44話 格の違い
「レインっ!」
ベヒーモスに吹き飛ばされるが、空中でカナデにキャッチされた。
「ありがとう、助かるよ」
「大丈夫? 怪我してない?」
「なんとか」
自分から後ろに跳んで、ある程度、衝撃を殺すことができた。
それでも、それなりのダメージが蓄積されてしまうが……
まだ戦うことはできる。
「タニア達は?」
「捕まえた人達を外に連れて行ったよ。ここにいたら巻き込んじゃう、って。ソラとルナも、捕虜を眠らせておくために同行したよ」
「ナイス判断だ。悪事を全部吐いてもらうために、捕虜は無事でなければいけないからな」
「私はレインのお手伝いだよ♪ 一緒にアイツを倒そう」
「いや。カナデは、男を無力化してくれ」
「え? 一緒に戦わないの?」
「ベヒーモスは、あの男にテイムされているらしい。男を無力化させて、ベヒーモスをおとなしくさせた方が確実だ。あと、逃げられても困る」
「りょーかい!」
本当なら、カナデにベヒーモスの相手をしてもらった方が確実なのだけど……
危険な役目をカナデに押しつけて、自分だけ安全なルートを選択するなんてことは、できそうにない。
それに、勝算はあった。
俺にしかできない方法だ。
「作戦会議は終わりか?」
男は余裕たっぷりに笑う。
ベヒーモスという切り札を投入したことで、自分が圧倒的優位に立っていると信じて疑っていない。
待っていろよ。
今すぐに、その余裕を打ち崩してやるからな。
「盗掘のことをバラされると困るからな。悪いが、ここで死んでもらうぞ」
「典型的な悪役の台詞だな」
「しかも、三流だね」
「このっ……口が減らないガキ共め! いけっ!」
男の合図で、ベヒーモスが咆哮をあげた。
俺は左に、カナデは右に跳んで、突進を避ける。
ベヒーモスは、当初の予定通り、俺をターゲットにしたらしい。
カナデには目もくれず、こちらを追いかける。
巨大な体のわりに速度が早く、小回りも利く。
巨腕を振り回し、側頭部の角を槍のように使い突いてきた。
「さすがに、Bランクだけはあるな!」
まずは、回避に専念する。
ベヒーモスの攻撃パターンを繰り返し目に焼きつけて、頭に叩き込む。
人のように考える力がないから、ベヒーモスの攻撃パターンはわりと単純だ。
一度、覚えてしまえば……
「問題はない……っていうわけだ!」
全てとは言わないが、八割は見切った。
大地を駆けて、壁を蹴り、上体を伏せて……
様々な方法で暴風のような攻撃を避ける。
接近戦に限れば、もうベヒーモスの攻撃が当たる気がしない。
アリオスと戦った時も同じようなことをしたが、相手の動きを見極めることは得意だ。
対象を観察することは、ビーストテイマーには必須の特技だからな。
力、速度、知能……ありとあらゆる項目を見極めることで、対象の全てを掌握して、テイムする。
そのために、幼い頃、ターゲットの全てを把握する特訓を積み重ねてきた。
「ふっ! はっ!」
猛攻を避けながら、反撃の拳を叩き込む。
が、あまり効果は見られない。
分厚いゴムを殴ったような感触で、ダメージが通っている様子はない。
「なら、こいつはどうだ! ファイアーボール!」
坑道内なので粉塵爆発が怖い。
威力を絞りつつ、魔法を放つ。
その分、狙いは的確に。
火球がベヒーモスの頭部を直撃した。
「グギャアアアアアッ!!!?」
ベヒーモスの巨体が仰け反り、悲鳴が響いた。
効いている……が。
「グルルルルルゥ……!」
まだまだ倒れてくれないらしい。
タニアと契約したおかげで強化されているとはいえ、さすがに、初級魔法一発というのは厳しいか。
Bランクというだけはある。
全力でやれば、なんとかなるかもしれないが……
閉鎖された空間だと、こちらも巻き込まれる可能性があるんだよな。
「レインーっ! 捕まえたよーっ!」
良いタイミングで吉報が飛び込んできた。
ちらりと視線をやると、カナデが男を組み伏せているのが見える。
「停止命令を出させることはできるか!?」
「んー……無理っぽい! 死んでもやるか、とかなんとか言ってるよ!」
「やっぱり、そうなるか」
なら、第二案だ。
俺がベヒーモスを倒す。
「グルァアアアアアッ!!!」
ベヒーモスが今まで以上にデタラメに暴れ出した。
おそらく、術者が拘束されたことで、コントロールを失ったのだろう。
いわゆる、暴走状態だ。
こうなると、何をしでかすかわからない。
早いところケリをつけないと!
