420話 一方、その頃……
カグネの宿の一室。
そのベッドの上で、イリスが深い眠りに落ちていた。
呼吸は静かで浅い。
顔色は白く、まるで人形のようだ。
そんな彼女は、ともすれば死んでいるように見える。
「だからといって……」
「絶対に死なせません!」
ベッドの左右にソラとルナが立ち、それぞれ治癒魔法を使い続けている。
淡い光がイリスを優しく包み込み、その体を温めて熱を宿す。
しかし、その輝き、熱がイリスの体に留まることはない。
手の平で水をすくいあげた時のように、少しずつ外に逃げ出してしまう。
最終的にその身に留まるものはない。
空っぽだ。
それでも諦めることなく、ソラとルナは治癒魔法をかけ続ける。
額に汗を流して、疲労が溜まり、倦怠感に全身が包まれたとしても……
それでもなお、イリスを助けようと奮闘する。
ソラとルナは、人間を嫌う精霊族だ。
それ故に、人間に酷い仕打ちを受けた天族に対して、誰よりも強い同情を覚えている。
以前、イリスと戦うことになったけれど……
レインがいなければ、逆に味方になっていたかもしれない。
じっくりと話をする機会がないため、わかりづらい部分はあるが、ソラとルナはイリスを仲間のように思っていた。
そんな彼女が瀕死の状態に陥っている。
支えがなくなれば、死んでしまいそうになっている。
そんなことは認められない。
今度こそ、イリスには幸せになってもらうのだ。
そして、たくさんおしゃべりをする。
そんな決意の元に、ソラとルナは治癒魔法を使い続けた。
しかし、長時間、魔法を行使したことで体力も精神力も限界に近づいていた。
睡眠と食事以外の時間は、ほぼ全てイリスの治癒をしているために、限界が近いことも当たり前だ。
「二人共ー、そろそろ交代の時間ですよぉ」
「任せろ」
ミルフィーユとショコラが現れた。
ソラとルナだけで治癒魔法をかけ続けることはできないため、この二人に、さらにアルファを加えて、三交代制でイリスの治療を行っている。
「ふぅ……後は任せるのだ」
「はいー、任されました―」
ソラとルナが引いて、代わりにミルフィーユが治癒魔法をかける。
ショコラはサポート役として、街で買い漁ったポーションや、独自にブレンドした薬草を使う。
ソラとルナは部屋を出て、そのまま隣室へ。
「おつかれさん」
「うむ……」
「さすがに、疲れてきました……」
姉妹はベッドにダイブ。
両手足を投げ出すようにして、ややだらしない格好で体を休める。
「ほんま、がんばってるなー。えらいで、二人共。うん、えらいえらい」
ティナが念動力を使い、冷たい水で濡らしたタオルで二人の汗を拭く。
スッキリしたところで、今度は食事だ。
二人が体を起こしたところで、その口元に食事が載せられた皿や甘い果汁の入ったコップをふわふわと運んでいく。
「ほい、あーん」
「あーん」
「あむっ」
ソラとルナは幼子のように口を開けて、ティナに食事を食べさせてもらう。
楽をしているわけではなくて、食事をとる体力も残っていないのだ。
いかに魔力に長けた精霊族とはいえ、起きている間、ずっと魔法を使うなんてことは相当に厳しい。
疲労が溜まる一方で、寝てもまともに回復しない。
それでも、寝ないと余計に悪化してしまうため、時間があれば寝るようにしている。
「それじゃあ、我は寝るのだ……」
「次の交代になったら、起こしてください……」
姉妹は再びベッドに大の字に。
一分としないうちに、すぅすぅという寝息がこぼれ始めた。
「ほんま、おつかれやで」
ティナは慈しむような顔になり、二人の頬にそっと手を伸ばす。
幽霊なので触れることはできないが、それでも、ソラとルナに触れたいと思った。
そうすることで、がんばれ、と伝えたかった。
「ただいま」
部屋の扉が開いて、タニアが姿を見せた。
もしかしたら、イリスを狙う敵が現れるかもしれない。
警戒をして、周囲の様子を見てきたところだ。
「おかえり。タニアの分のごはんもできてるでー」
「ありがと。ただ……食べている時間はないかも」
「どういうことや?」
「うーん、なんていうか……うまく言葉にできないんだけど、ピリピリするのよね」
「ピリピリ?」
「そう。角の辺りがピリピリして、なにか怪しい気配があるから気をつけろ、って警告しているの。まあ、簡単に言うと……敵がいるかもしれない、っていうことね」
「ほんまにそんなことになるなんて。こんな展開、レインの旦那はよく予見してたなあ」
「まぁ、あたしらのご主人さまだからね。それくらいやってもらわないと困るわ」
「タニアは、レインの旦那のことが大好きなんやな」
「な、なによいきなり!?」
「だって、ものすごく誇らしげに言うんやもの。好き好きオーラがあふれてたで?」
「うっ……」
図星以外のなにものでもなかったため、タニアは返す言葉がなくなる。
「……このことは、他のみんなには言わないでよ?」
「恥ずかしがり屋さんやねぇ」
「うっさい」
二人は笑顔で軽口を交わして、
「「っ!?」」
次いで、ハッとした様子で厳しい顔に。
思わず背中が震えてしまいそうな、イヤな気配が近づいてきた。
ソラとルナを起こさないように、そっと部屋の向こうへ。
そのまま階段を降りて一階に移動して、さらに宿の外に出る。
「さて……なにが出てくるのかしら?」
「できれば、敵とかやめてほしいんやけど……まぁ、そういうわけにはいかんやろうな」
「これだけの敵意と悪意を振りまいているヤツだもの。まともな相手じゃないわ」
「ソラとルナはおやすみ中。ミルフィーユとショコラは、イリスの治療中。アルファの姉御は、次の交代要員やから下手に力を使うことができん。んー……けっこうなピンチ?」
「なに言ってるのよ」
思わず不安そうになるティナに、タニアは自信たっぷりの笑みを向ける。
「最強種……竜族のあたしがいるのよ。どんなヤツだろうと、撃退してみせるわ」
「おー、頼もしい」
「それに、なんだかんだでティナも強いじゃない。ソラとルナと一緒に過ごしているから、その魔力の影響を受けて成長しているみたいだし……たぶん、地上最強の幽霊なんじゃない?」
「ならウチは、最強種、幽霊族を名乗ってもええかな?」
「いいんじゃない」
共にくすりと笑い、良い感じで緊張が解けた。
二人はリラックスした状態で、敵意と悪意を振りまく相手と対峙する。
その正体は……
「ごきげんよう。今は、お二人だけなのですか?」
「あんた……モニカ!」
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