40話 水浴び
ガンツが所有する鉱山は街から近いところにあるとはいえ、山に入るからには、それなりに準備をしなければいけない。
山の天気は変わりやすく、急激に悪化するかもしれない。
動けなくなる危険性もあるので、入念な準備が必要だ。
一日を準備に費やして……
翌日。
俺達はガンツが所有する山に足を踏み入れた。
「にゃんにゃかにゃ~ん、にゃんにゃかにゃ~ん♪」
先頭を歩くカナデが、よくわからない鼻歌を歌っている。
以前も似たようなことをしていたが、歌うことが好きなのだろうか?
「ちょっとカナデ、その気が抜けるような歌、やめてくれない?」
「にゃはー、ごめんね。なんか、ハイキングみたいで楽しくて、つい」
「ま、気持ちはわからないでもないけどね」
「だよねだよね? みんなでお出かけ~♪」
「楽しむのは構わないが、これが依頼ということも忘れないでくれよ」
「わかってるよー。忘れてないよ? でもでも、楽しむことも忘れちゃいけないと思うの」
「カナデらしい意見ね」
「だな」
タニアと揃って苦笑した。
どんな時でも物事を楽しめることは、ある意味、カナデの才能かもしれない。
「ふぅ……はぁ……」
ソラとルナが少し遅れて後ろを歩いていた。
早くも息が乱れている。
「大丈夫か?」
「大丈夫……です。なんていうことは、ありません」
「我が姉よ、強がりはいけないぞ……我は、もう、ばたんきゅーだ……」
二人共、けっこうな量の汗をかいていた。
「もしかして、体調でも悪いのか?」
「いえ、そのようなことはありません。至って、健康ですよ」
「我らは最強種だからな……最強種は、滅多に病気にかからないのだ。ウイルスに侵されるような、やわな体はしていないからな……ふふん」
「ですが、精霊族は、魔力特化の種族なので……はぁ、ひぃ……体力が、ないのです……」
「我ら精霊族は、引きこもり種族だからな……はぁ、ふぅ」
「あと、どれくらいで……ふぅ……目的地に着きますか?」
「そうだな……一時間といったところかな」
「「……一時間……」」
ソラとルナが、揃って絶望的な顔をした。
さすが、双子というべきか。
こんな時まで息がぴったりだ。
「ほら」
二人に向けて手を差し出す。
「この手は?」
「俺が二人を引くよ。もう少ししたら、休憩できる場所があるから、そこまでがんばってくれ」
「あ、ありがとうございます……」
「おんぶしてくれてもいいのだぞ?」
「俺の背中は一つしかないからなあ……」
「なら、レインが我をおんぶして、我がソラをおんぶするということで」
「親子亀的な発想だな」
「それは、ソラが危険ではありませんか? ルナの細腕で、ソラを支えられるとは思えません」
「ソラは重いからなあ……」
「お、重くなんてありませんっ」
二人の手を引いて、歩くこと10分ほど……
木々が開けて、広場に出た。
焚き火の跡が残されていることから、ここで、冒険者が野営をしていたのかもしれない。
その奥に湖が見えた。
「ひとまず、ここで休憩しよう」
みんなに声をかけて、荷物を地面に下ろした。
二晩は過ごせるだけの量の荷物を持ってきたから、俺も少し疲れた。
適当な大型動物でも見つけて、テイムした方がよかったかもしれないな。
「はふぅ……つ、疲れました……精霊族には厳しいです……」
「ソラは重いからな。自重で、我よりも疲れているのだろう」
「だから、重くなんてありませんっ」
ソラとルナは疲れた様子を見せながらも、意外と元気があるのか、そんなことを口にしながら騒いでいた。
「カナデとタニアは疲れてないか?」
「んーん。ぜんぜん」
「これくらい、なんてことないわ」
さすが、猫霊族と竜族だ。
体力は抜群らしく、ぜんぜん息を切らしていない。
ただ、汗を流していて、暑そうに服をパタパタとしていた。
「にゃー……疲れてないけど、暑いのはイヤにゃー」
「今日、やたら暑くない? まるで夏じゃない」
空を見上げると、太陽がさんさんと輝いていた。
そんなに仕事をしなくてもいいのに、と思わずつぶやいてしまうほどに、日光を振りまいている。
「確かに暑いな。水分補給は欠かさない方がよさそうだ。ほら、水」
「ありがとー♪」
カナデとタニアに水を渡した。
続けて、ソラとルナにも水を渡す。
「レインはいいのですか?」
「口移しで飲ませてやるぞ?」
「ルナっ」
「冗談の冗談の冗談だ」
「俺は、さっき飲んだから」
それにしても、本当に暑い。
今は……昼頃だろうか?
