392話 私が長です
長のところへ案内すると言われたのだけど、誰もいない。
もしかして……やっぱり、長を人間に合わせることはできないとか、そういうことなのだろうか?
「まったく」
慌てる俺を見た後、シグレさんがやれやれという感じで女の人を軽く睨みつける。
「いたずらはあまり感心しないさね」
「……ふんっ」
どういう意味なのだろう?
不思議に思っていると、女の人が部屋の奥へ移動して、くるりと振り返る。
そのまま長のものと思われる椅子に座る。
「私は、エルフィン……不死鳥族の長です」
「えっ!?」
この人が長だったのか。
もしかして、と思う時もあったんだけど……
長が直々に足を運ぶわけがないと決めつけていて、もしかして、という可能性を排除していた。
うーん、いけないな。
思い込みは視界を狭めてしまう。
そんなことを思い、反省するのだった。
「そして、この子は私の娘のフィーニアです」
「よっ、よよよ、よろしくお願いしまひゅ!?」
噛んでいた。
人が怖いというだけじゃなくて、人前に立つのが苦手な子なのかもしれない。
「まったく……意味ありげな視線を私だけに送ってくるから、なにをするかと。長であることを隠して、反応を見ようとしていたのかい?」
「シグレも乗ったのだから、同罪ですよ。もっとも、私は、人間相手に罪の意識を感じるようなことはありませんが」
言葉の端々から人に対する強い敵意が見えている。
シグレさんのおかげで、なんとか対話をすることができているのだけど……
もしも俺達だけだったら、攻撃されるだけで終わっていただろうな。
その点、シグレさんに感謝だ。
「それで……」
エルフィンさんがこちらを睨みつけて、それからシグレさんを見る。
「人間がレースの代表とは、どういうことなんですか? 詳しい話を聞かせてくれますね?」
「ああ、もちろんさね。実は……」
俺達が治癒の力を求めて、北大陸にやってきたこと。
そこでシグレさん達呀狼族と出会い、紆余曲折の末、認めてもらえたこと。
そのままレースの代表として選ばれたこと。
それらの出来事を、シグレさんは順を追って丁寧に説明した。
話を聞いたエルフィンさんは、ふざけた話を聞かされたせいで頭痛がするというような感じで、こめかみの辺りに手をやる。
それから、深いため息。
「……ひとまず、事情は理解しました」
「そうかい? なら……」
「ですが! 愚かな人間をレースの代表にするなど、決して認められません!」
「なぜだい?」
「そのようなこと、前代未聞です! 認められるわけがありませんっ」
ピシャリと、取り付く島のない感じでエルフィンさんが言う。
シグレさんは、なんとかすると言っていたけれど……これ、なんとかなるのだろうか?
なにを言っても無駄という感じがするのだけど。
「でも、レースの代表に、代理を選んでもいいというルールはあったさね? そして、代理に人間を選んではいけない、というルールはないさね?」
「それは、そうですが……そのようなこと、話し合うまでもないでしょう」
「そうかもしれないけどね、明確なルール違反ってわけじゃないから、問題はないと思わないかい? 本当にダメなら、最初から記述しておくべきさね。それがないということは、もしもそうなったとしても仕方ない、という容認する心があったんじゃないかね?」
「屁理屈であり、強引すぎる理屈でもありますね」
「なぁに、人間だけがレースに出場するわけじゃないさ。相方は、うちのサクラだ。それなら問題はないだろう?」
「……かわいい孫を人間の相方にするなんて、正気なのですか?」
「それくらいには、この人間を信用したということさね」
「ふむ……」
シグレさんの言葉を受けて、エルフィンさんが考えるような顔に。
もしかして、このままうまくいく?
