55話 大掃除
ジレー・ストレガーは焦りを覚えていた。
いつものように騎士団の任務をこなしている時のことだ。
若手の騎士を中心に、とある噂が流れていることに気がついた。
『領主と騎士団の癒着を示す証拠が出てきたらしい』
ジレーはその場で若手の騎士を、くだらない噂に踊らされるなと一喝した。
が、内心は冷や汗ものだった。
領主と騎士団の癒着は、間違いのない事実なのだから。
ジレー本人を始め、半数以上の騎士団員が不正に手を染めている。
もしも、噂が本当だとしたら?
その証拠が、不正に手を染めていない団員の手に渡ったら?
そう考えると、動かないわけにはいかなかった。
たかが噂と侮ることは許されない。
火のないところに煙は立たないのだから。
「ちっ……面倒なことになったものだ」
証拠があると言われていた場所……街外れの倉庫を包囲しながら、ジレーは舌打ちをした。
今回の件については、領主とその息子エドガーは、まだ何も知らない。
箝口令を敷いたためだ。
領主達は慎重な性格をしている。
何度も何度も石橋を叩いて渡るような真似を、真面目な顔をして行う。
そんな領主達に、今回のことが知られたら?
間違いなく、失態と罵られるだろう。
ジレー達、不正に手を染めている騎士団員と領主達は、もはや一蓮托生。
今更、見捨てられることはないだろうが……
最悪、見せしめのための粛清もあるかもしれない。
そう考えると、慎重に……かつすばやく行動しなければいけない。
「連中、今回はおとなしかったな」
唯一、引っかかるところがあるとすれば、若手騎士と副隊長のステラの動向だ。
ステラ達は不正に手を染めていない、少数派の騎士だ。
一度、それとなく話を持ちかけたことがあるが……
『そのようなふざけたことを言わないでほしい』
と、突っぱねられた。
冗談ということで、その時は話を終わらせたものの……
他の団員達も似たような反応を見せて、仲間に加わることを拒んだ。
愚かな連中だ、とジレーは笑う。
今の世の中、『正義』などというものを本気で信じている。
そんなもの、どこにもありはしないというのに。
盲目的に正しいことをしていると信じて、立派な騎士様になろうとしている。
素晴らしい自己満足だ。
そのようなことをしても、何も満たされることはない。
給金が上がるわけでもないし、何かしらミスをしたら、人々はここぞとばかりに声を荒げて糾弾する。
騎士団に『正義』なんていうものは必要ない。
元より、『正義』なんていうものは存在しない。
かつては、ジレーも人々と真摯に向き合おうとした。
しかし人々は、自分本位で身勝手なことを繰り返すばかりで……
やがて、胸に抱いていた情熱は消えて、失望と落胆が残る。
そして……ジレーは『正義』を盲信と切り捨てて、己のためだけに動くことを決めた。
「連中も、早く現実に気がつけばいいものを」
ジレーの言う連中……不正に手を染めていないステラ達は、今回は連れてきていない。
当たり前だ。
万が一、不正の証拠が存在して……
しかも、それを連中が手にしたら?
考えるだけで頭が痛い。
故に、今回の作戦には連れてきていない。
参加しているものは、皆、不正に手を染めているものだ。
信頼できる者だけで固めている。
もちろん、そのようなことをしたら、ステラ達は訝しむだろう。
事実、何事だろうというような顔をしていた。
しかし、隊長であるジレーに逆らう権限は持っていない。
権限を無視したとしても、ステラ達は十人にも満たない少数だ。
強引に事を推し進めることはできる。
「まあ、今回はやけに素直に退いたが……連中も、自分達の立ち位置をようやく理解してきたということか?」
「隊長」
部下の一人が報告にやってきた。
「倉庫の包囲、完了しました。内部の様子も、大雑把ではありますが、確認しました。人はいない模様です」
「よし。では、今から突入する。俺も参加しよう。第一目標は……言わなくてもわかっているな?」
「はっ」
部下が敬礼を返した。
ステラ達も、これくらい物分りがよければいいものを。
ジレーは内心でため息をこぼした。
「いくぞっ!」
ジレーの合図で、見張りの数人の騎士を残して、一同は倉庫に突入した。
倉庫の中は広かった。
数十人の騎士達が突入しても、各自が自由に動けるほどのスペースがあった。
ところどころ、窓から差し込む月明かりで床が照らされている。
しかし、窓の数が圧倒的に少ないため、倉庫内全体を照らすほどではない。
少しでも距離を離してしまえば、互いの位置を見失ってしまいそうだった。
「明かりを」
「はっ。ライト!」
ジレーの命令で、一人の騎士が魔法を唱えた。
手の平に光の球が浮かび上がり、周囲の暗闇を払う。
「ぐっ!?」
次の瞬間、魔法を唱えた騎士が手首を押さえてよろめいた。
見ると、鎧の隙間に針が刺さっている。
酒に酔ったように騎士の足元がおぼつかなくなり、そのまま倒れる。
魔法が消えて、再び暗闇に包まれた。
「な、なんだっ!?」
「おいっ、どうした。大丈夫か!?」
突然の出来事に混乱する騎士達。
その中で、ジレーはただ一人、冷静に事態を分析して、答えを導き出した。
「敵だっ、全員、構えろ!!!」
――――――――――
不正に手を染める団員達を誘い出す方法は、実に簡単だ。
連中と領主の癒着の証拠があるという噂を流してやればいい。
今までしてきたように、証拠を隠滅するために動くだろう。
噂を無視できるほど、連中はどっしりと構えているわけではない。
やましいことをしている人は、どこかで神経質になっているものだ。
事実、連中は動いた。
おもしろいほど、こちらの思惑通りに動いてくれる。
罠だということも知らず、倉庫に誘い出された。
これで、一網打尽にできる!
