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666話 許しを

「……ここ、は……?」


 ふらふらではあるものの、エリスはゆっくりと体を起こした。

 自由に動けない様子ではあるが、しかし、さきほどまであった致命傷は見当たらない。

 破れた服と血痕があるだけで、傷自体は綺麗に消えていた。


「私は、確か……」


 エリスは自分の両手を見た。

 軽く握り、開いてみせる。


 ふらふらするものの、動かすことができる。

 意識も次第にハッキリしてきた。


「どう、して……? 私は死んだはずなのに……」

「……よかった」


 振り返ると、ミナの姿があった。

 ひどく消耗している様子ではあったが、その顔には喜びの笑みが浮かんでいる。


「ミナさん……? これは、いったい……」

「無事に、成功したみたいですね……本当によかった。初めて使う魔法なので、失敗しないか不安でしたが……よかったです」

「魔法……? あなた、もしかして……」

「はい、死者蘇生魔法を使いました」


 成功してよかった。

 再びエリスの言葉を聞くことができて、本当に良かった。


 そう言うかのように、ミナは優しく笑い……

 そして、倒れた。


「ミナさん!?」


 エリスは慌ててミナを抱き起こして……

 そして、ゾッとした。


 軽い。


 ミナの体は驚きを通り越して、恐ろしいと思うほどに軽くなっていた。

 さきほどまでは普通だったのに、いったい、なにがあったのか?


「がはっ、こほっ……!」


 ミナが吐血する。

 それは止まることなく、ミナの胸元は血で赤に濡れた。


 突然の惨状に、エリスは呆然とすることしかできない。


「いったい、なにが……?」

「蘇生魔法の……代償、です……」

「代償?」

「失われた命を取り戻す……そのような、ことは……人には不可能、です。神の御業、であって……ですから、それを可能とするには、代償を……交換を……」

「……まさか」


 エリスは理解した。


 ミナが使う死者蘇生魔法は大きな代償を必要とするのだろう。

 そうでもしなければ奇跡を引き起こすことはできないのだろう。


 その代償というのは……


「もしかして、あなたは……自分の命を犠牲に?」

「はい……自身の命を相手に譲る……それが、死者蘇生魔法……です」

「なっ……」


 究極の自己犠牲。

 それを目の当たりにしたエリスは、言葉が出てこない。


「どうして、そこまで……」

「……ごめん、なさい……」


 エリスに抱かれるミナは、死相を強く表しつつ、その瞳から涙をこぼした。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

「……ミナさん……」

「私の、せいで……取り返しのつかないことをして……それなのに、現実から逃げて……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ミナは子供のように泣きじゃくり、「ごめんなさい」を連呼する。


 ともすれば、それは安い謝罪に見えただろう。

 ただ単純に、「ごめんなさい」と言うだけ。


 しかし……ミナの場合は違う。

 贖罪のために、己の命を投げ出してみせた。

 「ごめんなさい」と繰り返すことしかできなくても……

 でも、その覚悟と想いは本物なのだ。


 それを感じ取ったエリスは、くしゃりと顔を歪ませる。


 手に抱くミナの体がどんどん冷たくなっていく。

 命が消えようとしていた。


 そのことがたまらなく悲しい。


 ミナのことを恨んだ。

 機会があれば、その体を切り刻んでやろうと思っていた。


 それなのに、どうしてこんなにも悲しいのだろうか?

 仇が死ぬというのに、どうして涙が止まらないのだろうか?


「……私は」


 エリスは涙を流しつつ、それでも、笑みを作ってみせた。


 ぐちゃくちゃの笑顔だったけれど……

 でも、確かに笑っていた。


「あなたを許します」

「……あ……」

「他の方がどう思うか、それはわかりません。ただ……私は、あなたの罪を許します」

「……あぁ……」

「だから……どうか、安らかな眠りを」


 ミナの体を支えつつ、そっと、その手を握る。


「……あたた、かい……」


 繋いだ手から流れてくるエリスの体温。

 それを感じたミナは、最後に、ようやく理解した。


 この温かさを大事にしていればよかったのだ……と。


「……ありが……とう……」


 そして……

 そっと、ミナは目を閉じた。


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― 新着の感想 ―
[一言] この結末については否定派です。 アルトリウスに従って命を捨てて零式監獄を解除するのは逃げであり贖罪ではない。 エリスの蘇生のために命を捧げるのは究極の自己犠牲であり贖罪である。 この贖罪…
[一言] 元勇者パーティーの中でもミナはせめて生きて罪を償って欲しがった… 最後は人として誰の為に死んだのは元とは言え勇者パーティーの一員として立派な最後と言えよう。
[良い点] ああ・・・ミナ、ここで潰えてしまうのか・・……。
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