「……レースは、別に神聖な儀式というわけではない。シグレが認めているのならば……いえ、しかし、人間などを……」
エルフィンさんは判断に迷っている様子で、独り言をこぼしていた。
もう一つ、なにか背中を押す要素があれば、あるいは納得してくれるかもしれないのだけど……
残念ながら、エルフィンさんとは出会ったばかりなので、彼女の背中を押すような情報は知らない。
「エルフィンや」
私に任せろというような感じで、シグレさんがエルフィンさんの隣へ。
「せっかくだから、このレースを利用してはどうだい?」
「利用?」
「人間とサクラのペアを相手にすれば、フィーニアを……」
「……ふむ」
そのまま、二人は小声で密談を始めてしまう。
なにを言っているかわからないのだけど……
最初に聞こえてきた『利用』という単語が気になる。
悪いことを企んでいないといいんだけど。
シグレさんって、たまに悪いことを考えそうな雰囲気があるんだよな。
「……わかりました」
二人で密談を続けること、五分。
シグレさんがそっと離れると、エルフィンさんがこちらを見る。
「人間、名前は?」
「レイン・シュラウドです」
「では、レイン。あなたを、特別に呀狼族の代表として認めましょう」
「本当ですか!?」
「ただし!」
エルフィンさんの細い指が、シフォンとカナデを指差す。
「そちらの人間と、そちらの猫霊族……二人を人質として差し出しなさい」
「なっ!?」
「シグレが信用したからといって、私達も信用するなんていうことはありません。基本的に、人間は敵です。それでも信じてほしいというのなら……」
「その代わりに、二人を人質に差し出せ……と?」
「そういうことです。もしも、愚かなことを考えているようならば、人質の命は保証しません。それだけの保証がなければ、人間をレースに参加させるなど認められませんし、他の者も納得できません」
「断ります」
本当は受け入れないといけないのだけど……
でも、気がつけばそんな言葉を口にしていた。
みんながぎょっとする。
エルフィンさんもシグレさんも、えっ? という感じで驚く。
「エルフィンさんの言うことはわかります。人間を信用できないのは当然でしょうし、そのための保険をかけておくのも、当たり前のことだと思います」
「それならば……」
「でも、カナデもシフォンも俺の仲間です。信用してもらうためとはいえ、そのために仲間を売るような真似は絶対にしません」
「……」
エルフィンさんは目を丸くして驚いていた。
こんな返答をぶつけられるなんて、思ってもいなかったらしい。
「くくくっ」
シグレさんが楽しそうに笑う。
「まさか、そんなことを言うなんてねえ……いやはや。レインは思っていた以上に、興味深い人間さね」
「……確かに、伝え聞く人間とは少し違うみたいですね」
人質を差し出すことを断ったことで、また少し、別の方向に事態が進展した。
それは悪い感じではなくて、若干ではあるが、エルフィンさんの雰囲気が和らいだような気がする。
「しかし、なにも差し出すことなく、求めるだけという都合のいい話はありません。人質を差し出さないというのならば、人間であるレインがレースに出場することは許しません。私達の認識を改めさせる機会も与えません」
「それでも……」
仲間を売るような真似はしたくない。
そう言おうとした時、ぽんと俺の両肩が叩かれる。
見ると、カナデとシフォンが、それぞれ俺の肩に手を置いていた。
「にゃー、ありがとう、レイン。私のことを心配してくれているんだよね? すっごくうれしいよ」
「でも、私達なら大丈夫だから。気にしないで、人質に差し出しちゃっていいよ」
二人はそんなことを言うのだけど、俺はまだ納得できない。
そんな頑固な心をほぐるように、カナデが言う。
「なにかあった時のための人質、っていうだけだよ。レインは、なにかするつもり?」
「そんなこと絶対にしない」
「なら、問題ないよね。私はレインのことを信頼しているから、だから、レインも私のことを信頼してほしいな」
「そうそう、カナデさんの言う通りだよ。私達のことを信頼して、安心して人質として送り込んじゃって」
「それ……なんか、言葉がおかしくないか」
ついつい笑ってしまう。
でも、絶対拒否という思いは消えていた。
抵抗感はまだ残っているのだけど……
しかし、二人がここまで言ってくれているのだ。
それなのに拒否をしたら、それこそ信頼していないということになってしまう。
「……わかりました。その条件を受け入れます」
「賢明な判断ですね」
「二人に危害を加えるようなことは……」
「あなたが愚かなことを企んだりしなければ、そのようなことはしません。私達は、人間とは違うのですから」
「わかりました。信用します」
こうして……カナデとシフォンが人質となることを対価に、俺はレースへの出場を認められるのだった。
イリスのためだけじゃなくて、カナデとシフォンのためにも、しっかりと誠実に対応して、人のことを信用してもらえるようにがんばろう。
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