425話 闇の力
「間に合った……か?」
「イヤな気配は消えているね」
リーンは倒れたまま動かない。
ただ、彼女の魔族化を阻止できたかどうかわからないため、警戒は続ける。
「……なにをしているのですか? その人間には、色々と聞きたいことがありました。それなのに、トドメを刺してしまうなんて」
「まあまあ、待ちなさい。レインは、あたしらの知らない『なにか』に気づいていた様子。まずは責めるのではなくて、詳しい話を聞くべきじゃないかね?」
「それは……」
シグレさんが間に入ってくれたことで、さらにややこしい事態に発展することはなさそうだ。
「レインや。どういうことか、説明してくれるかね?」
「はい、もちろんです。今のは……」
「レインっ!!!」
カナデの悲鳴のような声。
振り返ると、リーンの死体が壊れた操り人形のように、ぎこちなく動いていた。
手足をばたつかせて、まるで、空気の中で溺れているみたいだ。
やがて、ぐぐっと足に力を入れる。
その状態で、上半身をゆっくりと起こして、下半身の力だけで立ち上がる。
足が地面に縫い付けられているかのようで、それでいて、上半身がだらりと後ろに垂れていて、見ているだけで寒気が走りそうな光景だ。
悪霊に取り憑かれた、と言えば納得するかもしれない。
「……」
リーンは虚ろな目で、意識があるのかないのかわからない様子で、ただその場に立っていた。
そんな彼女は、胸元から、首、頬にかけて黒い波が走っている。
見たことのない模様だ。
ただ、ファッションなどで片付けられるような穏やかなものではなくて、おぞましさすら感じる。
「ふふっ」
ほどなくして、リーンが小さく笑う。
唇をニタリと吊り上げて、とても楽しそうな顔をする。
「あはっ……うふ、ふふふ。あははは……はははっ」
ケタケタと笑い続ける。
狂ったのか?
「この……人間が! おとなしくしろっ」
ともすればバカにするようなリーンの態度に、不死鳥族の一人が激高した。
容赦なく、リーンを炎で焼こうとする。
「……なに、その児戯は?」
リーンは狂気を孕む笑みを浮かべつつ、無造作に手を払う。
すると、その動きに従い、無数の氷の礫が生み出された。
氷の礫は矢のごとく鋭く飛び、炎を打ち消す。
それだけに終わらず、攻撃をした不死鳥族の体をズタズタに切り裂いた。
「あっ、あああああぁ!?」
「大丈夫か!? 今、治してやるからな!」
「コイツ、今、なにをした……!?」
不死鳥族達がざわつき、リーンから一歩、距離を取る。
なにが起きたのか?
なにをしたのか?
誰も想像がついていない様子で、困惑と警戒の表情で、それぞれリーンを睨みつけていた。
そんな中、そっとシフォンが隣に立つ。
「レイン君。今の……もしかして、魔法?」
「シフォンも気がついたのか?」
「あちこち旅してきたから、それなりに知識はあるつもりだよ。今のは、上級魔法の『ブリザードバレット』。そうだよね?」
「ああ、俺も同じ見解だ。ただ……ありえない」
「人間、どういうことなのですか?」
こちらの話が聞こえていたらしく、エルフィンさんが不思議そうに問いかけてくる。
その隣のシグレさんも、首を傾げていた。
基本的に、最強種は魔法を使わない。
魔法というのは、なんの力も持たない人間が、魔物などに対抗するために、とある種族の協力を得て生み出された技術だ。
元から強い力、独自の技術を持つ最強種は、精霊族は別として、あまり魔法を使うことがない。
それ故に、違和感に気づかないのだろう。
「魔法を使うためには、いくつかの手順を踏まないといけません。それは絶対です。手順を間違えたり省略した場合は、発動することはありません」
「大雑把に言うと……魔法の構造式を構築して、魔力を注入。最後に、キーワードとなる言葉を口にする……詠唱をする。そうすることで、発動するの」
シフォンが補足をしてくれた。
コンパクトながら的確で、わかりやすい説明だ。
エルフィンさんの瞳に理解の色が走る。
「つまり……あの人間は最後の作業工程、詠唱をしていない?」
「はい。本来なら、そんなことをすれば魔法は発動しないのに……でも、そんなことはなかった。きちんと発動していた」
考えたくないが……
リーンは、無詠唱で魔法を発動する術を手に入れた、と考えるべきだ。
「あはっ、あははは……あーっはっはっはっ!!! なにこれ、なにこれ! めっちゃ楽しいんですけど! すごいすごいすごい! 力が、魔力が、際限なく溢れ出してきて……あーもうっ、最高の気分!!!!!」
リーンは高笑いを響かせた後、己を抱きしめる。
それから自分の両手を見て、恍惚とした表情に。
湧き上がる力を感じ取っているらしく、これ以上ないほど楽しそうにしていた。
「リーン、お前……意識があるのか?」
「もちろんあるに決まっているじゃない。というか、なに? あんた、あたしの身になにが起きたのか、知っているの? ものすごい力を手に入れた、ってことは理解できたんだけど、それ以外はさっぱりなのよねー」
リーンに教えてもいいものか?
迷うものの、エルフィンさん達も説明を欲するようにこちらを見る。
そうだな。
知られて困るような情報じゃないし、いずれ、自力で正解にたどり着くだろう。
なら、余計な混乱を避けるためにも、今ここで情報を共有しておこう。
「たぶんだけど……リーンは、魔族になったんだよ」
「は? あたしが魔族?」
「俺は、以前、人が魔族になるところを見た。リーンに起きた現象は、その時のものに酷似していた。だから……そういうことなんだろうな」
「へぇ、あたしが魔族に」
ショックを受けるかと思いきや、意外とリーンは冷静だった。
元勇者パーティーでありながら、最終的に魔族に堕ちてしまう。
プライドの高い彼女なら、受け入れがたいはずの屈辱だと思うのだけど……
「……おもしろいじゃない」
俺の予想は外れて、リーンは楽しそうにうれしそうに言う。
「魔族っていうのは、ちょっと気に入らないけど……でも、まっ、それでもいいわ。これだけの力が手に入るんだもの。多少のことは我慢しないとね。ふふっ、うふふふ」
「リーン、お前……」
「さて、と」
くすくすと心底うれしそうに笑い……
それから、リーンはこちらに向き直る。
俺と、その後ろにいるエルフィンさんに冷たい視線を送る。
「こんなすごい力を手に入れたら、試してみたくなるのが常よね? いいわよね、ちょっとくらい? で……あたしにひどいことしようとしたあんたらを実験台にしても、文句ないわよね?」
敵意が針のように突き刺さる。
いや……これはもう、敵意なんてレベルじゃない。
殺意と呼ぶのすら生易しい。
底のしれない、果てしない悪意だ。
「コイツ、正気か? 人間のくせに、我ら最強種に挑むなど……愚かな」
「少し力を増したみたいだが、所詮は人間。裁きの炎で、その魂、焼き尽くしてくれよう」
「あはははっ」
構える不死鳥族達を見て、リーンが笑う。
バカにしているかのように、冷たい視線をぶつける。
「それ、あんたらの悪いところよ。あたしが元人間だからって、侮っている。自分達こそが最強と思ってる。バッカみたい! 本当の最強は誰か。あたしの力がどれほどのものなのか。その体と魂に、しっかりと刻み込んであげるっ!!!」
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