688話 人を捨てた者
輝くような金髪は今や見る影もなく、半分以上が黒に染まっていた。
夜空のように綺麗な黒じゃない。
悪意を凝縮したかのような漆黒だ。
体は一回り大きくなっているような気がした。
ただ、トレーニングの結果という感じじゃない。
無理矢理に増強したかのような……
歪で、違和感しか覚えない。
髪と同じように、顔の半分が黒に染まっている。
血が黒色に変化して、それが表に出てきたかのようで……
また、傷跡にも見えて……
そんな中、左目は赤い光を放っていた。
紅の瞳。
右目よりも大きく、そして鋭く……
魔族のそれに近い。
人の形をしていながら人ではない存在。
彼の名前は……アリオス・オーランド。
「どうして……?」
「どうしてこんなところにいるのか、かな? それとも、僕のこの姿についてかな? 今の僕は機嫌が良いからね。ある程度のことは質問に答えてあげるよ」
アリオスは余裕たっぷりに言う。
嫌なヤツではあったけど、嫌悪感を抱くほどではなかった。
それが今ではどうだ?
とてもおぞましいものと相対しているかのような印象で、嫌な汗が流れて止まらない。
「まあ、この姿についてはわざわざ説明する必要はないかな? レインならわかるだろう?」
「……魔族……」
「正解。そう……僕は力を手に入れたのさ。誰にも負けない、絶対の力をね」
酔いしれた表情でアリオスはそう言った。
その顔に後悔の色は欠片もない。
魔族に堕ちたことを悲しむわけでも辛く思うわけでもなくて……
これこそが本当の望みだと言わんばかりに、歓喜にあふれていた。
「いったい、どうやって……まさか、モニカか?」
「ああ、彼女には色々と良くしてもらったよ。おかげで、こうして生まれ変わることができた」
その言い方、態度が引っかかる。
「お前……まさか、自ら魔族に?」
「そうだけど」
「正気か!? 自分で魔族になるなんて……しかも、勇者だったお前が!」
「そんなこと、どうでもいいじゃないか」
アリオスは冷めた様子で言う。
おかしい。
以前のアリオスなら、勇者という称号に固執していたはず。
でも、今はそれが感じられない。
本気でどうでもいいと思っているらしく、未練がまったくないように見えた。
「アリオス……お前、なにがあったんだ?」
今までのアリオスとは違う。
そう感じたものの、しかし、具体的な説明をすることはできない。
一緒のパーティーにいたからこそわかる違和感だ。
「さてね」
「色々と教えてくれるんじゃなかったのか?」
「残念。僕になにがあったのか、それは秘密だ」
余裕たっぷりの態度に腹が立つ。
でも……落ち着け、俺。
相手はアリオス。
敵だ。
そして、今は魔族になっていることもあり、絶対に油断をしてはいけない。
「なにがあったのか、それは秘密だけど……どのようにしてこうなることができたか、それについては教えてあげるよ」
「……やけに気前がいいな」
「言っただろう? 僕は今、気分が良いんだ」
力を手に入れたから気分が良いのか?
でも、それならすぐに戦いをしかけてきてもおかしくはない。
おかしくないはずなんだけど……
アリオスは冷静で、ひどく落ち着いていた。
それが不気味だ。
「まあ、君のことだから察しはついているのかもしれないね。答えは、この研究施設さ」
「ここが……?」
「最強種や魔族についての研究をする場所。その力を得るための施設。それがこの『タルタロス』さ」
タルタロス。
それが、この研究施設の名前か。
「タルタロスの歴史は長くてね。百年と少し前に誕生した。当時は最強種のみを目的としていて、主に天族を捕まえて研究していたね」
「……」
「いや、そこで睨まないでくれよ? 僕がやったことじゃないだろう」
「続けてくれ」
「やれやれ。で……昔のタルタロスは、とある天族に破壊された。君と一緒にいるヤツさ。彼女は思い切りがいいらしいね。山を半分、崩す形で跡形もなく吹き飛ばしたらしいよ」
とんでもないことをするイリスだった。
でも、それだけの怒りを抱えていたということ。
仲間を殺されたのだから、当然とも言える。
「ただ、タルタロスは惜しい。そのまま捨てておくのは、本当に惜しい。だから、復活させることにした」
「わざわざ再建したのか?」
「少し違うね。過去から再現したのさ」
「どういう意味だ……?」
「レインはリースと戦ったことがあるんだろう? 彼女は……おっと、まだ能力の正体を突き止めていない可能性があるのか。そうなると説明が面倒だな……まあ、サービスだ。本人から好きにしてもらっていいと聞いているし、話してあげるよ」
「回りくどい言い方はよせ」
「彼女は時間を操る」
やっぱり。
あの時覚えた違和感。
もしかして、と抱いた疑念。
それは正しかったようだ。
「その能力を使い、ここだけ時間を巻き戻して、施設をそのまま復活させた、というわけさ」
「そんなことができるなんて……」
「簡単に、とはいかないけどね。大量の魔力を消費してしまうから、しばらくは行動不能に陥ってしまう。まあ……その間、君達は教会と争っていたみたいだから、問題はないけどね」
「まさか……」
教会は魔族と関与していた。
それは裏付けがとれている。
リースはミナを利用すること以外に、時間稼ぎを考えていた?
そのために、本来の目的を隠すため、あれだけの騒動を引き起こしてみせた?
なんていうヤツだ。
二手三手先を考える……目下、最大の敵と言ってもいいかもしれない。




