689話 タルタロス
「それで、施設を再稼働させて……その研究成果で、僕は魔族になったわけさ」
アリオスは誇らしげに言う。
魔族になってしまったというのに笑顔だ。
いったい、なにがあったのか?
どうして笑うことができるのか?
アリオスの変化が気になるものの……
でも、今は後回しだ。
私情を優先させるわけにはいかない。
今はサクラの両親を探すことが一番だ。
「……今、タルタロスに最強種は囚われているか?」
「いるね」
とぼけられるかと思いきや、アリオスはあっさりと認めた。
「なんていったかな……そうそう、呀狼族だ」
「っ……!」
「今まで知らなかった最強種だから、なかなか名前を覚えられないよ。困ったものだね。で……呀狼族が二人。それと、魔族が一人。実験体として有効活用させてもらっているよ」
「お前……!」
あっさりと実験体と言うアリオスに強い怒りを覚えた。
殴り飛ばしたい。
でも……我慢だ。
囚われている最強種がどこにいるのか、聞き出さないといけない。
「囚えている者なら、この奥にいるよ。いくつか分岐路があるものの、気にせずにまっすぐ行くといい」
「……本当か?」
「本当さ」
嘘は吐いていないような気がする。
ただ、相手はアリオスだ。
本当のことを言っているかもしれないが、それとは別に、いきなり斬りかかってくるかもしれない。
そう考えると油断はできない。
……と、そんな警戒を察したらしく、アリオスが苦笑する。
「やれやれ、僕は信用がないみたいだね」
「今までの自分を振り返ってみたらどうだ?」
「そう言われると、返す言葉もないね」
アリオスは落ち着いたものだ。
以前は、闘犬のようにすぐに噛みつこうとしていたのだけど……
今は余裕のようなものが感じられる。
底が見えず、不気味だ。
魔族になった影響なのだろうか?
「まあ、いいさ。僕の言うことを信じるか信じないか、それはレインに任せるよ。僕としては、どっちでもいいからね」
そう言って、アリオスはこちらに背を向けた。
「待て! どこへ行くつもりだ?」
「帰るのさ。もうここに用はないからね」
魔族になることができた。
だから、研究施設はもういらない。
そういうこと……なのか?
「あと、ここに残るとアレに巻き込まれるかもしれないからね。面倒事は嫌いだ」
「アレ……?」
「さて、なんだろうね」
アリオスがニヤリと笑う。
嫌な笑みだ。
悪意たっぷりで、嫌悪感を覚えた。
「本当なら、生まれ変わった僕の力を試してみたいんだけど……まあ、それはやめておくよ。無理はしないで、少しずつ慣らしていかないとね」
「……」
「ただ、一つだけ宣言させてもらえるかな?」
「なんだ?」
「レイン……君は、僕が殺す」
笑みを携えつつ、アリオスはそう言った。
鋭い殺意。
思わず身構えてしまい、距離を置いてしまう。
「アリオス、お前……」
「安心していいよ。今日はやるつもりはないからね。今はまだ、舞台は整っていない。だから……また今度だ」
「待て!」
反射的に短剣を召喚して、アリオスに向けて放つ。
しかし、一歩遅かったらしく……
その姿は幻のように消えて、短剣は奥の壁に突き刺さった。
「……アリオス……」
ミナとある程度、和解することはできた。
なら、アリオスは?
そんなことを考えた時はあったけれど……
「……難しいだろうな」
いずれ、アリオスと完全決着をつける日が来るだろう。
それは、そう遠くはない。
そう感じるのだった。
――――――――――――
アリオスの言葉に従うというはなんだか癪なのだけど……
今は他に頼るべき情報を持っていない。
アリオスが言っていたように、通路をまっすぐ進む。
分岐路は無視して、ひたすらにまっすぐ……だ。
「……これは」
少し進んだところで、場の空気が変わったことに気がついた。
肌を刺すような感覚。
空気がピリピリとしていて、自然と警戒度が引き上げられていく。
この感じ、覚えがある。
ビーストテイマーの訓練をしている時、怪我をした狼と対峙したことがある。
狼は見境なく暴れるほど怒っていて、相当苦戦した。
あの時と似ているけれど……
でも、受けるプレッシャーは桁違いだ。
昔の数十倍……いや、数百倍は厳しい。
もしかして……と嫌な予感を覚えつつ、ほどなくして大きな扉に辿り着いた。
その扉をそっと開けると……
「グルァアアアアア!!!」
「ガァッ!!!」
広大な空間で、二頭の巨大な狼が暴れまわっていた。