「レインっ、大丈夫!? やっぱり、私がソイツを……」
「いや、大丈夫だ。今の俺なら、なんとかなる」
確信を持って言う。
はったりでもないし、カナデを安心させるための方便でもない。
みんなは、俺のビーストテイマーの才能が優れていると言った。
他に見たことがないほど、力があると言ってくれた。
その言葉を信じる!
「グルァアアアアアッ!!!」
ベヒーモスが目を血走らせながら突進してきた。
対する俺は、何もせず……ただ一言、言葉を紡ぐ。
「止まれっ!!!」
魔力を乗せて言葉を刃のように放つ。
ビシリッ、と空気が震えたような気がした。
「……グルゥ」
ベヒーモスが……止まる。
俺の言葉に従い、目の前で足を止めた。
「にゃ、にゃんですと……?」
「な、なんだ……何が起きた!? どうしてそいつの言うことに従う!? くそっ、動けっ、そいつを食い殺せ!」
男がわめくが、ベヒーモスが従う気配はない。
皆無だ。
「なぜこんなことを、っていう顔をしているな?」
「てめえ……何をした!?」
「コイツを俺の支配下においた……つまり、テイムした」
「な、なんだと……?」
簡単な話だ。
俺が改めてベヒーモスをテイムして、支配権を上書きしただけのことだ。
今のコイツは俺の命令を優先させる。
野生の魔物なら、テイムすることは不可能だっただろう。
モンスターテイマーの技術を学んだことはあるが、完璧じゃない。
スライムなどの雑魚ならテイムできるかもしれないが、ベヒーモスのような強大な力を持つ個体をテイムすることは不可能だ。
しかし、コイツはあらかじめ人に慣らされていた。
『普通』のビーストテイマーに使役されていた。
なら、支配権を上書きして、俺がテイムできるのでは?
みんなが言うだけの力が俺にあるならば、可能ではないかと思ったのだ。
もっとも、確信があるわけではないから、ギリギリまでは試すことはなかったが。
「レイン、とんでもないことするね……他のテイマーから支配権を横取りするなんて……そんな話、聞いたことないよ……うにゃあ、レインと一緒にいると、常識がどんどんおかしくなっていっちゃう」
「ばかなっ! そんなことがあってたまるか! くそっ、言うことを聞け! お前の主は俺なんだぞ!?」
「無理じゃないかにゃー? あなた、レインよりずっとずっと下だもん」
「ふざけるな! 俺は、誰よりも優れたビーストテイマーなんだ! ベヒーモスさえ使役することができるんだ。それなのに、こんなガキに……そんなこと、あってたまるものか」
「なら、目の前の光景はどう説明するの?」
「ぐっ……」
「レインの方が上なんだよ」
「くそっ、ちくしょう! 認められるものか! こんなガキの方が、ビーストテイマーの力に優れているだと!? 俺が劣っているだと!? ふざけるなっ!!! そいつを殺せっ、喰らえっ!!!」
「グッ、グルァアアアアアッ!!!」
支配権を取り戻そうとあがく男に反応して、ベヒーモスが吠える。
このままずっと拘束しておくことは難しそうだ。
完全に命令を効かせる、という段階には達していなかったらしい。
まだまだ俺も未熟だ。
でも……
「もう遅い。ファイアーボール!」
ベヒーモスが動き出すよりも先に、その口に向けて魔法を解き放つ。
火球がベヒーモスの口に吸い込まれて……そのまま、体内で炸裂した。
ビクンッ、とベヒーモスが全身を痙攣させる。
次いで、巨体が地面に倒れて……
死が訪れて、その体が魔石に変わる。
「ばか……な……俺の切り札が……」
「まだ続けるか?」
「……」
男は言葉もなくうなだれて……俺達の勝利が確定した。
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