考えを察したミナは、すぐに話に乗っかる。
要するに……
失敗の責任を全て冒険者に押し付けて、自分達は何も関係ない、ということにする。
リーンはそんなことを考えたのだ。
当然、冒険者は怒る。
「ふ、ふざけないでくれ! 俺だけ泥をかぶるなんて……そもそも、今回の依頼はあんた達が無茶ばかり言うから失敗したんだろう!? それなのに、俺一人に責任を押しつけて……そんなこと受け入れられるものか! 報告の際は、あんた達のこともちゃんと話すからなっ」
「へぇ……」
スゥ、っとリーンの目が鋭利に細くなる。
「そういうふざけた真似をするなら、ここで死んでもらうことになるけど?」
「なっ!?」
「言っとくけど、後でこっそりと報告するとかいうふざけた真似をしても、それはそれで殺すからね? 追いかけて、追い詰めて、絶対に殺す」
「な……あ……」
「あんたの選択肢は二つ。素直に言うことを聞くか、ここで殺されるか。さあ、どっちがいい?」
リーンが握る杖の先の火が点る。
火はやがて炎に成長して、冒険者の顔をチリチリと焼く。
「わ、わかった! あんた達の言う通りにするっ、全部俺が悪かった! 俺の責任だ、あんた達は関係ない! それでいいんだろ!?」
「いい子ですね」
「じゃ、いきなさい。あんたみたいな無能、見てるだけで苛立つわ」
「ヒィいいいっ!?」
冒険者は何度も転びそうになりながら逃げ出した。
「大丈夫でしょうか? 彼、余計なことを口にしないでしょうか?」
「あれだけ脅しとけば大丈夫でしょ。無能にできることなんて何もないわ」
「……そうですね。愚かな者にできることは限られていますからね」
「やっぱ、適当なヤツを頼りにすべきじゃないわね」
「やはり、頼りになるのはアリオスとアッガスですね。彼ら以外の人は、信用できません」
「あー、疲れた。さっさと帰りましょ。報酬を取り損ねるわイライラさせられるわ、散々な一日だったわ」
「ですね」
リーンとミナは気づいていない。
冒険者の言葉が全て正しいものであり、自分たちが無理難題をふっかけていたことに。
……二人がそのことを自覚するのは、もう少し先のことだ。
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