397話 違和感
「え、えいっ!」
ちょっと腰の引けた様子で、フィーニアが右手を横に払う。
その軌跡に従い炎が生まれて、近づいてくる魔物の群れを飲み込む。
不死鳥族の炎は、浄化の炎。
悪しき存在である魔物はこの世界に留まることを許されず、ことごとくが灰に返された。
「や、やった……!」
きちんと魔物を討伐することができて、フィーニアは小さくガッツポーズをとる。
そんな娘の様子を見て、エルフィンはやれやれとため息をこぼす。
「お、お母さん、見てた? ワタシ、ちゃんと魔物を……」
「もちろん、見ていましたよ。あの程度の魔物、簡単にあしらえるようになってほしいのですが……まあ、以前は接敵したら、逃げ出していましたからね」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
「ですが、今回はきちんと倒すことができました。その点は、よしとしましょう。よくやりましたね」
「あ……え、えへへ」
母親に褒められて、フィーニアはうれしそうに笑う。
ただ、エルフィンの方はすぐに厳しい顔に。
「ですが、この程度で満足してはいけませんよ?」
「えっと……」
「あなたは、私の娘。不死鳥族の長の娘なのですから。いずれ、私の立場を継がなければいけません。そのために、もっともっと成長するのですよ」
「……は、はい」
いつもの話だ。
エルフィンは跡継ぎである娘に対して、基本、厳しく接している。
褒める時はきちんと褒めるけれど、それ以外は、強くあれ正しくあれと教えている。
立派な長になってほしい、という母の愛だ。
ただ、そんなエルフィンの想いは、時に重い。
フィーニアは一人のんびりとすることが好きで、誰かを率いるなんてことは苦手だ。
誰かの前に立つようなタイプではないし、むしろ、サポートに向いているのではないか? と思っている。
何度かそのことをエルフィンに話してみたものの……
「そのような弱気でどうするのですか。あなたは次代の長なのだから、もっとしっかりしなさい」
そんな軽い説教をもらうことに。
その度に、心が重くなる。
その度に、憂鬱な気分になる。
フィーニアは思う。
自分は長に向いていないし、そもそも、長になりたくない。
ただ単に、長の娘として生まれてきただけなのだ。
「フィーニア、どうかしましたか?」
「あ……ううん」
エルフィンに声をかけられて、フィーニアは我に返った。
いつものように、次代の長についてのことを考えて、思考の迷宮に迷い込んでいたらしい。
「……ワタシ、本当にうまくやれるのかな?」
母に気づかれないように、フィーニアはこっそりとため息をこぼした。
「フィーニア、先に行きますよ。人間に負けるなんてこと、絶対に許されませんからね」
「は、はい」
二人は六層に到着した。
それなりのペースで、まずまずの成果といえるだろう。
普通の人間ならば、彼女達に追いつくことはできない。
しかし、相手はシグレに認められている人間。
油断したら、どんなことになってしまうか。
「が、がんばらないとっ」
フィーニアは、できる限りはがんばろうと気合を入れた。
分不相応な期待はプレッシャー以外の何物でもないが……
単純に、子供として母の期待に応えたいという想いはある。
「……」
「お母さん?」
ふと、母の様子がおかしいことに気がついた。
なにやら難しい顔をしている。
もしかして、なにかやらかしてしまっただろうか?
特に思い当たるところはないのだけど、意図せずやらかしてしまうことは、今までに多々あった
エルフィンが声を荒げて怒ったり、手を上げるようなことはない。
淡々と怒るだけだ。
でも、それがフィーニアにとっては怖い。
呆れられているようで、そのうち見捨てられてしまいそうで……
どうしてもビクビクしてしまう。
「どうか……したの?」
「……フィーニアは、このダンジョンに生息する魔物を把握していますか?」
「え? う、うん……一応」
この気弱な少女は、実はとんでもない記憶力を持つという特技がある。
一度見たことは、ほぼほぼ忘れない。
どんなに時間が経っても、どんなに些細なことでも、すぐに思い出すことができる。
「今、あなたが倒した魔物……このダンジョンに生息するものでしたか?」
「それは……あっ」
そういえば、見たことのない魔物だった。
そのことに気がついて、フィーニアは不思議そうな顔に。
「このダンジョンには、その、いないタイプの魔物だったけど……な、なんで?」
「私達が把握していないタイプの魔物がいた? ……いえ、それはありえませんね。ここに住むにあたり、入念な調査を行いましたから。未知の魔物がいるなんていう可能性は低いはず」
「そ、外から紛れ込んだ……とか?」
「ダンジョンの入り口は一つだけなのに? 皆の目をかいくぐり、六層まで移動したと?」
「あ、ありえないか……ごめんなさい」
「別に謝る必要はありません。ないだろうという可能性についても、改めて提議することで、新しい発見があるかもしれないのですから。臆することなく、もっと発言してもいいのですよ」
「は、はい……」
そんなことを言われても……と、フィーニアは内心で困惑した。
そのようなことができるなら、こんな性格にはなっていない。
無茶を言わないでほしい、と密かに思うのだった。
「で、でも、外から紛れ込んだわけじゃないなら……ダンジョン内で自然発生した?」
「可能性はなくもないですが……ここに暮らすようになって百年以上。そのような話、聞いたことはありませんね」
「そ、そっか……」
「いえ。絶対にないというわけではありません。そうですね……その可能性が高いのかもしれませんね。ダンジョン内の調査はしましたが、それもずいぶん前のこと。ダンジョンは生き物のようなものですから、なにかしら要素が揃い、新しい魔物が生まれるということもあるでしょう」
エルフィンは大したことではないと考えて、そんな結論にたどり着いた。
しかし、フィーニアは納得できなかった。
レースをする日に限り、突如、新種の魔物が現れる。
そんな都合のいいこと、起きるのだろうか?
「あ、あの……」
「どうかしましたか?」
「えと、その……ほ、他の原因は考えられない、かな?」
「他の原因ですか? フィーニアは、なにか心当たりが?」
「う、ううん、そういうわけじゃないんだけど……なんていうか、なにか引っかかるような気がして……もしかして、だけど……人為的っていう可能性も」
「ふむ……おもしろい意見ですが、さすがにそれはないでしょう。魔物を新しく生み出すということは、人為的にできることではありません。まあ、伝説の装備なら……いえ、考えすぎでしょう」
「そ、そっか……」
「それよりも、先を急ぎますよ。人間に負けるなんてこと、ありえませんからね」
「う、うんっ」
……この時。
フィーニアの言葉について、もう少しエルフィンがしっかりと考えていれば、この先に待ち受ける悲劇を回避できたかもしれない。
しかし、そのことに気がつくことはなく、母と娘はダンジョンの奥に……悲劇に向かって近づいていくのだった。
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