424話 闇水晶
「……え?」
小さなつぶやき。
なにが起きたかわからないという様子で、リーンは目をパチパチと瞬かせている。
それから、ゆっくりと視線を落とす。
自分の胸元を見ると……
ガラスの杖が深々と突き刺さり、血が流れ出している。
その傷、血の量……間違いなく致命傷だろう。
「がはっ」
血が逆流して、リーンは吐血した。
少しでも楽な体勢になりたいともがくが、拘束されているためろくに動けない。
「えっ……? なん、で……なんで、よ……モニカ? ねぇ……」
「すみません。リーンさんのことは、個人的には嫌いじゃありませんでした。これは、本心ですよ? その欲望に忠実なところ……とても人間らしくて、好感が持てました」
「モニカ……なんで、ねぇ……」
「私にとって、リースさまの命令は絶対なので。だから、ごめんなさい? ここで、私たちのための贄になってください」
「や、やだ……いやよ、そんなの。あたしは、もっと……こんなところで、こんなみじめな……そんな、やだ」
「安心してください。リーンさんはまだ死にません。むしろ、私も想像がつかないほどの強大な力を得られるはず。だから、それでここにいる者全員、皆殺しにしてしまえばいいのです。そうすれば助かることができます」
「なにを……」
「では、武運を祈ります。ふふっ、さようなら」
「っ!? 待て、モニカ!!!」
咄嗟にナルカミのワイヤーを射出するものの、一足遅く、モニカは蜃気楼のように消えてしまう。なにもない空間をワイヤーが通る。
「……逃げられたか」
自由自在に転移できる魔道具なんて、相当なレベルのものだ。
簡単に手に入れることはできないし、普通、気軽に貸し出すことはない。
モニカはそれなりの立場にいると考えても問題ないが……しかし、どこに所属しているのか、それが気になる。
「それは……リーンから聞くとするか」
「うっ……」
周囲を囲まれて、リーンの顔が青くなる。
出血によるものか、はたまた恐怖によるものか。
「俺を追放したリーンが、逆にモニカに見捨てられるなんて、皮肉な結果になったな」
「う、ぐぅううう……あたし、あたしはぁっ……!」
「知っていること、俺達が知りたいこと、全部話せ。そうしたら、助かるかもしれない……エルフィンさん、いいですか?」
「……情報は必要ですね。治療することも、検討しましょう」
「と、いうわけだ。他に選択肢がないこと、理解しているよな?」
「うぅ……」
完全に追いつめられたことで、リーンは声を震わせていた。
体も震わせている。
恐怖の感情を顔に貼り付けて、涙すら浮かべていた。
治療する、という台詞に反応して、懇願するような視線を向けてくる。
「わ、わかっ……なんでも、話すからぁ……だから!」
正直なところ、あまり信用できない。
リーンのことだから、治療しても、後でとぼけるかもしれない。
ただ、このまま放置すれば死ぬ。
それならば、どちらにしても治療するしかないか。
同じ考えに至ったらしく、エルフィンさんが前に出る。
「人間。全てを話しますね?」
「は、話すぅ……話すから、早くぅっ!」
「……いいでしょう。いまいち信用できませんが、話をしない場合は尋問するまで」
エルフィンさんはリーンに手の平を向けて、治癒の炎を……
「あっ……がっ、あぁあああああっ!!!?」
突然、リーンが苦しみ始めた。
胸に刺さる杖の周辺を掻きむしり、苦悶の声を響かせている。
目が血走り、口角から泡を飛ばして……
拘束を引きちぎり、デタラメに暴れまわる。
「な、なんですか……?」
「これは……」
苦しむリーンを見ていると、嫌な予感が湧き上がる。
巨大な嵐が目の前に迫っているかのような、そんな震えが体を縛る。
俺だけじゃなくて、エルフィンさんもシグレさんも……みんな、動けないでいた。
その間に、リーンの悲鳴は加速していく。
「ぐっ、うううううぅ……熱い、熱い熱い熱いっ! 体が、胸の奥が……あっ、あああああぁ!?」
胸の傷からあふれる血はいつの間にか止まっていた。
代わりに、黒い霧のようなものがあふれている。
それはリーンを取り囲むように渦を巻く。
異変はそれだけに終わらない。
胸に刺さる杖に毒でも塗られていたのか、傷口が変色していた。
闇を凝縮したような黒に変化して、それがヒビ割れのように胸から全身に広がる。
ふと、獰猛な肉食獣を連想した。
闇がリーンの肉体を、魂を蝕んでいる。
「いや……待て。これは……」
この光景をどこかで見たことがある。
断言はできないのだけど、でも、見覚えがある。
勘違いとか、そんなことはないはず。
俺は、この光景をどこで……?
「うっ、ううう、あぁあああああっ、うううううぅっ!!!」
苦しみにうめくリーンの胸元から、どんどん闇があふれだす。
それは意思を持っているかのようで、リーンにまとわりついていく。
その体を覆うようにして、幾重にも巻き付いていく。
さながら、それは繭のようで……
「っ!!!」
瞬間、既視感の正体に気がついた。
以前、ホライズンの街で対峙した貴族……エドガー。
あいつが魔族化した時、今と似た現象が起きていた。
「エルフィンさん! シグレさん! みんな! 俺と同時に、全力で攻撃をっ!!!」
「ふにゃ!? れ、レイン? いきなりどうしたの?」
おとなしく様子を見ていたカナデが、驚いたように尻尾をピーンと伸ばした。
ただ、今は詳しく説明している時間なんてない。
「カナデならわかるだろう!? ホライズンに現れた魔族と今の状況、同じだ!」
「あっ!?」
「魔族……?」
カナデは理解したらしいが、エルフィンさんやシグレさん達は不思議そうにしたままだ。
その反応は仕方ないといえば仕方ないのだけど、とてももどかしい。
「レイン!」
「ああ!」
カナデと一緒に駆けて、全力で、同時に拳を叩き込む。
二人の拳は黒い霧を貫いて、リーンの胸に刺さる杖に届いた。
ビシリ、と杖にヒビが入り……それはすぐに全体へ伝わり、ほどなくして粉々に砕け散る。
同時に闇が霧散して、リーンは白目を剥いて倒れた。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマやポイントをしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!