ちょうど、一番暑い時間帯だ。
少しでも直射日光を避けるために、木陰に避難した。
他のみんなも俺の隣に移動する。
「うにゃ……これだけ暑いと、やる気が出ないにゃ……」
「ホント……なんかもう、色々なことがどうでもよくなるわね……」
「我は、ここから動きたくないぞ……絶対に動きたくないでござる……」
「提案。太陽を吹き飛ばしましょう」
みんな、暑さにだいぶ参っているみたいだ。
それも仕方ない。
昨日と大して天気が変わらないと思い、それなりの装備で来たからな。
夏日のような気温となると、ちょっと厳しい。
何か、リフレッシュできるようなものがあればいいんだが……
「あっ!」
ふと、何か閃いた様子でカナデが立ち上がる。
「ねえねえ、レイン。水浴びしてきていい?」
「水浴び?」
「ほら、そこに湖があるでしょ? あそこで水浴びしたら、すっごく気持ちいいと思うんだ♪」
「カナデに賛成です」
「ナイスアイディアではないか!」
「いいわねっ、水浴び!」
みんな、揃って目をキラキラさせた。
本当は、あまり推奨できないんだよな……
周囲に危険が魔物がいるかもしれないし、湖の中に何かが潜んでいるかもしれない。
水浴びをするなら、周辺を探索してからにしたいが……
それを待ってくれるとは思えない。
……まあ、警戒は俺がすればいいか。
「わかったよ。俺はここで休んでいるから、涼んでくるといいよ」
「ありがと、レイン!」
早速というように、カナデが服に手を伸ばして……。
「って、ちょっと待て! ここで脱ぐなっ、俺がいるんだぞ!?」
「あっ……我慢できなくて、つい。えへへ……ごめんね」
「俺はいいんだけど……頼むから、自分がかわいい女の子だということを自覚してくれ。そんなことをされたら、色々な意味で困る」
「にゃー……レインに褒められちゃった♪」
「ちょっとレイン、あたしは!? あたしはどうなの?」
「うん? もちろん、タニアもかわいいぞ」
「そ、そう……ふふん、わかってるじゃない!」
「ソラはどうですか?」
「我はどうだ?」
「二人も、もちろん、かわいいぞ? そんな当たり前のことを聞くなんて、どうしたんだ?」
「……これは、けっこう効きますね。胸がドキドキします」
「う、うむ。この我とあろうものが、こうも簡単に……やるな、レイン」
よくわからないことを言われる。
なんのことだろうか?
「にゃー……暑い」
「とりあえず、さっさと湖に行きましょ」
「我は、暑さでもう限界だ……潤いが欲しいぞ」
「レイン。すみませんが、ソラ達は行ってきますね?」
「ああ。まだ時間はあるから、ゆっくりしてきていいよ」
「ありがとうございます、レイン」
俺の言葉を合図にしたように、カナデとタニアとルナが湖に向かい……
ソラはペコリと頭を下げてから、他の三人を追いかけた。
「さてと」
俺は俺で、やることをしよう。
近くを歩くうさぎ達と仮契約を交わして、湖の周囲に散らした。
何かあればすぐに教えてくれるだろう。
「これでよし。後は……少し寝ることにするか」
気温は高いが、木陰はそれなりにマシだ。
眠れないことはない。
俺は木の幹を枕代わりにして、目を閉じた。
――――――――――
「うにゃん、一番乗り♪」
一糸まとわぬ姿になったカナデは、大きくジャンプをして湖に飛び込んだ。
ばしゃーん、と水しぶきが上がる。
「次はあたしよ!」
「ソラも」
「我も負けていられぬ!」
タニア、ソラ、ルナの順で、続けて湖に飛び込む。
「ぷはーっ! すっごく気持ちいいわねっ、あー、冷たくて良い感じ♪」
「はふぅ……癒やされます……疲労が吹き飛んでいくみたいです……」
「にゃふー♪ 極楽だよぉ」
「……」
水浴びを満喫するカナデ、タニア、ソラ。
そんな三人を、ルナはじーっと見つめていた。
「にゃん?」
最初にその視線に気がついたカナデが、不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「……カナデは胸が大きいな」
「にゃ? そうかな?」
「ダントツではないか。それは凶器なのか? それとも、メロンなのか?」
「ちょっと、ルナが何を言ってるかわからないにゃ」
「むぐぐ……確かに大きいわね。あたしよりも上なんて、生意気……」
「そういうタニアも大きいではありませんか」
今度は、ソラがタニアの胸元を凝視した。
その視線には、嫉妬やらやっかみやら、色々な感情が混ざっている。
「ソラ達は……」
「こんなだというのに……」
双子が揃って、自分達の胸元をぺたぺたと触る。
音で例えるなら、スカッ、という感じだろうか。
あるいは、ぺたーん、という感じだろうか。
「二人共、うらやましいです……いったい、何を食べればそんな風になるのですか?」
「コツを教えてくれないか? この通りだ! 我は、せめてタニアくらいになりたいぞ」
「そ、そんなこと言われても……」
「自然とこうなったとしか……ねぇ?」
「遺伝子の仕業なのですか……」
「じゃあ、我らは一生このまま……?」
「わ、わからないわよ? ほら、成長期はこれからかもしれないし!」
「にゃあ! 大きくする方法も、あるかもしれないにゃ!」
ソラとルナの落ち込みようがすごいため、カナデとタニアは慌てて励ました。
「例えば、どのような方法があるのですか?」
「えっと……好きな人に揉んでもらう、とか?」
「「「「……好きな人……」」」」
その場の全員が、何か想像するような顔をした。
どんなことを想像していたのか?
それは、当人達にしかわからない。
と、その時だった。
「にゃっ、ふにゃあああああぁ!!!?」
突然、カナデがびくんと体を震わせて、大きな悲鳴をあげた。
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