「ソラ、ルナ。見張りの連中を静かに無力化させることはできるか?」
「問題ありません」
「ふふんっ、ルナの神々も恐れる力を見せてやろう」
双子は揃って、狙いを定めるように手の平を見張りの兵士達に向けた。
そして、同時に詠唱する。
「「スリープ」」
倉庫の周囲に立つ騎士達が、力なくその場に崩れ落ちた。
ただ、魔法を使用したために、二人の背に羽が浮かび上がる。
「そ、その羽は……も、もしかして、精霊族!? そんなバカな……どうして、このようなところに精霊族が……」
「二人は、俺の仲間なんだ。騒ぎになりたくないから、普段は羽を隠してもらっているんだよ」
「な、仲間? 精霊族を仲間に……? ありえるのか、そんなことが? いや、しかし実際に……信じられないことだが、どうやら、本当のことなのだな。なんというか……言葉が出てこないぞ。レインは、とんでもないことをしているのだな……さすがに驚いた」
「二人のことは、秘密にしてくれないか? 今は、二人の力が必要だから助けてもらっているけど……」
「う、うむ。当然だ。レイン達は恩人のようなものだからな。秘密は口外しないと誓う。もちろん、私の仲間達も同じだ」
ステラを始め、この場にいる騎士全員がしっかりと頷いた。
目を見る。
透き通るような輝きが見えた。
ウソをついているという感じはしない。
ステラ達なら約束を守ってくれるだろう、安心だ。
「ところで……今、何をしたのだ?」
「魔法ですよ」
「睡眠魔法で眠らせてやったのだ、ふはははっ」
「す、睡眠魔法を使えるのか……?」
ステラが驚いていた。
それも仕方ない。
相手を眠らせる魔法、なんて言うと簡単なものに聞こえるかもしれないが……
睡眠魔法は、実は上級に分類される高等魔法だ。
何しろ、相手を強制的な睡眠状態に陥らせて、完全な無防備な状態にする。
ある意味で、一撃必殺だ。
悪用されればとんでもないことになるため、魔法の構造式を知るものは少ないし、一般公開もされていない。
ただ、精霊族の二人には朝飯前のことだ。
「す、すごい魔法を使えるのだな……さすが精霊族というべきか」
「いえ、たまたま覚えていただけですから」
「ふふんっ、もっと我を褒め称えるとよいぞ?」
双子なのに、反応がまったく違う。
ついつい苦笑してしまう。
「すまない」
突然、ステラが二人に向かい、頭を下げる。
「どうしたのですか?」
「む? なんだ? 敬えとは言ったが、謝れとは言っていないぞ」
「その……私は、二人の力を見誤っていた。レインの仲間ということで一緒に来てもらったが、このような魔法を使えるなんて思ってもいなくて……ただの子供と、軽く見ていた。本当は精霊族で、私なんかよりも遥かに強い力を持っているはずなのに……侮るような目を向けてしまった。すまない、許して欲しい」
ステラの人柄が現れているような言葉だった。
黙っていれば、そのようなことはバレないというのに……
わざわざ口にして、きちんと謝罪をするなんて……普通はできることじゃない。
そんなステラの人柄をソラとルナは気に入ったらしく、共に微笑む。
「頭を上げてください。ソラ達は気にしていませんから」
「うむ! むしろ、我はそなたのことが気に入ったぞ。人間にしては、良いやつではないか」
「そう言ってもらえると、ありがたい。しかし、人間にしては……?」
「あー、とりあえず、話は後にしよう。今はやるべきことをやらないと」
いつまでものんびりしている場合じゃない。
ひとまず話を終わらせて、次の段階へ進むことにする。
「ソラ、ルナ。それとカナデ。三人は、周囲の見張り及び、逃げた者がいたら捕まえてくれ」
「にゃん!」
「お前達も、彼女たちに協力するように」
「はっ」
ステラが部下に指示を飛ばした。
「内部に突入するのは、俺とタニア。それと、ステラの三人だ」
本当は、俺とタニアだけで済ませるつもりだったのだけど……
『騎士団の問題を丸ごとレイン達に任せるわけにはいかない! 私も連れて行ってほしい』
と頼まれて、ステラも同行してもらうことにした。
気持ちはわかるので、大して反対はしていない。
ただ、作戦があるため、俺の指示に従ってもらうようにお願いはしておいた。
「作戦は、事前に伝えた通りだ。最初は、敵を混乱させる。準備はいいか?」
「あたしはいつでもいいわよ。ふふん、腕が鳴るわ」
「私も問題ない」
「じゃあ……いくぞ!」
暗闇に紛れて、そっと倉庫に侵入した。
あらかじめ内部の情報を調べておいたので、暗闇でも移動に困ることはない。
音を立てないようにしながら鉄骨を登り、有利な位置を確保する。
ガンツに製作してもらった特製の小手……『ナルカミ』を使う時が来た。
この小手は、俺が考えた色々なギミックが仕込まれている。
その中の一つに、特定の動きをすることで針を射出するというものがある。
騎士の一人が明かりを点ける魔法を使う。
それを目標にして、俺は狙いを定めて、『ナルカミ』から毒針を射出した。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!