388話 試練をくぐり抜けろ・その2
「くっ!?」
闘気の矢が雨のごとく降り注ぐ。
連射のため、最初の一撃よりは威力は落ちているだろうが、それを自分の体で確かめようとは思わない。
「色々と反則すぎるだろう! このっ……ファイアーボール・マルチショット!」
「私も……リヴァインサンダー!」
俺は複数の火球を再度撃ち出して、空を飛ぶシグレさんを狙う。
シフォンは空を覆い尽くすかのような、広範囲の雷撃魔法を放つ。
隙間を残すことのない、二人がかりの攻撃。
これならば……と思うのだけど、現実はそう簡単にいくことはない。
シグレさんはさらに飛翔速度を上げた。
それだけじゃない。
急カーブ、急停止、反転……サーカスで披露できるような曲芸じみた機動を見せて、俺達の攻撃を回避していく。
「えぇっ!? い、今の攻撃を全部……全て直撃とは思っていないけど、一発くらいはと思っていたのに」
「これは……もしかしたら、謀られていたかもしれないな」
「どういうこと?」
「呀狼族は闘気を使い、なんでもできる種族だと説明されたけど……それ、たぶんウソだ。いや、ウソというよりは、全部を語っていないという方が正しいかな。なんでもできるだけじゃない。呀狼族の真の力は、今見たトリッキーな動きを可能とする、超高性能な機動力にあるんだろうな」
「……もしかして、こうなることを予想して、全部を語らなかった?」
「だと思う」
俺達の答えを認めるように、空を飛ぶシグレさんはニヤリと笑う。
「ふむ、そこに気づくかね。なかなか頭の回転は速いみたいさね」
「人が悪いですね」
「すまないねえ。ただ、サクラが懐いているとはいえ、私も人間のことは簡単に信用していなくてね。そんな相手に、自らの手の内をいきなりさらけ出すようなことはしないよ」
もっともな話だ。
この点に関しては、シグレさんを信用しすぎた俺に問題があるだろう。
多少は疑ってかかるべきだったな。
でも、そういうのは苦手なんだよな……
甘いと言われるかもしれないが、どこまでも俺は俺らしくありたい。
「さて、戦いの続きといこうかね。私達呀狼族は、機動力に特化した種族……大地も空も等しく足場となり、全てを駆け抜ける。例えば、こんなこともできるよ?」
「えっ……!?」
シグレさんが消えた。
今まで話をしていた相手は実は幻でした、というような感じで、消えてなくなってしまう。
俺が幻覚を見ているわけじゃなくて、隣のシフォンも動揺している。
姿を消す魔法?
いや、これは……
「シフォンっ!」
「ひゃ!?」
咄嗟にシフォンを抱き寄せた。
その直後、ゴォッ! と風を巻き込むような音がして、なにかが通り抜ける。
反射的に視線を上に戻すと、シグレさんの姿が。
「へえ。今のを避けるなんて、すごいさね。素直に褒めてあげるよ。わずかな空気の乱れを感じ取り、咄嗟にその子をかばった、という感じかい?」
「今の……シグレさんですか?」
「そうさね。熟練した呀狼族なら、姿が視認できないほど速く動くことができるのさ。しかも、その動きは二次元的なものじゃなくて三次元的な立体機動が可能。自慢じゃないけど、今まで私を捉えた者はいないよ。さて……まだ続けるかい?」
「もちろん」
「おや」
間髪入れずに答えると、シグレさんは意外というように片眉を上げた。
「俺は、絶対にイリスを助けるんです。どんなに困難な道であろうと、諦めるなんていう選択肢はありません」
「ふむ……まあ、いいさね。その言葉、いつまで言い続けられるのか、試してあげるよ」
再び超加速状態に突入して、シグレさんの姿が消えた。
周囲で音がして、空気が乱れる。
焦らすように動くことで、俺達の動揺を誘おうとしているのだろう。
どの方向から攻撃されてもいいように、俺とシフォンは互いに背中を預ける。
「レイン君、これ、どうしたらいいかな? 正直、私は手が思い浮かばなくて……レイン君は、シグレさんを捕まえることができる?」
「うまくいけば」
「えっ、できるの!?」
「ただ、シフォンの協力が必須だ。俺を信じてくれるか?」
「もちろん」
即答してくれるシフォンがとても頼もしい。
その信頼を裏切らないように、がんばろう。
「ほほう、私を捕まえると豪語するかい。やってみるといいさね」
シグレさんから放たれている圧が強くなり、ピリピリと痺れるような感覚を得た。
「シフォン、俺の合図で……」
「……うん、了解」
作戦を伝えて、後はその時を待つ。
俺達は最大限に周囲を警戒して……そして、その時が訪れた。
「っ!?」
シグレさんが、突然、目の前に現れる。
今度は知覚できなかった。
まるで時間を止められているみたいだ。
でも、狙い通り。
捕まえられると挑発めいたことを言えば、俺を狙ってくるだろうと予想できた。
その予想は見事に的中。
ただ、攻撃を誘導しただけじゃ勝つことはできない。
圧倒的な機動力を封じないといけない。
魔眼……発動!
さらに、
「止まれっ!」
「っ!?」
力を乗せた言葉をぶつけてやる。
束縛系の技を二つも受けるのだけど……それでも尚、シグレさんの動きは止まらない。
視認できるほどに鈍くなったものの、それでも圧倒的な速度は残ったままだ。
ただ、それは予想済み。
「物質創造!」
俺とシグレさんを囲むようにして、土の壁を生成した。
「シフォンッ!」
「うんっ、いくよ! パラライズサンダー!」
直上から白い雷が降り注いできた。
いかに優れた機動力を持っていたとしても、これは避けようがないはずだ。
ただ、念の為にシグレさんを捕まえておいた。
その状態で、一緒に白い雷を浴びる。
「ぐっ!?」
攻撃魔法ではないものの、それなりに痛い。
ただ、我慢できないほどじゃない。
「くっ……こ、これは……!?」
魔眼、力を乗せた言葉……さらに、麻痺効果のある魔法を受けて、さすがのシグレさんもタダでは済まなかったらしい。
意識はあるものの、それ以上は動けない様子で、地面に膝をついてしまう。
俺も同じ魔法を受けているが、『状態異常無効化』の能力のおかげで、痛み以外はなんともない。
「……まさか、この私が膝をつかされてしまうなんてねえ。ちょっと侮っていたところはあるものの、ここまでとは……見事なコンビネーションだったけど、あれは、事前に打ち合わせていたのかい?」
「いえ、即興で考えたものです」
「あの短時間でこれだけのことを……確かな意思のある力。強い心。咄嗟に仲間をかばう優しさ……確かに、見極めさせてもらったよ。私の負けさね」
降参と言うように、シグレさんが両手を挙げて……
その瞬間、息を止めるように決闘を見守っていたみんなや他の呀狼族が、わあああっと大きな歓声をあげるのだった。
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